複雑・ファジー小説

デルフォント物語 ( No.3 )
日時: 2015/07/27 13:00
名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)


「バレー?」リーナスは、皆でバレーとやらを覚えようと言った。
 何でも、紀元前の遥か昔にあったという武道らしい。連続写真の静止画残っている。
 バレーは身体の柔軟性を必要とするし、型が非常に難しい。風呂の中で練習することになった。ここでなら倒れても怪我をしなくて済む。
 リーナスは身体を動かしながら話し始めた。「他にも、カラテとか、スモウとか、クンフーとか徒手の格闘技はたくさんあるんだよ。でもね、他のは動きが止まるのよ。バレーの静止画は、型を示しているだけの演武じゃないかな」
「連続技を連写してるのね」とトーラ。
「エミールなら分るんじゃない。次の動きの準備ができてるって」
「そうだね。単体の写真の位置では、動きが終わっていないね」
「他の武道とは筋肉の質が、多分違うのよ。破壊力もあるだろうけど、ずっと柔軟で発条(ばね)があり強靭だと思う」
「上を見て」
 見上げるとバスルームの天井近くを球形の物が回転しながら前後左右に走り回っている。
「何よ、これ」
「エミールなら表面に書かれてる文字が見えるんじゃない」
「うーん。一文字のなら見えるけど、文章はダメだ」
 トーラには一文字のも見えない。
「私達には……」リーナスはトーラを見て「一文字のも見えない」と言った。
 ここの風呂は、一辺十五メートルの正方形で、深さは周辺を除いてトーラの胸の下辺りまである。水温はあまり高くしていない。温水の感覚があっている。
 熱くないので のぼせるような事はないものの、一時間もすると へばって動けなくなる。
「まだまだね」「でも面白いな」「そうだね」
 風呂での運動に最初に順応出来たのはトーラだった。次にリーナス。エミールは少し遅れたが付いて行けている。
 目の訓練は全く逆の成績だ。こちらでは大差は付かなかったが。
 エミールは、バレーの型を一通り流しながら(随分と楽に動けるようになっている)、これは何の役に立つのかな。と ふと疑問に思った。
「ねえ……」
「これはね」リーナスが待ってたように話し始めた。
「実際の戦闘では、基礎体力の向上程度かな。剣を上手に使えるエミールなら、かなり強くなってる筈だよ」
「でも、眼の運動も含めて、本来はガーディアンの操作に役立つ訓練なんだ」
「良質な筋肉による瞬発力の向上と動体視力。絶対役に立つよ」
「でもね、これだけじゃ足りないのよ」
「感性というか。直感とか勝負運かな。これがなければいけないの」
 二人が怪訝な顔をしている。
「私達には、充分あるものなんだよ」
「だって、私達は今ここにいる。これは奇跡的な強運なんだ」
「エミール、君は私達がこの部屋に来なかったら、死んでいたかも知れない。
 ここに入って良いと思える境遇の、加えて君に近い年齢の少女が何人この城の中にいたと思う?」
「トーラ、私達だってそうなんだよ。
 私達がこの時期に、この城にいて、この隔離室に入ろうという気持ちにならなければ、今はなかった。エミールと会うことはなかった」
「その強運を使う。いや、引張り込むための、これは訓練と勉強なんだよ」
 目的がはっきりすれば、やる気も出る。
 三人の能力はメキメキ上達し、学力も秘書官が絶賛する程になった。
 ただ、学力以外は比較対象が無かったため、猫の勧めるままに能力を高めていった。
 そう、猫達だけが彼等の能力を把握していた。……筈だった。

 リーナスは、どこからか色々なデータを仕入れて来る。
「これを見て。きっとカラテやクンフーが一般化して舞踊になったモノだと思うわ」動画だった。
「そうだね、似たような型をしてる」
「これは『タイキョク』って名前に変わってる」
「こっちも見て」これも動画だ。
「『ザツギダン』ってなってるけど」
「うん、バレーの舞踊化したモノだね。静止画の途中の部分ってこんなだったんだ」
「静止画で判らなかった部分や、初めて見る型もたくさんあるね」
 三人は、それぞれの得意分野を深めていき(猫の補助が大きい)、一人が身に付けた技能は他の二人も使えるようになった。
 例えば、エミールの剣の技能は、一対一ならエミールの勝ちだが、二対一だと勝てない。トーラのバレーの技能も同様だ。(それらは隔離室を出る頃には ほぼ互角になった)
 リーナスの頭脳だけは桁外れだったが二人はアイデアを提供できたし、彼女は自分の持つ資料を隠すようなことはしなかった。
 だから、こんなこともある。
「ねえ、『アンキ』って面白くない?」トーラが見つけた。
「飛び道具が多いわね」
「使えそうなのもあるよ」
「護身用には良いね」
「現代風にアレンジできないかな」
「確かに面白いわね」リーナスが興味津々に答えた。

「こんな考え方もあるんだね」エミールが端末を見せながら言った。
「どういうことだろう」リーナスには判らないようだ。
「ふーん」トーラには、何となく判るような気がした。
「あのね」エミールが解説する。「僕達が訓練して来たのは、相手の動きを先読みして攻撃なり防御なりをしてる」
「うん」
「その時、無意識だけど集中力が相手だけに向かってる」
「まぁ、当然だね」
「そこに隙が生まれる。という考え方なんだ」
「それで、どうするの」リーナスが対策を催促する。
「こういう状態を考えて。正面に猫が三匹いてタッチされたら負けね。そして後ろに二人がいて、同じくタッチされたら負け。どうすれば良いと思う」
「勝てないね」二人で即答だ。
「その状態になったら、勝ち目は無いよ」
「その対策さ。『気を散らす』って在る。これは全体を観察して、その状態に持って行かない。自分に有利なように持って行くってことだと思う」
「なるほど、一対一とは限らないものね」
 しかし、これは思っていたより難しかったようだ。これを身に付けるのは大変だ、いや。無理だった。
 三人に力量差は無い。得意分野を使われると一対一でも敵わない。それに猫は素早く、三匹が連携してくる。練習場所は風呂の中、動きが縛られている。
 結果的には最後まで(隔離室を出た後も)誰も勝てなかった。だが、これはとても良い訓練になったようだ。

 彼等は最初は除外していた格闘技にも興味を示した。
 それぞれに工夫してバレーに取り入れていく。
 そして、それを他の二人もマスターした。
 バレーはどんどん変化していく。そして最初とは全く違うものに変わり、更に変化し続けている。
 ここには、世界中の情報を検索出来る端末がある。
 彼等は面白がって、何でも練習した。そして全て出来るのが、同じ人間がしている事なのだから当然だと思っていた。
 そんなこと通常では、絶対に あり得ないのに。
 猫達はいつもそれぞれの主人の傍にいる。
 そして主人の望みの全てを『補助』して来た。主人達の望みを叶えるためには、それこそ何でもした。
 そして、自覚もなくやり過ぎた。

 AD2152年・九の月三日
 トーラは十三歳、リーナスは十二歳、エミールは まだ十一歳。
 明日、この部屋から外に出ることができる。
 三匹の猫は、ワクワクが止まらない三人を見て溜息をついた。
「ハァ」「こんな当たり前の事がこの方達には判らないのでしょうか」
「言わないと いけないのでしょうね。このままじゃ大恥をかきますもの」
「そうだよね、はぁ」
「今日こそ言っておかないと」
「彼等ならこのまま飛び出してしまうかも知れないわ」
「それはとても良くないわよね」
「人間だからね」
 エミールが、深刻そうに話し合っている猫達に声をかけた。
「何か問題でもあるのかい」
 三匹が一斉に振り向いた。
「あります!」
「大問題です」
 なになに、とリーナスとトーラも寄って来た。
「あなた方は、もう……。外で着る服のこと、ちゃんと連絡されましたか」
「……え」
 三人は、外では服を着なければならないことをすっかり忘れていた。

 三人がこの隔離室から出るのは一週間後に延期された。