複雑・ファジー小説

Re: ホワイトリアの騒音旋律 ( No.6 )
日時: 2015/07/18 18:05
名前: リキュール (ID: 7D2iT0.1)

lullaby =子守歌=



 1


秋晴れの下。
山道をとある馬車が走っていた。
質素であるが頑丈そうで、引いている馬も上等な物だ。でこぼこした山道を、山のふもとに向け、ゆったりとした速度で降りてゆく。
乗っているのは二人——————と、一匹。

一人は大柄な男。浅黒い肌に黒い髪という、インクで染めたような風貌をしている。
馬を扱えるようで、馬車用の鞭を片手に、その体にしては小さい運転席にかがむようにして座っていた。
一人は女性。流れるような美しい銀髪と、きらきらと輝く金色の目、という、すこしばかり目立つ容貌をしている
女性は荷台の後ろに足を投げ出すようにして座り、子犬サイズの桃色の動物を撫でくりかえしていた。

「ちょ、ジルコニ・・・・ぐむ! ジルコニア! おい、頭は反則だぞ! 見ていろぉ、オレサマの必殺デスローリングアタックを・・・ぉ・・・・ぬぁ」

なにか偉そうなことを喚いてはいるが、何しろ女性の手と同等ぐらいの大きさであるので、それは全く現実味を持たない。
右手一本でもみくちゃにされ、くるんと弧を描くしっぽをいらだたしげに振るだけである。
馬車のもう一人・・・・否、一匹の乗車者とは、薄ピンク色の子豚であった。

子豚はつぶらな黒い瞳で女性を睨みつけるが、ジルコニアと呼ばれた女性は、どこか上の空で後ろに過ぎていく木々を眺めている。

「あー、はやく王都につかないかなー。ピグロとの遊・・・模擬戦闘も飽きちゃった。ねえピグロ、別の遊・・・・模擬戦闘はないの?」
「いちいち遊びって言い間違えるのヤメロ! こっちは必死なんだからな!」

子豚———ピグロは、溜息を吐くジルコニアにすかさず飛びかかるが、すぐに左手が伸びてきて押さえつけられる。
ぷぎい、と変な声が漏れる。
すると前方から馬のひずめの音といっしょに、低い声が笑いをふくみながら飛んできた。

「あんまりいじってやるなよ、ジルコニア。そいつだってあと数年もしたら大きくなるんだぞ。そうなったときに突進されちゃ、お前もただじゃおかねえぞ」
「そうね、ナイル。あと数年したら大きくなるのよね。楽しみだわ」
「おいジルコニア、オマエ今オレサマのこと食べるようなニュアンスで言わなかったか?」

ナイルは馬を操りながら苦笑し、ピグロはジルコニアの発言にさっと顔色を青くする。



山を越えれば街がある。その街を囲む森を抜ければ、王都にまっすぐ続く道に出る。
ジルコニアは馬車が向かうふもとの街を想いながら、流れ行く景色を眺めた。

木、木、木・・・岩、川、鳥、岩、木、木、岩、獣、木、木、木、木、岩。
鹿、木、岩、石、木、木、岩木、木、木、木、木、木、人、木—————人?

「止めて!」

ジルコニアの声に危機迫る物があったのか、ナイルはほぼ反射的に手綱を引く。
急に出された命令に驚きながらも、馬は従順に従って止まった。

「どうした、ジルコニア」

いぶがしげに問うナイルにも振りかえらず、ジルコニアは馬車から勢いよく飛び降りる。
何事か、とピグロも顔を出した。

景色とともにずいぶん離れてしまった人影は、ジルコニアの目が正しければ、倒れていた。
そして恰好がこぎれいだった。

———うまく行きゃあ、お礼金もらえるかも。

ジルコニアはそういった不純な動機で目を光らせながら坂道を駆け上がる。

今から助けようとしている人間が、割と重傷だということも・・・
慌ててふもとの医院に駆け込み、逆にお金を消費してしまうことも・・・
その人間が、『今現在、この世界では滅びてしまった言葉』を使っていることも・・・

全く知らずに、考えもせず。