複雑・ファジー小説
- Re: 這竜は白銀と浪に踊る。 ( No.3 )
- 日時: 2015/07/12 15:57
- 名前: 睡魔 (ID: EEo9oavq)
今の俺は、岩のようなゴツゴツとした鱗を纏った大蛇に、竜の三角頭と二本の腕を付け足したような姿をしたドラゴンだ。
人間だった頃とは違う、最強の竜である。
しかしながら、翼が無く飛べないドラゴンというのは、この世界において暫し不遇を受ける。
俺が卵から孵って誕生したとき、人間や魔物は恐れをなして逃げていくどころか、辺りは人間や魔物は疎か、虫けらのひとつもいない砂漠だった。
偶に通りかかる魔物も、翼が無い俺をドラゴンと気付かずにスルーし、しまいには、土っぽい地味な体の色のせいで、岩と間違えられて旅人の休憩所にされた。
そして一番不快なのは、そこそこ腕に自信のある冒険者たちが、飛べないドラゴンなんぞ討伐出来るだろうと舐めて掛かることだ。
ドラゴンが人間の手に及ぶ訳なんて無く、本来はドラゴンに近寄ろうとする奴はまず居ない。
だが、飛べないだけでドラゴンの中の最下層と位置づけられた俺は"這竜"と呼ばれ、それなりのベテラン冒険者の討伐ターゲットとなった。
まぁ、俺が砂漠に来る冒険者たちを殺さずに返してしまうのも悪いのかもしれないが、それはいささか仕方が無い。
何人か見せしめに殺してしまえば、俺を倒しに来る冒険者も少なくなるだろう。
しかし、前世の俺は人間。平凡で平和な日本人である。その前世の記憶を持ってドラゴンとして転生した俺が、人を殺すことなんて出来まい。
「な、なんと…………この真なる魔剣でもドラゴンの肌に傷ひとつ付かないだと…………もう私には倒すことは出来ないのか」
そして今日も、かの女剣士は剣をわちゃわちゃ振り回し、俺の討伐を試みている。
ようやくそこらの剣で戦える相手では無いと気付き、いろんな武器を用意して来たようだが、それでも俺の鋼鉄の肌と鱗は全ての攻撃を弾いた。
他の冒険者は一度や二度で諦めるのに、コイツは何度俺に挑むのだか。
「もうダメかもしれん……私は無力だ」
しかし、今日はいつものような勢いが全く無い。彼女もいよいよ諦めを考えているのか。
「お前、今日は随分としおらしいな。らしくないぞ」
「這竜よ、悩みがあるのだ」
そう言うと女剣士は座り込み、ため息をついて項垂れた。
「私は、ギルドで一番の実績を持っていてな…………つい這竜くらい倒せると言い張ってしまったのだ。ところが、私は無力だった。やはり上には上がいて、決して超えられない壁があるということを思い知らされた。しかし、ギルドの輩の期待を裏切るわけにもいかないだろう? もうどうすればいいのかわからなくてな」
わかる。
できる奴は勝手に皆から期待され、どんどん追い詰められてゆくのだ。けれど自分のプライドも許さなくて…………。
俺も、前世は何度もあった。何度も何度も先輩や後輩から期待され…………いや、これ以上考えたくない。
「どうすれば……どうすれば私はお前を倒すことが出来るのだ、這竜よ。いいや、もう倒せなくてもいい。お前から背中の皮一枚でも持って帰れば、皆の期待を裏切らずに済むのだ」
とりあえず倒せなくても、戦利品さえ持ち帰ればそれでいいらしい。
それならば、早く言って欲しかった。
「戦利品くらいならやるぞ」
今まで、何度もしぶとく俺に挑んで来たのだ。がんばったで賞くらいくれてやってもいいだろう。
「本当か!」
女剣士は急に顔を上げ、歓喜の声をあげた。
クリクリとした翡翠色の目を輝かせ、満面の笑みを浮かべている表情が愛くるしい。よく見たらいい顔立ちである。
「ほれ」
俺は手から鋭い爪を引っこ抜き、地面に投げ捨てた。爪はドラゴンの再生力のおかげで、引っこ抜いた部分から一瞬でまた生えるので問題ない。
「這竜よ、本当に感謝する!」
女剣士は爪に飛び付き、ペコペコと頭を下げた。
とりあえず、これで彼女のプライドは守られたらしい。
「ドラゴンに頭を下げて戦利品を貰う方がプライド無い!」とかは決して言ってはいけない。
彼女は今まで頑張った。ドラゴンの腰痛解消をした女剣士である。
「それと……這竜よ、そなたを見くびって、愚かにも無力な私が討伐しようと試みたこと、すまなかった!」
「いや、お前の剣筋は悪くない。武器が武器だから仕方がないだけだ。ドラゴンの肌を斬れるものなんてまず無いからな」
「そ、そうか……ありがとう」
女剣士はまたひとつ頭を下げた。
「何か、礼をさせてくれないか?」
礼、か。
ドラゴンに出来なくて人間に出来ることは特に思い付かないが、やりたいことならある。
頼んでみてもいいかもしれないな。