複雑・ファジー小説

デルフォント物語 ( No.15 )
日時: 2015/07/28 14:19
名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)


 当時は、エミール・ジラン・デルフォント子爵公子と呼ばれていた。
 初陣の日。それは、彼が十二歳になって半年目の月だった。

 AR(破滅暦)2153年
 五の月十四日
 エミールは、デルフォント子爵に現状を説明していた。
「……、アブガン子爵軍から、いつ襲撃があるか判りません。危険なので上の階には行かないようにと徹底したいので、許可を頂きたいのですが」
「自由民に対する自治権を明確に意思を示した書類と、その待遇の調整が必要です」
 子爵は今日も、虚ろな表情で、黙ってエミールの顔を見ていた。そして、ふと気付いたとように作り笑顔で言葉を出した。
「あぁ、良いよ、好きなように。……何でも、して構わないから」上滑りな、気持ちのこもっていない返事だ。そして足を引摺るようにして この場を去る。まるでエミールから逃げるかのように。
 声をかけようとして、エミールが躊躇っている。
 結婚披露式以後、少しづつ、しかし確実に、子爵と公子の関係が怪しくなっていく。心がうまく噛み合わず、ギクシャクししているという感じだ。
 それが、外から見ても はっきり分るようになって来た。最近は特に目に付く。閣僚達も不安そうだ。
 トーラには、何故こんな風になったのかまるで見当がつかなかった。(何か対処したいものだが、こればかりは当事者に任せるしか方法がないのかも知れない。それに、今は あまり時間がない。まずはこちらを進めてしまおう)
 リーナスも何か感じたようだが、この件についてはトーラの意見に同意した。
 黒猫が不機嫌そうな様子をしている。子爵の態度が気に喰わないようだ。白と黄色は、黙って見ている。

 本日付けでエミールは、主城内に戒厳令を敷いた。期限は五の月末日まで。
 この時点において三人は、敵は『アブガン子爵軍』と『人身売買ギルド基地(一ヶ所)』しか念頭になかった。これだけでも充分脅威なのだが。
 領土の境に滞空している三隻の飛空艦。不気味ではあるが、形状から見て税務軍のモノに違いない。施政府の官僚は名目がなければ動かない。何も問題は無い筈だ。
 エミールは、全ての非常装置・保安設備・警報装置・ビデオ等の記録機器を、自ら配置確認し、作動も確認もした。
 敵は空から来る可能性もあるのだ。警戒し過ぎて悪い筈がない。
 私家軍を一度解散させ、義勇兵を募った。軍事長トグルと副官ラズリに従って、城の基底部防御と城下の治安維持に当って貰う。負傷者は少ないに越した事はない。
 猫は、いつの間にか消えていた。それぞれ、勝手に動いているようだ。

「これを、持って行きたいのだけど」ガーディアン格納庫で今夜する、子城の西にある南タウラ山での、自由民との打合せ準備をしていると、リーナスが何か大きなモノを連れてやって来た。十五メートルもある巨大な影が、格納庫の外に見える。
(あぁ、あれか)エミールとトーラは その影の正体を、当然知っている。
「少し弄っただけなんだけどね。きっと役に立つよ」エミールとトーラは肩を竦め、まぁ良いかという表情をした。今まで散々言って来たモノだ。

 同日(五の月十四日)夕方、南タウラ山。
 リーナスは、自由民達に いくらタゴン(旧・税務軍制式ガーディアン)を改造して使うように説得しても判って貰えないため、今回は現物を持って来た。
 それを見た自由民の技術者は「何だ、これは」と言って目を剥いた。
「これ、図面よ。要らないかな」リーナスが不敵な微笑を造りながら(全く旨くいっていない)図面データの入っているテープをクルクル回している。
 タゴン・改1号機に乗込んで、あちこち弄っていた操縦士が叫んだ。
「こいつは良い! 改造だぁ。すぐに取りかかれー!」
 タゴン・改が自由民の制式ガーディアンになった瞬間だ。
 そして、自由民達のリーナスを見る眼が一変した。変な娘から、怖ろしい娘へと。

 五の月十五日
 この日エミール達三人は 自由民の頭領アルバから、人身売買ギルドのアジトが複数ある事、それが強力な兵器で武装している事。その背後にベガン伯爵家がいる可能性が高い事を聞いた。
「ギルドのアジトって、何ヶ所あったの」トーラが不安そうな顔で聞いた。
「ここのとは別に、七ヶ所もありやがった」
「タゴンの改造を急がないとならないな」エミールが考え込んで呟いた。
「五十体くらいは、要るんじゃないの」リーナスだ。
「背後については、リジーが調査中だ。ひょっとしたら、中央府の行政部が絡んでるかも知れん」
 タゴン・改が、十体になった。

 五の月十六日
 三人はここで始めて、ジエッツ侯爵の名前を聞いた。
「全部こいつが仕かけたモノだ。人身売買の件も、アブガン侯爵の件もだ」
「こいつは胡散臭いな」「奴は行政部から依頼を受けて、ヤバい仕事を専門にやってるらしい。私家軍が滅法強いそうだ」
「行政部と人身売買ギルドが繋がっているようだな」
「何でそんな情報を知ってるのかな? そっちの方が怖いよ」リーナスが不安そうな顔をした。
「『蛇の道は蛇』ってな」

 五の月十八日
 タゴンの改造は、どんどん進んでいる。
「何とか間に合いそうね」とリーナスが ホッと肩の力を抜いた。
 タゴン・改はもう、三十体以上完成している。