複雑・ファジー小説
- Re: イノチノツバサ 【オリキャラ募集中】 ( No.6 )
- 日時: 2015/08/16 19:07
- 名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)
【第二章】
「出ろ」
地上はまだ昼だというのに、窓の外の景色はまるで夜のようだった。いや、ここには、昼も夜もないのかもしれない。なぜなら、ここで一生を終える者は、太陽を見ることなどないのだから……
地下帝都 東京。地上で班員たちが戻ってくるまでの間に九条が訪れていたのは、四兵団本部に取って付けられたような施設だった。
その施設の中にはたくさんの個室があり、居住可能になっている。そう、この施設は、四兵団専用の寮なのだ。
九条がノックしたのは、その中の一つ。一階の隅にある部屋だった。彼の呼び掛けに応じ、中から部屋の主が現れる。
「明後日までって聞いていたけど?」
仏頂面を下げて出てきたのは、紅茶色に染まった髪と瞳の、見目麗しい小柄な少女だった。華奢な身体の割に豊満な胸元には、おそらくいかなる男の目も引き付けられてしまうだろう。
しかし九条は、彼女の顔より下に目線を動かすことなく、淡々と述べる。
「危急の用があってな。ついてこい、霧崎」
少女・霧崎 翼沙(きりさき つばさ)は、一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐににやりと笑みを浮かべた。
「ニシシシッ。なんだ、俺の力が必要になったってか?」
「……そうだ」
九条の言葉に、翼沙は満足そうな顔をした。しゃらんと後頭部に結いあげたポニーテールが揺れ、ほのかに花の香りを漂わせ、九条の鼻をくすぐった。
+ + +
「班長……戻ってこないけど、これからどうなるのかな……?」
莉亜は、地上支部のソファに座りながら、ぽつりとつぶやいた。隣には、柊と拓馬が座っている。
「作戦が切り替わった……としか言っていなかったな。俺たちも動員されるのかもしれない」
柊の返答に、拓馬と莉亜は表情を引き締める。
二人の脳裏には、先ほどの感染獣の姿が浮かんだ。柊とは違い、拓馬と莉亜は初めての感染獣に恐怖を抱いていた。しかし、これからあの獣たちと交戦するのだと言われると、覚悟を決めねばならない気がしていた。
そんな二人を見て、柊はソファから立ち上がった。
「大丈夫だ。俺が付いているさ」
二人を振り返り、自信を持った表情でうなずく。
その自信は、決しておごりではない。
影崎 柊———朱雀団第81期 入団ランク1位
いきなり現れた感染獣にも臆せず挑む、その勇気の根拠となる実力だ。
その姿を見て、二人も頬笑みをこぼした。
ウィン
自動ドアが開く音がした。3人が慌てて入口の方を向くと、九条と彼に連れられた別の隊員がいた。見たことのない新顔だ。
驚く班員たちをよそに、九条は近況報告をする。
「先ほど、バリケードの破損部を発見したそうだが……穴があまりに大きいらしい。現在、青龍団と白虎団が交戦中だ。朱雀団も出撃を控えている。その際に、補助員としてお前達新兵も動員されることになった」
班員たちは、そろって不安そうな表情を浮かべた。当然だろう。地上では命の保証など無いのだから。
「大まかな作戦内容としては、青龍団はバリケードの補修および交戦。白虎団が陽動作戦でそれを補佐。我々朱雀団の役目は、両兵団の負傷者の保護だ。何か質問は?」
九条は全員の顔色を見ながら、滔々と告げる。すると、ある班員が手を上げた。
「班長……あの、そちらの方はどちらさまですの?」
遙だった。九条の連れてきた隊員を示しながら、九条に問いかける。
「そうか……まだ初対面なのか……こいつは……」
「いよーっす」
九条の言葉を遮り、隊員は他の隊員たちに向かって手を振った。
「九条班配属、霧崎翼沙だ。よろしくな!」
見た目の麗しさからは想像もつかないほど豪快な口ぶりに、班員たちは言葉を失った。しばらくの沈黙の後、口を開いたのは拓馬だった。
「班長。霧崎さんが同じ班員なら、どうして彼女は今日の訓練に参加していなかったのですか?」
もっともな質問だろう。しかし、九条はその質問に、ため息交じりに答えた。
「霧崎は……入団早々、先輩団員と私闘を起こし、寮で謹慎処分を受けていた」
「まま、そゆこと」
ニシシと笑って見せるその表情は、反省の色は見られず、寧ろ誇らしげであった。そんな彼女の様子に、他の班員たちは戸惑っている。
「こんなヤツだが、腕は確かだ。なにせ入団成績は総合で8位、近接戦闘にかけては主席だからな……」
九条の言葉に、翼沙は誇らしげに胸を張る。対して、班員たちはどよめいていた。
「え?それって……」
「影崎君より強いってこと?」
柊は、皆の視線を感じていた。周りがこれだけどよめくのも無理はなかった。
影崎家は、四兵団のエリート集団である玄武団の団長を、二代歴任している。いわば、戦いのサラブレッドの家系なのだ。しかし、この翼沙は、その本家の出身である柊を上回る実力。それは彼らにとって想像のつかないものなのだろう。
柊はただ、そんな視線を気にすることもなく、無言で翼沙を見つめていた。翼沙と目があうと、彼女はただ、クスッと笑っただけだった。
その反応を見て、柊の心の中に、何とも言えない感情が沸き起こった。怒りではなく、もっとわくわくした、興奮にも似た感情。
———彼女が……霧崎翼沙……俺のライバル
翼沙を見つめる彼の眼は、いつになく熱かった。