複雑・ファジー小説

Re: 白銀の胡蝶 ( No.5 )
日時: 2015/06/07 18:18
名前: 煙草 (ID: nWEjYf1F)

 この街は商店街を中心に、隣町に至るまで田畑や住宅街が広がっている。
 主に西側が田畑、東側が住宅街になり、俺がいた公園は住宅街にある。
 そこから商店街まで行く道すがら、俺は腹が減ったのでコンビニで飯を買うことにした。
 当然、この吸血鬼の分も買ってやろうかと思ったのだが。

「わしは人の血を、ほんの少し吸うだけで1ヶ月は生き延びられる」

 ——と言って、あまり迷惑はかけたくないと言い張るため、俺は自分の飯だけ調達することにした。
 そうして、コンビニの外でおにぎりを頬張っていると。

「そういえばさ」
「?」
「お前、名前なんていうの?」

 俺はまだ、この吸血鬼の名前を聞いていなかったことに気付いたのだ。
 いつまでも「お前」とか「吸血鬼」とか「コイツ」呼ばわりでは不便があるだろうし、名前くらいは知っておきたい。
 ——が。

「……名前、か。わしに名前など存在せぬぞよ」
「——は?」
「わしに名前なんてない。誰も名前をくれなかったのじゃ……」

 悲しそうに目を伏せたコイツが言うには、自分に名前はないそうだ。

「え、記憶がないとかじゃなくて?」
「生まれたときからの記憶はある。いい思い出は——ないがの」
「——え? ほんと?」
「本当じゃ。わしは嘘など吐きとうない」
「……マジか」

 な、何か俺って、トンデモナイ幼女に出くわしてねぇか——?
 ——よし、こうなったら俺が名前をつけてやろうじゃないか。

「——花蓮」
「え?」

 蓮華の花の如く可憐に。"可憐"と"花蓮"をかけた名前だ。
 うん、我ながらうまいこと言った。最高のネーミングセンスだと思う。

「蓮華って花、知ってるか?」
「——知っとるが」
「あの花みたいに可憐であれ……って意味を篭めて、今日からお前の名前は花蓮だ。覚えとけよ」

 やっべぇ、俺って天才? 最高の名前じゃないか花蓮って!
 ——まあ、ネーミングセンス以外に取り柄なんてないわけだがな。

「——ありがとう」
「へ?」
「な、何でもない! そうか、これからわしの名前は"花蓮"になるのか! つけて貰えて感激じゃよ!」
「あ……はい」

 今一瞬、純真無垢な笑顔を見たような気がした。