複雑・ファジー小説
- Re: イノチノツバサ 【オリキャラ募集中】 ( No.7 )
- 日時: 2015/09/01 21:18
- 名前: えみりあ (ID: TeOl6ZPi)
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九条班はまた少人数に分かれ、隊をなしてストレッチャーで走行していた。先ほどの訓練時より一台追加され、その一台には九条と翼沙が乗っていた。
その翼沙を除き、他の班員たちは、いきなりの実戦に不安の色を隠せないようだった。
「お前たちはまだ初任務だから、担当するエリアでの感染獣との戦闘は皆無に近い。そう今にも死にそうな顔をするな」
九条の少し曲がった励ましに、班員たちは生気を取り戻したらしかった。しかし、翼沙だけは不服そうに悪態を突いている。
「……まぁ、逆に精神には一番こたえる役回りだがな……」
ポツリと、九条はそう漏らした。ストレッチャーを運転する彼の独り言は、風に流されて誰の耳にも届かなかったが。
そうこうしている内に、人の姿が見えてきた。九条の話によれば、彼らが救助に向かっているのは、陽動作戦で疲弊した白虎団の一隊のところらしい。
しかし……
「うっ……」
「莉亜……?大丈夫か?」
ストレッチャーを運転していた拓馬は、心配そうに問いかけた。ちらりと目をやると、彼女は血の気の引いた顔で、口に手を当てている。
視力のいい莉亜は、他の班員より先に見てしまったようだ。
「なんだよ……これ……っ!!」
その地獄絵図を……
彼らが目にした白虎団の部隊は、感染獣たちのひどい猛攻を受けたようで、ほぼ壊滅状態だった。すでに息絶えているものもいれば、虫の息の者もいる。中には、ウイルスに感染したらしく、発症している者もいた。感染者たちはそろって肌が変色し、瞳孔は開いていて、低く唸っていた。
あまりにむごいその光景に、班員たちは目を背け、中には嘔吐する者までいた。その中で九条は淡々と指示を出す。
「感染していない負傷者、もしくは、ステージ1……感染していても発症していない負傷者から優先して救助しろ。すでに発症している者や、回復を見込めない者は、その後だ」
「え……!?」
九条の言葉に、班員たちは驚きを隠せなかった。
シリオウイルスの症状は、4つの段階に分類される。
ステージ1、感染しているが発祥はしていない状態。薬課が製造する、特殊な血清をうつことで回復が見込める。
ステージ2、発症しかけで、身体の色が変化しかけている状態。意識は正常だが、回復の見込みは五分程度。
ステージ3、発症途中で、身体はすっかり変質した状態。自我を失いかけていて、回復の見込みは1割を切る。
そしてステージ4、完全に発症し、自我を失った状態。血清でも回復は見込めない。
「そんな……重篤患者を優先するのでは……?」
朱雀団の公式マニュアルでは、ステージ2もしくは3の患者を優先するように書かれている。当然彼らも、そう信じていたのだが……
「それは建前上、そう言っているだけだ。実際の現場はそんなに甘くない」
九条はそう言って、救助に入った。手始めに、近くに倒れていたステージ1の感染者に、血清をうつ。しかしその隣では、腹部を感染獣に食い破られてもなお息のある兵士が、九条に向かって手を伸ばしていた。
「な……見殺しにしろって言うんですか!?」
柊は叫んだ。
「現実を受け止められないなら、ここから去った方がいい。これが本当の朱雀団だ。……さぁ、どうする?こうしている間にも、人が死んでいくぞ?」
全員が黙り込んだ。九条の言葉は冷たく、同時に班員たちに切迫感を与えた。しかし……
「……分かりました」
思いのほか、その沈黙が破られるのは早かった。拓馬だ。理解し、納得したような表情で、負傷者たちの間に割って入っていく。
「……くそっ!」
「やるしかない……やるしか……」
それに続くように、班員たちはぞろぞろと救助作業に入る。
「……軽傷者の保護が終われば、重傷者の救助にも入れますわね?」
「……ああ。間に合えばな」
遙はそれだけ尋ねて、九条の脇を抜けていく。
後に残ったのは、柊だけだった。
「どうした?もう朱雀団なんてやめるか?」
「……あんたは……あんたは何も感じないんですか……?」
拳を握りしめ、柊は俯く。信じていたものに裏切られ、怒りしか沸き起こってこなかった。そんな柊を見つめ、九条は一言……
「……そう思うか?」
そう聞き返した。驚いて柊が顔を上げると
———あ……
九条の顔は、悲哀に満ちていた。
「誰もが抱いた怒りだ。お前は間違っていない」
そう言って、柊に背中を向けた。
「すまないな」
とだけ言い残し、九条はまた救助作業を再開した。
———結局……どこに行っても同じなんだ……
柊は一人、空を仰いだ。