複雑・ファジー小説
- Re: イノチノツバサ 【参照600突破 感謝!】 ( No.26 )
- 日時: 2015/10/20 22:30
- 名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)
彼女は、その鍵を手に、研究所の外に出た。先ほどの彼が言った通り、そこには大きなトレーラーが止まっている。中からは時折、トレーラーの壁を叩くような音や、獣のうなり声が聞こえた。
「やれやれ、思ってもみない収穫だわ」
彼女は小さく笑い、トレーラーをなでる。……とそこに
「あ!芹華さぁ〜〜〜ん!」
聞き覚えのある声がした。彼女・須藤 芹華(すどう せりか)は、面倒くさそうな目で声のした方を見る。
「うるさいのが、帰ってきたわね……」
帰還してきた朱雀団の一隊の姿が、すぐに目に入った。芹華たちが依頼していた者らだ。芹華はその中に、大きく手を振る颯天の姿を確認した。
「いや〜ごめん、遅くなって」
「それは別に気にしてない……というか、そのけがはなに?」
到着するなり、颯天は駆け寄ってくる。芹華は、包帯がぐるぐると巻かれた彼の左手を見て、問いかけた。
「はっ!……芹華さんが、俺のことを心配してくれてる……」
「メスで傷口を広げてあげましょうか?」
笑わずに言い放つ芹華。彼女は颯天の頬をつねっている。颯天は「調子に乗りました……」と素直に謝った。
「それにしても……今日は大漁ね。さっきも、青龍団の子が、サンプルを持ってきてくれたのよ」
彼女はそう言って、トレーラーの方に目をやる。颯天は、張り合うように声を上げた。
「お……俺だって、たくさん捕まえてきたんだぜ!?」
「あんたじゃなくて、そっちの新人さんたちが……でしょう?」
ぐうの音も出ない颯天を横目に、芹華は九条班の班員たちにねぎらいの言葉をかける。
「はじめまして……よね。私は医師の須藤 芹華。今日、あなたたちにサンプル採取を依頼していたのは私たち。薬課を代表して礼を言うわ。どうもありがとう」
感謝の意を表し、芹華はすっと頭を下げた。班員たちも慌てて、頭を下げる。
「さて、今日はもう疲れたでしょう?早めに切り上げて、自宅で療養に当てるといいわ。あとのことは、私たちに任せて?」
芹華の言葉に甘え、班員たちは帝都に戻ることにした。次々と建物の中に入ってゆく。颯天は「え?俺も残るの?」と言いながら、その様子を眺めていた。
「あんたたちは捕まえてきたサンプルを……そうね、第二保管所に収容しておいてくれる?」
「……わかった」
「ちょ、芹華さん!容赦ねぇなぁ……」
颯天は、片腕を負傷していながらも、仕方なく次の作業に移った。ストレッチャーを作動させ、サンプル保管所まで運び始める。
それに続いて九条もストレッチャーを動かそうとした時……
「……なんだ?」
芹華は、その白磁のように白い手を、九条の肩に添えた。そして、らしくもなく、優しい声で呟く。
「……いい仲間は見つかった?」
九条はその言葉に一瞬驚き、そしてすぐに平静の表情を取り戻して答える。
「……どうだろうな」
ぼそりとそう答え、九条は颯天を追ってストレッチャーを走りださせた。あとに残された芹華はほくそ笑み———あるいはそれが、彼女の微笑みかもしれないが———走り去ってゆく九条の背中を見つめていた。