複雑・ファジー小説

Re: イノチノツバサ 【参照500突破!】 ( No.21 )
日時: 2015/09/19 21:06
名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)


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 樹齢50年は経っているであろう大木。柊と拓馬は、その木陰に身をひそめ、様子をうかがっていた。

「いるか?」

 柊は小声で拓馬に尋ねる。

「ああ。俺たちみたいな美味しそうな餌を探して、うろうろしてるよ」

 拓馬の視線の先にいたのは、4,5頭で群れをなす、鹿型の感染獣。鹿の癖に草を食べるでもなく、ただ新鮮な血肉を探しているようだった。

 柊は拓馬の返事を聞くなり、懐からある物を取りだした。それは手りゅう弾のような形状で、上部に安全ピンが付いている。

 柊はそのピンを素早く抜き、感染獣たちの方に放り投げる。向こうも気がついたようだ。低く唸りながら、こちらに近づいてくる。

 シュゥゥゥゥゥゥゥ

 近づいてくるにつれ、感染獣たちはその異変に気がついたようだった。状況が分かると、感染獣たちはすぐさま後退した。しかし遅い。

 すでに、魔の手は音もなく忍び寄っていた。

 〈ボム〉———対感染者用に、機構と呼ばれる組織によって作られた、さまざまな効果を持つ爆弾だ。柊が放ったのは、その中でも催眠効果のある物。感染獣たちは、先ほどまでの獰猛さが嘘のように、すやすやと寝息を立てていた。

「よし。今の内に捕獲しよう」

 拓馬は合成縄を持って、感染獣たちに近寄る。防護スーツに守られている彼らは、眠気に巻き込まれることもなく、感染獣たちに近づくことができた。寝込みを襲う……というと語弊があるが、拓馬たちは早速、感染獣たちを縛りあげる。

「5頭捕獲……なかなかいい調子だな」

「あぁ」

 二人は笑顔を浮かべ、拳を突き合わせる。

 するとそこへ割って入るように、ストレッチャーに乗った颯天が現れた。

「おお!大漁だな!さすが俺が見込んだだけはあるぜ!」

 颯天はそう言って、ストレッチャーを寄せてくる。ちょうど移動に困っていたところだったので、二人は颯天の運転していたストレッチャーに、この感染獣たちを乗せることにした。

「っしょ!」

 拓馬は掛け声とともに感染獣1頭を担ぎあげる。体格に恵まれている拓馬は一人で運べるが、柊はそれができず、颯天と二人で運ぶことにした。しかし、効率がいいのは拓馬の方だ。柊と颯天がやっと2頭目をストレッチャーのそばに運んできたときにはすでに、拓馬は3頭目に取りかかっている。

「すげぇな、あの筋肉……」

「あいつの趣味は筋トレだからな」

 颯天は、少しうらやましげに拓馬を見つめる。颯天とて小柄な訳ではないが、やはり拓馬には及ばない。女子が大きな胸に対して抱くような憧れを、颯天は拓馬の六つ割の腹筋に対して抱いていた。

「……筋トレマニアってのは、Mが多いんだぜ?」

「どんな負け惜しみだよ」

 ははは……と笑う颯天。それにつられる柊。

 しかし、突然颯天の顔から笑みが消えた。

「どうした?颯天?」

 颯天は答えず、あたりをきょろきょろと見回す。一通り見渡し、そして拓馬の方を見てその視点を止めた。

 拓馬は残る感染獣を運びに、少し離れたところまで来ていた。彼の脇には、茂みがある。

「……柊……こいつを頼む……」

 颯天は感染獣から手を離し、拓馬の方に足を進める。

「おい……どうしたんだよ」

 柊が颯天の背中に問いかける。すると今度は、颯天は拓馬の方に駆けだす。

 その時……

「—————————ッ」

 茂みの影から、突如それは現れた。瞳孔の開ききった瞳、よだれの滴る口、防護スーツの下からのぞく黒く変色した肌……かろうじてその原型はとどめているが、間違いない。それは、人であって人ならざる者、感染者だった。

「うわぁぁぁぁっ!」