複雑・ファジー小説

デルフォント物語 ( No.13 )
日時: 2015/07/25 15:16
名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: bGZR8Eh0)


=====『鍵なし金庫』施錠開始

『これ以降は別形式で保存すること』

 公子の病状が良くないとの噂が流れ始めた。
 この頃にだったと思う、侯爵家と十二の貴族が中央府の軍隊のにより滅ぼされたことを知ったのは。そして私の存在データが消去されていたことも知った。

 ある日。私は子爵に呼ばれて、その書斎に来ていた。子爵は大きな執務机に、ではなく、小机を挟んで私の向かい側に難しい顔で座っていたが、意を決したかのように話し始めた。
「率直に聞く。君は魔法が使えるのかい」私の心臓は、大きくドキリと打った。
「な、何のことでしょう」
「あの侯爵家の関係者に聞いたことがある。君の父君は人の記憶を改変する技能を持っているかもしれない。とね」それなら 私にも出来る。だが、答えるつもりはない。
「……」
「実は、公子はもう助からない。あと五日以内に死亡するだろう」
「……」
「身替りは見つけている。しかし、本物の公子の顔を知っている者が幾人かいる」
 幾人=数人 とは、少ないのではないか。と思ったが黙って続きを聞いた。
「私も含め、その者達の記憶を改変して、身替りの者を公子と認識させたい」
「やって貰えないだろうか」
「質問ですが、養子ではいけないのですか」
「私に親戚はいない」「公子が唯一の身内だ」
 断れなかった。このままでは、この領地は子爵の代で終わってしまう。

 公子は、二日後に亡くなった。
 内密に葬儀が営まれた。
 その日の内に、身替りの少年が眠る部屋に通された。白髪の少年が横たわっていた。瞼を開けると、瞳の色が赤い。この状態は強い薬品によるものに違いない。
「この子の記憶を消してほしい。生まれてから今までの記憶の全てだ」
「消すのは、本人が本人であるという記憶。で良いのですね」
「意味が判らないが」
「全ての記憶を完全に消すには、脳を全て破壊するしかありません。自分が自分である記憶だけなら一部の削除で済みます。それを再生すれば元の自分は完全に消滅します」
「言葉や経験は、どうなる」
「話せますし、体験した結果は残ります」
「データとしての記憶は残っていますから」
「言葉についてですが、この子の出自により変わりますから変更が必要でしょう」
「貴族の出身であれば問題ありませんが、そうでなければ直さないと。困るでしょう?」
「確かにそうだが、出来るのか。そんな微妙なことが」
「現在の言語領域に新しいモノを上書きすれ良いのです」
「音声によるサンプルがあれば、聴覚器を使って入力すべきでしょう」「その方が無理がかかりません」
「他の方法を使うとどうなる」「早急に終わらせる必要があるのだが」
「対話時に差障りが出る。可能性があります」
「……けど良いのですか」
「やってくれ」
 その子の記憶を削除し、修復した。新たなモノを上書きした。
「この子の髪や、瞳の色は薬品で変えたのですね」
「髪と瞳は、何色になるのですか」サンプルを見せられた。持って来たのは医師長だ。
「DNAに細工したのですね。髪と瞳の色以外に、何をしましたか。他に影響はないのですか。そして本物とは、どのくらい違いますか」
「その通りだ。DNAに細工した」「髪と瞳の色以外には、血液型も変えた」「他への影響は不明だ。複数の強力な薬品を使った」「色彩は、人の記憶の許容範囲内にある」と医師長が一気に捲し立てた。何を今更 慌てているのだろう。
 血液まで触ったのか。強力な複数の薬品。これでは大きな副作用が起こるだろう。心配だが済んでしまった事はどうしようもない。
「参考に教えて欲しいのですが、本物の公子に使った薬品は どの様なモノですか」
「これ等がそうだ」差し出された薬品名の一覧表を見た。
 とんでもない種類の薬剤だ。これ等が混ざって副作用を起こした可能性も高い。これにもDNAに影響を与える薬品が幾つもあった。
「なぜ、こんなに多くの薬品を?」
「あれは熱病なんかじゃない!」「毒薬を、複数の毒薬を盛られたんだ」
「毒薬!」公子は、毒殺されたのか。
「毒薬の中には、DNAに悪影響を及ぼすモノが、複数あった」「逆の効果を起こす薬品を、色々試すしか、方法がなかった」医師長は、うなだれて膝をついた。
「……」嫌な沈黙だ。
「じゃ本物の公子の顔を ご存知の方々を集めてください」
 執事長が席を外した。皆を呼びに行ったのだろう。
「子爵様。この件、私の記憶も改竄します。あなたはどうなさいますか」
「私は……、いや。私の記憶も変えてくれ」
「いや。この者が偽者であるという記憶だけを、残せないだろうか」
「難しくて、完全とはいきません」「違和感がある。程度で良ければ何とか出来ます」「でも、それは お勧め出来ません。感傷に過ぎないからです」
「きっと後悔します」あぁ、後悔する記憶も消すのだったか。これは 嫌な感じがする、余計良くないな。
「それで良い。本物の記憶を完全に消してしまうのは、少し、哀れでな」
「……分りました」そうは言ったが、私は違和感を残すのには反対だ。この子が可哀想だろう。だって この子は、まさしく『全部』を消されたのだから。
 だが実施するしかない、これが本人の希望なのだから。馬鹿なヒトだ。
「では、『理由の判らない、ほんの少しの違和感』を残すようにします」

 私が、私を残して他の関係者の記憶を改竄し終わるまで、約五時間を要した。違和感なく(子爵以外について)完全に実施するのは、結構大変なのだ。消去や、上書きと違って微妙な調整が必要だからだ。
 子爵の記憶については、あの侯爵家の関連から変えた。私の力の事は知られる訳にはいかない。書類等にでも残っていたら困る。もし残っているモノがあれば、一切残さず、全てを破棄するようにと、子爵には暗示をかけた。
 自室に戻って、白猫に指示を出した。
「こっちに残っててね」
「隔離室には、この付近の荷物と黒猫を持って行くから。あと二体は要るかな」
「私がこの薬で眠ったら、バックアップを残して私の記憶も消去してね」
 二年後にここに戻るまで、この部屋にある異世界に関する全ては封印しなければならない。
 後は、白猫に任せておこう。

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 私(白猫)は、この書類データをどう処理するか迷ったが『別形式で』となっている後半部のみ『封印』とすることにした。前半部は『極秘』だ、これは必要になる可能性がある。
 リーナスにも、他の誰にも『封印』は、知られてはならない。
 私を造ったのはリーナスの母だ。彼女の願いにも似た指示は「リーナスを幸せにして」だったのだ。このようなものを見て、幸せでいられる筈がない。
 リーナスの指示により、このデータの消去は出来ない。だが、本人の記憶から消すことは出来る。探せない場所に保存すれば良いだけの事だ。
 それよりも、急がなければならない件がある。異界人狩りの指示を出したモノを探し出し、処理しなければならない。『異界人狩り完了。以後この指示は適用しないこと』と。

 私は、中央府にあった命令書を改変した。追加項目として、あの侯爵家壊滅の報告書番号を呼び出し、「異界人狩り完了。以後この指示は適用しないこと」と記入した。
 そして、命令を出した大元を検索し、それを突き止めた。
 旧・中央局。南半球にあった、旧・首都。その地下深くにそれはあった。
 あの大絶滅を耐えた人工脳があった。それはもう停止していたが、再起動しなくてはいけない(電源はある。凄く高出力のステラ駆動の発電機だ)。そして正式に『異世界人狩り完了』を受領させるのだ。
 ……、操作完了。
 これで、リーナスが異世界人狩りの対象になることはなくなった。
 仮にバレても、もうその命令は無効になっている。官僚が全ての関連活動を停止させたのは、もう確認済みだ。

 この人工脳。使えるかも知れない。これなら材料さえあれば、猫を作り出せる。
 指示をしておこう。「事前に猫の素材を収集し、黒猫の指示に従え」(猫用のAIについては、仕様データを入力しておけば造れる)と。
 リーナスの持って入った端末は高性能だ。ここに入って来れる。
 この世界にある最先端の端末くらいでは、ここまで辿り着けない。もしずっと先になって、ここに入って来る者があっても、私(白猫)と黒猫(後に黄猫など色付きを追加した)以外には反応しないよう命令しておけば良いのだ。
 ……完了した。

 では、私は瞳を『銀色』に変えて、デルフォントの城内を詳細に探索しなけれならない。この城は怪しい。子爵の記憶は、消去した部分も含めバックアップを取っている。この調査もしなければならない。黒の銀瞳も先に造って、手分けして探査しよう。たった二年しか、時間はないのだ。
 ……、ほぼ探査は完了した。
 一部に妙なモノがあるが、特に問題はないだろう。これで、リーナスが安全に過ごせる環境になった。

 黄色の猫が使えるようになった。そして毛色三色が追加になった。では、十八匹で城内を、二十一匹で、施政システムを調査・監視する。
 黒の青瞳が、子爵の記憶の詳細探査を続けている。『飛空艦搭載式戦闘母艦』とは何だろう。トーラと、その父ノイエクラン伯爵の『宝物庫』とは、何か関係があるのだろうか。異世界の関係かも知れない。
 要・注意だ。
 金瞳の三匹は、うまくやっているようだ。

 リーナスが、この極秘文書の事に気付いたようだ。何とかしなくてはならない。封印部と私(白猫)の思考記録も含めて外部に保存する。
 灰色の中からランダムに選んだ猫に『鍵なし金庫(接続不能・完全独立保管)』として保管する。金庫番本人の記憶からも、この操作の記憶を消去する。
 私の記憶も消去し、本データを抹消する。
……完了。
======『鍵なし金庫』施錠終了