複雑・ファジー小説
- Re: イノチノツバサ 【参照700突破 感謝!】 ( No.28 )
- 日時: 2015/10/24 21:54
- 名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)
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「やはり、朱雀団はすごいよ。どんな苦境に立たされても、必ず助けに来てくれるんだ。冷たい鋼鉄のような、がちがちの鎖で縛られた他の兵団とは違う。彼らには純粋さがあるんだ」
まだ年端もいかぬ少女には、彼の言葉は難しかった。だがきっと、彼が言うのだからすごいのだろう。その、朱雀団という人々は。
「おっと……そろそろ診察の時間だ。お父さんは戻るな」
彼は腕時計を確認し、そっと席を立つ。若干名残惜しそうにこちらを見つめてから、彼は奥の病棟に消えていった。
取り残された少女は、彼を追いかけることもなく、ただそこに座っていた。……いや、追いかけられなかったのだ。彼と少女の間には、ガラス張りの壁が、無機質な隔たりがあったのだから。
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遙の頬を、涙が伝う。莉亜と別れてから、不意に思い出してしまった記憶。なぜ、今頃になって……
有名デザイナーの母、白虎団大隊長の父。その間に生まれた遙は、たまたま生まれたのが第一区であったために、公立小学校とは思えないほどきらびやかな区立小学校に通わさせられた。周りの友人は有名士族ばかり。そんな環境で育ったためか、遙は上流階級の口調がすっかりうつってしまっていた。
「ごきげんよう、お父様」
はじめてお嬢様言葉で父に話しかけた時、父が唖然とした表情を浮かべていたことをよく覚えている。しかし、すぐに調子を合わせて
「やあ、ご機嫌麗しく」
と言って笑っていた。
父はそんな人だった。明るく、朗らかで、いつだって笑っている人だった。そのためか、たくさんの部下を持っていて、いろんな人に信頼されていた。
そんなある日、父がウイルスに感染して帝都に帰ってきた。しかし、朱雀団の救援が間に合って、どうにか症状は抑え込むことができたようだ。最初に知らせを聞いた時はひやりとしたが、元気になった父を見て本当に安心した。
それからだろうか。父がよく、朱雀団のことを口に出すようになったのは。父は義理堅い人だから、何度も何度も朱雀団に助けられた話をしてくれた。そのせいか、遙も次第に朱雀団に心ひかれるようになった。
しかし、そんな幸せな日々も、長くは続かなかった。
それは、父が一度ウイルスに感染してから2年後、遙が12歳の時に、父の病気が再発したのだ。父はすぐに隔離病棟に入れられ、ガラス越しにしか会えなくなってしまった。
遙は毎日、病院を訪れた。父も毎日待っていてくれた。その日学校であった事、家であったこと、近所のおばさんの話、公園の野良猫の話、とりとめのない話を何度も、何度もした。
そしてやがて
終わりの日はやってきた
「……お父様……」
遙は、そっと父の手を取った。ずっと触れられなかった、大きな父の手。昔と変わらず、ごつごつとした、たくましい手。ただ一つ、前と変わってしまったこと、それは……
その手が、とても冷たいということ。
四兵団本部の片隅で、遙は膝を抱えて座り込んだ。そして、その膝に顔をうずめて嗚咽を漏らす。
———お父様、私、病気になってもよかった。
ハンカチを取り出し、そっと涙をふく。しかし、どんなに拭っても、その涙はとどまることを知らなかった。
———病気になって、狂って、処分されてしまってもよかった。
それでも
———私、その大きな腕で、抱きしめてほしかったな……