複雑・ファジー小説

Re: イノチノツバサ 【参照500突破!】 ( No.23 )
日時: 2015/10/04 20:11
名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)




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 来光 颯天(らいこう そうま)……それは、彼がこの世に生を受けた時に与えられた名。そして、彼を物のように表す、一種の記号だった。

 来光家は、稀に血清種が生まれることで〈帝〉の寵臣として栄えてきた一族だ。そしてその家に、その血を持って生まれた颯天は、宝物のように大切に育てられてきた。しかし、裏を返せばただの物にすぎなかった。

 周りの者は、自分を『颯天様』と呼び、大切に守りながらも搾取できるものは取っていった。人々にとって颯天は、金の卵を産むガチョウだったのだ。

 いつからか、颯天はそんな人生に嫌気がさしていた。自分の手でその未来を切り開きたくなった。そして、道具のように生まれたこの生に、大きな価値を見出したくなったのだ。

 だから、彼は四兵団に志願した。ここでなら、生まれ持ったこの血を、人の役に立てられると信じて……

 しかし、どこに行っても、周りの目は変わらなかった。何をするにも色眼鏡で見られる。最初の内は入る兵団に迷い、転々としていたが、結局自分の居場所はどの兵団にも見いだせずにいた。

 そんな時だった。参謀局が声をかけてくれたのは。

 一人でも多くの優秀な戦力を必要とする参謀局は、颯天のこの体質に目をつけた。感染しない戦士。それは彼らにとって、大きな魅力であった。

 同時に、颯天は、自分を戦力として必要としてくれる参謀局に己の居場所を感じた。ようやく長い旅が終わり、やりがいのある仕事を見つけたのだ。

 それからの日々は、充実していたように思う。しかし、心のどこかでは自覚していた。それは、心のわだかまりを忘れようとしていただけに過ぎなかったのだということを。



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 サンプルの採取は終わり、九条班は颯天を除いて一人のけが人を出すこともなく、帰路についた。ストレッチャーに乗りながら、彼らの談笑が聞こえてくる。

「はぁ?お前ら、一匹も捕まえられなかったのかよ!!」

「仕方ないじゃん!だって、翼沙ちゃん、敵見つけたらすぐズパーだもん」

「こっちだって、努力はしたんだよ」

 任務の不出来を莉亜が翼沙のせいにすると、翼沙はそっぽを向いた。努力なんて明らかに嘘だろう……と、班員たちは心の内に思う。

「これだから戦乱狂は……あんたも、呆れちまったよな、颯天?」

「え?」

 不意に話を振られた颯天は、驚いて柊に聞き返した。

「どうしたんだよ、颯天?」

 颯天が驚いていたのは、柊のその自然そうな態度だった。最初の内は正体を隠していたとはいえ、血清種と知ってもなお、柊はこのように親しげに話しかけてくれる。らしくもなく、颯天は感極まっていた。

「……そうだな」

 うなずきながら、颯天は顔を背けた。今、柊の顔を見ていると、頬が緩んでしまう。同時に、歓喜の涙がこみ上げてきそうだった。

 九条班の、彼らの笑顔を見て、颯天はふと思う。

———もしもあの時、彼らに会っていたら、俺の人生はもっと変わっていたのかもしれないな……