複雑・ファジー小説
- Re: イノチノツバサ 【参照600突破 感謝!】 ( No.24 )
- 日時: 2015/10/11 11:10
- 名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)
第四章
新薬開発・総合研究課
研究所内は、春先であるというのに、冷房をキンキンにきかせていた。しかし、その環境下でも彼らが快適に作業できるのは、やはりその防護服のおかげであった。
薬課は、感染の拡大を防ぐために、地上に突き出たところに研究所を構えている。そのようなところにあるのだから当然、中で働く研究者たちも、感染には十分に注意を払い、防護服の着用が義務付けられている。
研究者たちは、忙しそうに実験室内を動きまわっていた。そんな中、彼女は実験台の横で椅子に腰かけ、静かに卓上を見つめていた。なにやら、まがまがしい液体が泡を立てて反応している。彼女は興味深げに、その様子を観察していた。
ウィン
不意に、自動ドアが開いた。そこには、青龍のエンブレムを胸に掲げた青年が立っている。長身で、少し痩せた、20代くらいと思しき男だ。脱色した白銀の髪は、肩まで無造作に伸ばしている。頭頂部にはすでに黒い地毛が生えてきているが、彼は気に留める様子もない。そこから、多少粗雑な彼の人間性がうかがえた。
「……なんだ。また持ってきたの?」
その女は半分あきれたように、小さな嘆息をついて彼を見た。後頭部に一つくくりに束ねた髪が、静かに揺れた。その髪は、日本人とは思えぬほどに色素が薄い。彼を見つめる双眸もアクアグレイで、その顔はどことなく外国人じみている。
彼女は椅子から立ち上がり、彼の方に歩み寄る。その身体は、まるで病人と見紛うほどにやせ細っていた。しかし、彼女は病人ではない。寧ろ、病人の治療にあたる者、すなわち医者なのである。
「うちの団長は、慈悲深い人なんでな」
彼の声は、静かに研究所内に響き渡る。そんな彼の表情は、疲れもあってか、そもそもそういう顔が素なのか、不機嫌そうに目を伏せていた。
そして彼は、手にしていた鍵を彼女に手渡す。
「いつも通り、外のトレーラーにぶち込んでおいてある。……あの人からの伝言だ、『どうか、救ってやってくれ』ってさ」
そうとだけ言い残し、彼は昇降口の方に去っていった。残された彼女は、その背中を見送り、ぽつりとつぶやく。
「努力はするさ……期待はしないでよ?」