複雑・ファジー小説

デルフォント物語 ( No.18 )
日時: 2015/07/29 13:37
名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)


 AR(破滅暦)2153年
 五の月二十九日
「これはどういう意味かな」エミールは主城の執務室で、秘書官と執事長から紙束を受け取り、読んだものを順に左隣のリーナスに渡しながらの質問だった。

 この世界では、所謂、植物を加工した『紙』は使用されていない。『紙』と一般的に呼ばれているモノは、極薄い不透明(白が多い)なプラスチックが主流だ。他の材料を使う場合もあるが、植物を使う事は皆無だ。植物を減らす事は重犯罪に該当するのだから。

「何か変じゃない? 説明してほしいのだけれど」リーナスも疑問を示す。
「二階級特進なんて、爵位にもあるんだね」トーラはリーナスから紙束を受け取って、それを見ながら言った。
「いえ、そうではありません」次席秘書官が否定した。「手続き上は正しいのです。父君が『伯爵・侯爵待遇』になられている事を明記したものです」
「それで日付が五の月一日なんだ。遅配と言う訳ね」トーラが嘲笑うように言った。
「侯爵って国王扱いだったよね。じゃ私たち王妃様なんだ」リーナスは茶化して、そして真顔で言った。「それは良いとして」
 良いのか? とエミールは突っ込みたくなったが我慢した。
「ジエッツ侯爵と人身売買ギルドについてはどうなるの」
「何もなかったじゃ、済まされないのよ」「証拠もあるしね」リーナスは容赦しない。「公開しちゃおうかなぁ」
「ジエッツ侯爵は、二重の意味で許せない」エミールも真剣な顔で同意した。
「ジエッツ家も、ベガン家も破滅ね」トーラも容赦しない。「もっとも、それだけじゃ済まさないけれど」
「その通りだ。税務官が揉み消すつもりなら、公開するまでだ」エミールの態度も硬い。
「その件では、それぞれの家から通知が来ています」と次席執事長。
「ベガン伯爵家からは、『次席秘書官が勝手にしたことではあるが、当家にも管理不行届きの責任があるので、五百億ダラッツの見舞金を出す』と来ております」
「ふーん。見舞金ね。で、ジエッツ家は千億くらい出すのかな」とは、リーナス。
「いえ。もっと凄いです」と秘書官。「まずは、見舞金は三千億ダラッツです。加えて、税金……、いや『献納金を、デルフォント家が続く限り、全額払い続ける』と、正式文書で税務府に提出したようです。税務府の受領書と共に写しが同封されています」
「ふ、太っ腹ねぇ。先払いなんだ」さすがのリーナスも引いている。
「まだある、これは何だ。こんな所に任官した覚えはないぞ」エミールが不愉快そうな顔をして、紙束をリーナスに回す。
「サラマンドを倒す直前に喚いていた、あれよ。きっと」とリーナスの手元を覗きながらトーラが答えを予想した。
「そうです、あれです。五の月三日付けで『任官証/デルフォント侯爵公子エミール・ジラン・デルフォントを、税務府・税務管理部・特命軍少尉に任じる』とあります」「侯爵となっているのは慣例によるものかと思われます。侯爵以上しか任官させたくないからだと思われます」執事長と秘書官が答えた。「先程の『侯爵待遇』は、このためではないでしょうか」
「これは?」エミールが疑問を挟む。「給料明細と、特命任務遂行の褒賞金?」
「給料が二百万ダラッツ。これ月給だよね」「褒賞金が百億ダラッツって、何なの」リーナスとトーラが不審そうに確認した。
「給料と褒賞金は、エミール公子のものです」「飛空艦九隻を堕とした(ことになっている)サラマンドを倒した賞金と、あの後片付けの代金ではないかと」二人の執事長が説明した。
「これで公子は、特命軍に任官決定です。免官はあり得ません」と秘書官。
「慣例で、褒賞を受けた者の罷免はありません」次席秘書官が答えた。「それに、これで我が領内は、税務府の『絶対防衛保護対象領』になりました」
「うん?」
「なに、それ」
「デルフォント家を攻撃するとは『税務府に敵対する』と同義になる。という事です」
「あっさり恐ろしい事を言うのね」とトーラ。
「じゃ、中央府から来たこれは何だろう」
「ジエッツ侯爵がした『わるさ』の謝罪が目的ね」リーナスが覗き込んで言った。「これで目を瞑れって訳ね」
「中央府発行の『鎖国認可証』無期限とはね」エミールは呆れ顔だ。
「完全に独立国扱いだよね。しかも『税務府』に守られた」リーナスも同じ気持ちを示した。
「君達。ひょっとして、あの四時間で これらを決めちゃったのかい?」
 四人の有能な閣僚は、頭を下げただけで何も言わなかった。そして、彼らにとってトーラの次の言葉は、まさしく褒め言葉に違いない。
「この家の閣僚って、凄く悪辣なんだ」
「今更だけど。まぁ良いか」エミールは、諦め顔で言った。

 その時、数枚の紙束を持って執事が入って来た。
「少々お待ちを。先程『タウラの自由民大頭領』から、これ等の追加承認の依頼が来ております」「ご確認ください」
 受け取ったエミールは首を傾げた。
「何だ、これは?」と言いながらリーナスに回した。
「あはは。さすが、元山賊。やることに抜け目がない」とリーナスが微笑んだ。
「そうか あのビデオがあれば、ベガン伯爵家を強請り放題だものね」トーラにも判ったようだ。
「ベガン家は自由民に、毎年三千トンの食料を賠償として払う事になってるよ」と呆れ顔のリーナス。「ここ(デルフォント家)には、自由民から、毎年千トンの食糧を納税するってさ」「別に納税なんて、しなくても良いのに」エミールが微笑んだ。
 四人の閣僚は(そんな事、言って良いのか)と思い、呆然としていた。

「あ。そうだった。これを頼むね」エミールが、さっきから何か書いていたモノをリーナスとトーラに渡し、確認を促した。二人は、何だか意地の悪い笑みを浮かべてそれを執事長に渡した。
 それを読んだ四人の閣僚は愕然とした(あまりにも、決断が速い)。声も出なかった。
 その紙には、自筆でこう書かれていた。
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 五の月三十日付・布告。
「AR2153年・六の月一日
 デルフォント領国は、上記日付より『鎖国政策』を実施する。
 異議ある者の出国については、理由を問わず容認する。
 猶予期限は十五日間。
 尚、六の月十六日以後に許可なく出国者は厳罰に処する」
        発行者:エミール・ジラン・デルフォント
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 四閣僚から、手続き等の詳細について聞いていた三人は、ついに切れた。
 もう午後十時を過ぎている。夕食を挟んで六時間にもなる。
「疲れた」エミールが欠伸をした。
「飽きた」「眠い」リーナスとトーラが文句を言った。
「もう。政治なんて面倒くさい」
「女官長や棟梁の意見はどうなのさ。ちゃんと聞いて来たの」
「『タウラの自由民』については別格だよ。あそこは自治区だからね。税金も取らないし、建前上は援助もしない。 何かやってくれたら『ありがとう』で良いけど、依頼はできないよ。彼らは、あそこに居るだけで充分なんだ」
「良心に対して恥じないものなら、全部好きにして良いからさ。君たちで処理してくれないかな」
「こんな事に時間かけるのって、それこそ無駄だと思わない」
「それにね 僕たちは、十二歳と十三歳。まだ子供なんだよ、忘れないでね」

 閣僚達は、確かにそうだと思った。
 ここまで、この御三方がやってくださったのだ。現場の者達と共に良く考えて、良い領国を創ろう。と頷きあった。使命を自覚したのだ。
 エミール達三人は、四閣僚の顔を見て微笑んだ。これなら大丈夫だと。
「明日、三階の大会議室に集まってください。全員だよ」エミールが言うと。
「警務長(軍事長改め)、棟梁、女官長、医師長も全員だよ」リーナスが追加した。
「正・副共全員ね」トーラが更に追加した。
「その時、方針を決めるからね」エミールが会議の終了を告げた。