複雑・ファジー小説
- デルフォント物語 ( No.2 )
- 日時: 2015/07/27 13:05
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)
いつの間にか(もう、日付など分らない)公子の、脱色されたようだった身体には色が戻り、瞳は緑色になっていた。髪の色は まだ白い。
そして、公子が眼を開けた。
だが、すぐに閉じてしまった。
トーラが慌てて電話口に駆けつけ、♯9。「公子が眼を開けました」
ベッドルームに戻ると、リーナスがまた眼を開けた公子に抱きついて泣いていた。トーラも泣きながら公子に抱きついた。
公子はゆっくりと回復していった。
最初は、眼を開けるのがやっとだったのに、頸に力が入るようになった。
意識はまだ、はっきりしないようだ。
でも頸が安定すると作業が随分楽になった。
そして、ついに意識が回復した。「公子の意識が戻りました」
意識が戻ってからは、急激に回復が速くなった。
最初は驚いた顔で二人を眼で追っていた。
良く考えてみれば、目の前で下着姿の女の子が(中々の美少女としておこう)二人も走り回っているのだから驚いて当然だった。
意識は戻っても話せないし、身体が動くようになった訳でもない。
水分摂取も食事も まだ口移しだし、トイレや風呂も二人が一緒だ。
二人には、声が出るようになるまで随分かかったような気がした。そして話せるようになった事で大変な事が判った。
「……はい。記憶が無いようです」
公子が、最初に下着を欲しがったのはこの頃だった。
「面倒だからダメよ」きっぱりと否定されたが。
そして、この部屋は、一気に うるさくなった。
公子が、やたらと話しかけて来るのだ。二人の事や、自分の事(公子の事については資料を貰っている)を知りたがった。
だから、その内三人の間に隠し事が出来なくなった。
もちろん話せない事や話したくない事はそれぞれにあるが、それも含めて隠せなくなった。(意識しなくても、これは話したくない事、これは話せない事だという区分が出来るようになった)
自力で、体を動かせるようになるには、今少しの時が必要だった。
まだ歩くのは無理だけど、ベッドの上でなら転がれる。
四つん這いにもなれないが、動けるのが嬉しそうだ。
ある日、食膳と一緒に封筒が入っていた。中にはメモと結婚証明書が入っている。
メモには『証明証を見てくれ。夫の欄の 公子の名前のところに、君達で彼の拇印を押してほしい。妻の欄には、二人でサインをして拇印を押してほしい。二人とも正室だ。
公式には、リーナスが正室、トーラは側室になる。だが、しかし立会人の名前を見てほしい。この城内で、いや、このデルフォント領内でトーラの事を側室と呼ぶ者はいない。
このような事でしか君達に感謝を表せない今の私を許してほしい』とあった。
この書類の書式はデルフォント家の家伝用のものだ。今年の年号とページ番号0、トップページだ。
二人は立会人の欄を見た。秘書官、執事長、軍務長、女官長をはじめ各部門の長の名前が書かれている。
リーナスは棟梁の名前を見つけて苦笑した。「わしは現場が好きなんじゃ。長にはならん」なんて言ってたのに。
「君達は、僕の お嫁さんになってくれるのかい。だったら嬉しいな」公子の顔が、二人の隙間から証書を覗いていた。四つん這いになって。
「はい」「もちろん」
四足歩行から二足歩行までは手間取った。エミール(呼び方を変えるようにと、うるさく言う)は這ってトイレに行こうとした。
「こら。ベッドから落ちる」
「怪我をしたらどうするの」
「甘えるんじゃない!」
結局、二人に両側から支えられて連れて行かれることになった。
そして、一人の支えで行けるようになり。
一人で行けるようになった。
やっとエミールに下着の着用が許可された。トランクスだ。これは黒猫製ではない。
だが、風呂には一緒に入っている。習慣になったらしい。三人とも、一人では寂しいのだ。
「え。まだ一ヶ月も経っていないの」エミールがちゃんと歩けるようになったことを報告した時、残り時間を確認して判明した。
することがない。何をしよう。エミールとトーラは困惑した。
トーラが思い付いた。「そうだ、秘書官さんに頼もう」
「秘書官さんを呼んでください」
「勉強を教えて」
本(教科書)を差し入れて貰って勉強を始めた。秘書官の直通回線も確保した。分らなければ聞けば良い。
秘書官にとっては、とんだ迷惑だったが……。
「ちょっと来て」リーナスだ。
そこには、三匹の猫がいた。
不思議そうな顔をしている二人を見て、(あぁ)という表情を浮かべリーナスは説明を始めた。
「これらは、私が造ったの」
「黒色はエミール用で、そっちの黄色いのがトーラ用。私のは、この白い色の猫」
「ピンクにしようと思ったんだけどね」
「ピンクの猫なんて いないわ」白い猫が、つんとして答えた。
「私はこの色、気に入ってるけどね」黄色い猫は、フワリと身体をくねらせて喋った。
「私の色は普通すぎて面白みがないけね。エミール、どうぞ宜しくね」黒猫も喋った。
今までは、わざと黙ってたのだ。とエミールは始めて知った。
「じゃ、そういうことで」とリーナスは別の事を始めようとした。
待って、さっぱり分らない。とエミールが言おうとしたら。
「待って。ちゃんと説明して」トーラの方が速かった。
「それは、ガード……じゃない。『護衛と補助』用よ。何があるか分らないからね」「今は、歩いて喋ることしか出来ないけど、色々考えてるから安心して」
二人は呆然として見詰め合った。
そんな事とは関係なく、リーナスは何か考えながら白猫と話している。
「問題はGなんだよね……」「ここまでだと……」
猫は凄く有能だった。歩いて喋るだけなんてとんでもない。秘書官より遥かに有能な教師になった。何しろ分り易い。学力は、秘書官が驚くほど急激に向上した。
リーナスは当たり前のように「あぁ、個人設定してるからね」で、済ませてしまった。
(それって 簡単な事なの)二人は首を傾げた。
「することがないなら、それやっててみたら」リーナスが手元の作業を休めずに、顎で示す。
「ガーディアンのシュミレーション装置よ。ゲーム要素も入ってるよ」
「こんなもの、どこから」トーラが呆れた顔で聞いた。
「棟梁からの差し入れよ」「結構面白いよ」
「あなたはしないの」
「ちょっとね。今は、こっちが忙しい」と手元に目を戻す。
「本物のマニュアルもあるよ」今度は目も向けない。
確かに面白い。でも、何だか物足りない。
もう一台来て、対戦できるようになった。
三人が順番を決めて、機種を変えながら対戦する。高速型(子爵家のガーディアンを設定している)、万能型、突撃方、人型じゃないのもある。エミールがやっぱり強い。でも二対一(ガーディアンの数ではない。念のため)ならトーラとリーナスの勝ちになる、作戦勝ちだ。
「ちょっと来て」ある日、リーナスに呼ばれて近づくと、パッ、パッと光った。そして自分に向けて、もう一度、パッ。
目の前に白い影が残った。
「何よ。それ」
「虹彩認証よ」
「棟梁と、私達。合計四人。一人分残っているけど良いか」
「さて、どうやってこれを棟梁に返そうかな」
不審そうな顔をしている二人を見て。
「ああ、これね。本物に乗るとき必要なの」
「本物に乗る気なの」
「当然よ。何のためのシュミレーション装置だと思ってたの」リーナスは先の先まで考えていたのだ。
リーナスは、箱を置いて他の装置をいじり始めた。