複雑・ファジー小説

デルフォント物語 ( No.17 )
日時: 2015/07/28 14:25
名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)

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「あの連中の親玉、ジエッツ侯爵が『鍵を探せ』って、言ってたらしいね」エミールの右側でトーラが言うと。
「結局、倉庫ごと持って行くつもりだった、みたいだけれどね」エミールが答えた。
「鍵って、その中に入ってる変な形の玉(ぎょく)のことかな」とリーナスが、三人が結婚披露式の翌日に子爵から貰ったロケット。各人の名が刻印された、結婚披露式の時の写真が入っている お揃いの、さっき風呂に入る時に外した、その、エミールのモノを指差して言った。
「そんなモノ、入ってないよ」ロケットを開けてエミールが答えた。
「ここが開くのよ」リーナスが、裏蓋をカチリと開いた。
 確かに変な形の(直径八ミリメートル程の球形の先に端部が鉤形に曲がった四ミリメートル位の棒が付いている)モノが入っていた。真紅のソレは、内側から光を発するように輝いている。球形部分だけでなく、小さな鉤状の部分も輝いている。
「何、これ」リーナスが驚いた顔で言った。「この前は こんなに輝いてなんて、なかったのに」
「どれ どれ……」とトーラが覗く。そして、息をつめた。
「こんなところに、何故……」ゆっくりエミールの方を見て、リーナスを見て、そして言った。
「ねえ、今度の件が片付いたら、一緒に私の故郷に行ってくれないかしら」「……彼等も一緒の方が良いかも知れないな」
「えっ。なぜ」
「何かあるのかい」
 答えはなかったが、考え込んでいるトーラの顔は真剣だった。
「うん良いよ」「ああ、構わないよ。行こう」リーナスとエミールは、笑顔で答えた。

 五の月二十七日
 国境だったソベリン川から、五キロメートル位アブガン側に入った地点で『青い雷撃』とデルフォント親衛隊(元黒鎧。今は鎧の色も形も違っている)は、サラマンドと対峙した。アブガン軍の兵士達は、既に後方に引いている。
 エミールも親衛隊を後退させた。
 上空五百メートルには、税務軍の(モノと思われる)飛空艦が七隻滞空している。
 互いに名乗りをあげると、飛空艦七隻の内 先頭の艦から舟が出て来た。
 操航士二人と役人服二人が乗っている。
 エミールがふと後方を見ると、両秘書官、両執事長と何故かコブト棟梁の顔があった。舟に乗って、こちらを見ている。
 上空の舟中の、役人の一人が立ち上がり(座っている方は書記だろう。何か書いているようだ)話し始めた。
「この戦闘、税務府・税務管理官ベラサント侯爵が立会い人となる」と言った。
 エミールは、やっぱり税務軍だったと安心した。同時に(戦争に立会人なんか要るのかな)と思ったが、黙っていた。
「大勢の観客だねぇ」エミールの右隣から、座席を中央に移動させながらトーラが言った。
「装備込みだと、この子の五割増しの体格ね。右腕の高周波振動槍に、左の電磁砲、あれって所謂散弾だね。背中の重火器も凄いわね」左からリーナスが、緊張感の全くない声で言った。
「えーと。四肢の強化は済んでるのよね」トーラが気分を引き締めるため確認すると。
「当然。全体の反応速度も上がってるわよ」と微笑みながらリーナス答えた。
「じゃ、行くよ」トーラが声をかけ跳び出したのは、サラマンドが左腕を上げる動作に入るのと同時だった。
 勝負は一瞬で決着した。『青い雷撃』が内懐に入り込み、左手の砲と右手の槍を前腕部ごと斬り落し、コマンドモジュールに剣を突き付けるまで、サラマンドは何も出来なかった。
(さすが! トーラは素早い)リーナスが心の中で絶賛した。
「降参しろ。まずは、背中の重火器の照準を外せ」エミールが険しい声で命じた。
 コマンドモジュールに剣先を当てると、ジュッ。と音がしたように穴が明いた。三十代後半に見える男が、眼を見開いて冷や汗を流している。
「わ、わかった。降参する。突かないでくれ」
 『青い雷撃』に乗っている三人は、サラマンドの背中に装備されている重火器 全ての照準が外され、銃口が上を向いたのを確認して終わったと思った。
 そして、エミールの席を中央に戻した。
 誰も気を抜いたつもりはなかったが、アブガン子爵が小声で呟いているのを聞き逃した。
「……負ける訳にはいかない。負けたら殺される……殺される……」
 上空の舟が降りてきた。
「勝者、デルフォント子爵家公子エミール」自称立会人が声を上げるのと、サラマンドの背中の電磁砲が火を噴いたのは、どちらが先だっただろう。
 税務官の乗った舟に着弾し、煙をあげながら堕ちて来た。とっさにエミールは『青い雷撃』を操作してそれを受け止め、地上にそっと降ろした。
 振り向いてサラマンドに向かおうとした時、レドウ次席秘書官が叫んだ。
「だめだ公子。税務官の戦いに手出ししてはいけない」
 デルフォントの舟が、すぐそこまで来ていたのだ。
「その通り。先程の助力は感謝するが、これからは手出し無用に願おう」税務官が乱れた服を直しながら言った。書記は何かを書いている。
「ふん。偉そうに」とリーナスが口を尖らせた。
 エミールは、飛空艦がなぜ反撃しないのか訝しんだが、トーラの「この前の黒鎧と一緒で、命令がないと何も出来ないんだよ」の言葉に、そうかも知れないと思った。
 じゃあ、なぜ命令しない。
 サラマンドが、次々にミサイルを発射した。
 税務官の方を見ると、何か慌てて喚いている。声が入って来ないないので事情は判らないが、不都合が起こっているらしい。
 税務官が緊張した顔で『青い雷撃』を見上げた。
「……デルフォント子爵公子殿」声が入って来た。
「何でしょうか」とぼけている訳ではない。事情がまるで判らない。
 税務官は、意を決したように言葉を続けた。
「き、貴殿を……」
 轟音が背後からして振り向くと、飛空艦七隻の内、五隻が火を噴いて落下していた。
「貴殿を、税務府・税務管理部・長官代理の権により『税務管理部・特命軍少尉』に任じる」「あのガーディアンを倒してくれ!」
「えっ?」
「公子。早く!」税務官が絶叫した。
 エミールが、『青い雷撃』の剣でサラマンドのコマンドモジュールを両断した時には、飛空艦は一隻しか残っていなかった。その一隻も被弾している。
 大穴が明いてるのに、それでも降りて来ない。
(本当に命令がないと何も出来ないんだ)エミールは思った。
 この時、エミール達三人は自分達がアブガン子爵を殺害したことを認識していたが、ソレについては何とも思っていなかった。
 操縦席の後ろで、黒猫が満足そうに頷いているのに気付いた者はいなかった。
 デルフォントの四閣僚が税務官と話をしている。閣僚達の方が有利に捲し立てているようだ。
 棟梁が操航士の手元の装置を弄っている。
「きっと、さっきの着弾で命令用の無線器が壊れたのよ」とリーナスが言った。書記は、ひたすら五人の言葉を記録している。
 税務官が、修理の済んだ無線器を受け取り 命ずると、やっと飛空艦が着陸した。
 税務官と書記、そしてデルフォントの四閣僚が(デルフォントの)舟で、着陸した飛空艦に向かった。
「後は、政治的決着待ちだねぇ」「あぁ、そうだね。ゆっくり待とうよ」トーラとリーナスが伸びをしながら言った。
(そうするより仕方ないな)とエミールも思った。

 四時間以上かかって、ようやく話が着いたようだ。
 エミール達三人は、その間 ガーディアンの中で、座席を丸くしてカードで遊んでいた。(リーナス。やっぱり君は強い)エミールの一人負けだ。二位は当然、トーラだ。
 税務官は、修理もそこそこに(開口部にパッチを当てただけで)、残った一隻の飛空艦を駆って引き上げた。ついでに主城の倉庫を証拠物件として艦に積み込んで、丸ごと持って帰ってしまった。
 ここの後片付けは、こちら任せ(料金は後日払い)になったらしい。

 税務軍の飛空艦が去って、城に帰る準備をしていたら、墜落したはずの六隻の飛空艦が忽然と現れた。しかも、全くの無傷で。あったはずの残骸は消えていた。
「また お前達の仕業かい」座席の後ろを向いて、エミールは猫達に微笑みかけた。
「まぁね」黒猫の言葉に、リーナスも隣で微笑んでいる。
「もう、私家軍は要らないね」トーラの言葉はもっともだ。
 何故なら元黒鎧兵は、これで一万六千人を超えることになった。これは、どう考えても親衛隊としは多すぎる数だ。