複雑・ファジー小説

Re: 白銀の胡蝶 ( No.7 )
日時: 2015/06/27 16:19
名前: 煙草 (ID: 7HladORa)

「胡蝶族じゃよ」

 ようやく辿り着いたブティックで服を物色する花蓮は、後ろで待つ俺にそう答えた。

「あの小娘は、胡蝶族の生き残りじゃ。わしらと同じ、真には人間でないと言える存在——」

 千倉について何か知らないかと花蓮に問うたところ、彼女は千倉の事を胡蝶族と呼んだ。

 曰く胡蝶族とは、読んで字の如く蝶々の遺伝を持つ人間の事らしい。
 背中に蝶の羽を生やし、自由に空中を飛びまわることが出来るのだとか。
 何ともファンタジックな種族である——何て言ってたら花蓮も吸血鬼だし、限がないわけだが。
 だが千倉に限っては、単に飛ぶだけの存在ではないという。

「あの小娘は、ただの胡蝶族でない」
「じゃあ何と?」
「言うなれば、純血の胡蝶じゃよ」
「純血? ってことは、混血じゃないってことか?」
「察しが良いのう、お主。そうじゃ。他の種族と子孫を残さず胡蝶族の中だけで生き残ってきた存在じゃ」

 なるほど、千倉は胡蝶族という不思議な存在であり、その中でも純血なのか。よく分かった。
 だが、まだ肝心なことが聞けていない。

「で、純血だからどうしたってんだ? 100年も生きたお前の事だ、それだけじゃないんだろ?」
「——うむ」

 1着の、上下セットのコーデを手に取る花蓮。
 チューブトップに短パンという、なんともお色気満載な服であった。
 そんな背伸びしたら逆に不自然だぞ。
 ——と言いかけたところで、花蓮もそれに気付いたのか、いそいそとコーデを元の位置に戻した。
 再び服の物色に入る。
 こういったことに時間がかかる辺り、やっぱりこの子も女の子なんだな。

「混血で血が薄くなると、大抵の種族は本来の力を損なっていく傾向にある。言いたいことは——分かるな?」
「——じゃあ聞き返すが、どんな力があるんだ?」
「ふふっ、面白いのうお主」

 ふわりと微笑みつつも先ほどから変わらず、視線はこちらに寄越さない。
 服選びって、そんなに集中することなのか?

「胡蝶族はのう、運命を書き換える力があるんじゃ」
「————えっと、すまん、スケールがでかすぎてよくわからん」
「そうか。なら、例え話から入るとしよう」

 俺の馬鹿さ加減にも、適切に対応してくれる。
 さすが100歳児。伊達に長年生きてないなこいつ。

「例えば、仕掛けられた爆弾により5分後にこの店が爆発し、わし諸共皆が命を落とすとしよう」
「話がでけぇなおい」

 だがまあ、さっきよりは分かりやすいからよしとする。

「その時、件の小娘——千倉といったかのう? 彼奴がこの場に居合わせたとする」
「うむ」
「すると胡蝶族はの、爆弾が仕掛けられていたことを"なかったこと"に出来るのじゃ」
「——うん、例え話は分かったが、結局何が言いたいのかが分からん」
「……」

 すると、流石に説明が難しかったのか——

「お主の持ってる貧乳画像が、全部消えるって現象を未然に防ぐのじゃよ」
「おっけー把握」

 この上なく分かりやすい形で説明してくれた。

 だが実際問題、話はややこしかった。
 千倉をはじめとする、純血の胡蝶族が持つ力。
 花蓮の話を要約すれば、あったはずの出来事をなかったことにする——そんなチートめいたものだ。

「時と空間に干渉し、胡蝶族のみが通ることを許された精霊道を通り、過去の出来事を書き換える。混血した胡蝶族は最早飛ぶことしか許されないのじゃが、純血である千倉とやらならやってのけるじゃろ」
「なるほど、な……」

 しかし、なるほどとは言ったものの、やはりうまく飲み込めない話だ。
 これは実体験を目の当たりにしないと無理だな——激しくデジャヴである。

「それにしてもお主」
「ん?」
「何故そんなにも貧乳を好む?」
「おっと、遂に俺の哲学を疲労するときが来たようだな」
「あぁ、やっぱりええわ。気は長いほうじゃが、長い話は嫌いじゃ」
「むぅ」

 残念だ。貧乳の良さが伝わらないなんて。

「そんなに貧乳が好きなら、わしのでも見せてやろうか?」
「馬鹿野郎、軽々しく言うな。ちったァ恥を知れ」
「む? 差分羞恥が必要か?」
「そんな話でもねぇわ!」
「遠慮せんでよい。わしは既に、幾多の男に身体を弄ばれた存在じゃ。今更未練などないわ」
「え、まさかの……?」
「そうじゃよ。お主程度、容易いものじゃ」
「何この子、怖い!」

 まだ何も言ってないのに察したよこの吸血鬼!
 やっぱ100年の歳月か。亀の甲より年の功か。
 そしてコイツ今、遠まわしに男としての俺を否定しやがったな?

「——うむ、これじゃの」
「?」

 ようやく選び抜いた服を、俺の元へと持ってくる花蓮。
 小さな花が刺繍された、薄手の白いワンピースだった。

「——麦藁帽子、いるか?」
「……? う、うむ。買ってもらえるのなら、そうしてほしい限りじゃが……」
「おっけー把握!」

 俺はワンピースと麦藁帽子を引っ掴み、花蓮を連れてレジへと向かった。