複雑・ファジー小説
- デルフォント物語 ( No.6 )
- 日時: 2015/07/27 12:48
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)
一瞬で この状態に気付いた金瞳の白猫が「こら。気を抜くんじゃありません」と三人に小さな声をかけた。
「あ」「ごめん」「うっかりしてた」緊張感が一気に解けた。
「はじめまして。は、変だね」「皆さん、ただいま」の一言で空気が和み、ほっとした溜息がいくつももれた。
九の月十日
トーラに客があった。
滅びた旧家の臣、その一部(十三名)が、結婚の祝いにと駆けつけて来たのだ。中古の飛空船を改造し、結納品を満載して。
旧ノイエクラン伯爵家の元家臣は皆、デルフォント家に勤めたいと望んだ。それを良い事とし子爵に強く推薦したのは、ランザ執事長だった。
このアクシデントため、子城の改造日程が大幅に変更された。子城の工事は一日空けたため、十二日の夜にやっと終った。
九の月十一日。
結婚披露式。新郎と新婦二人の三人が、主城・一階の第一集会場に入って来た。
瞬間。大きな、割れ返る歓声が場内を埋めた。
バージンロードを挟んだ両側には、デルフォント城内の、一部閣僚と警備当番兵を除く全員がいた。トーラの旧家臣団の十三人もいる。
皆が、三人の事を祝福していた。
子爵が、今までの経緯を、城内の『一般掲示板』に公開したのだ。
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要約すると、
・公子の命を助けるために、リーナスとトーラの二人が、死を覚悟で隔離室に入った事。
・そのおかげで、公子が元気になった事。
・リーナスとトーラの二人を 正室の筆頭とした事。
・九の月十一日に、結婚披露式が行われる事。
・主城一階にある第一集会場で、午後五時から無礼講の結婚披露式を執り行なう。その後の二次会も、そのまま続けて構わない事。
・午後七時から四階の貴賓室で、近郊貴族の前で略式披露式を行う事。
となる。
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扉を閉めて、三人が静かに立っている。
会場が、静まり返る。
この会場には特別な照明設備はない。なのに、あまりにも大きな存在感に三人だけが浮き上がって見える。
中央に立つエミールは、白い髪を短く揃えただけ。それに白い礼服。耀く緑の瞳の まだ男性として未完成の体格ゆえの美しさは、一見に値した。
左側に立つリーナスの緩やかにウェーブした黒髪は、首筋をやっと隠す程度の長さ。しかし、それは彼女の顔を浮き立たせる効果を上げている。半眼ながら 垣間見える大きな黒い瞳は、その高い知性を匂わせる。淡いピンクのドレスとの対比が匂やかで、更に彼女の存在感を高めている。
右側に立つトーラは、まさに耀いている。短く揃えた金髪は、まるで燃え上がる炎のようだ。青い大きな瞳と、淡い水色のドレスがその炎を緩めているが、その存在感は隠せない。
身長だけなら、エミールが一番低い。リーナスは、エミールより頭半分程度高い。トーラは更に高く、身長百六十センチメートルある。エミールとは頭一つ分の差がある。
三人の横に一人づつ案内役がいる。エミールの横にはデムス医師長が、リーナスの横にはコブト棟梁が、トーラの横にはレイサ女官長が、礼服に身を包み緊張して、それでも嬉しそうだ。
式次第が進み、エミールが先に、子爵、秘書官と執事長がいる壇上に立った。
続いて、二人が進んで行く。
ここで観客は初めて気付いた。
相変わらず二人とも美しいのに、さっき程の輝きがない。そしてこの三人は、三人でなければならないのだと言うことに。
式は順調に進んで行き、儀式的なものは全て終わった。
ところで、この世界には神は存在しない。いや、自然現象を神格化した神はある。
所謂、世界の造物主、全ての始まりの唯一神、人間の創造者としての神は、否定された。人間を創ったのは宇宙人、ラーバグラフだと証明されたのだから仕方あるまい。
そして、創られた世界がこの世界だけではないことも証明された。根拠のない選民意識など、あっさりと吹っ飛んでしまった。
だから、結婚式は、結婚披露式(結婚したことを報告する式)に変わった。ここで言う『儀式』とは、中央府・司法部からの『結婚許可証』の披露する事にすぎない。
披露式が済むと、案内役の三人もリラックスして来たようだ。
披露式進行係の秘書官は思った。(これこそ正しい結婚披露式だ、四階で行う事など、ここでのものに比べれば猿芝居に過ぎない。どうと言うことはない)
秘書官がふと見ると、案内役の三人は、宴会に加わりたそうな素振りだ。
式が全て終了して、会場はそのまま宴会の場になり、二次会が始まった。
デルフォント子爵と側近は、四階に向かった。さあ、そろそろ茶番を始めなければならない。もう本番の式は終わったのだ、後は形式だけだ。
この世界には、結婚に対し二つのルールがある。
一つは法的な決り事。遺伝的に血が濃くならないよう、必ず事前検査が行われる。これにパスしなければ結婚そのものが成立しない。あの、司法部発行の『許可証』がそれだ。
もう一つは慣例。『貴族の正室は、貴族でなくてはならない』今回は、これが問題だった。二人とも本家が潰れているのだ。
この二つをクリアすれば、誰も文句は言わない。文句を言えない、言わせない。
子爵は、どうしても二人を正室にしたくて、手品を使った。
「これで、どうだ」子爵は、先日届いた書類を手品の共謀者達に見せた。
「これなら誰も文句は言えませんね」「これで法律上も、慣例の上からも問題ありません」秘書官と執事長がニヤリとした。
四階の貴賓室。来席者は十六組、二九人。略式と明記していたにも拘らず、思ったより多い。それに慣例ではないものの、こういう席には爵位保持者夫妻か、その公子夫妻が来るものだ。三組(三人)の例外がいる。
アブガン子爵家は執事長が、ベガン伯爵家は筆頭秘書官が、そして中央大陸から来たジエッツ侯爵家からは次席秘書官が代理として来ている。
「中央大陸から来るとは」執事長が不審げに呟いた。
子爵は(トーラとリーナスの家を潰したのは中央府の軍だと聞いている。怪しい。この地を狙っているのか)と思って、執事長に問いかけた。
「どのような人物に見える」
「アブガン家は偵察でしょう。他の二家のは犬には違いありませんが、何を嗅ぎ回っているのやら」曖昧に執事長が答えた、確証が掴めないようだ。
「中央大陸の客は、軍人かも知れません」秘書官が「そいつは、屋上の倉庫を探っていたそうです」と付け加えた。
この宴に新婚夫婦は来ていない。「面倒だから、イヤだ」では仕方がない。これで引き下がるとは、何とも甘い閣僚達だった。
宴席は食事が終わり、片付けた後、執事が各来賓に板のような物を配った。一般的に『板』と呼ばれる簡易端末の受信機である。
「私も面倒になって来た。さっさと終わらせよう」子爵が執事長と秘書官に言った。
「そうですね」「こんなもの、さっさと終わらせましょう」
種は、簡単なことだった。
まず、結婚許可証を示して問題がないことを明らかにし、二人を子爵の養女にした書類を示す。その上で二組の結婚証明書を示して、おしまい。
宴は解散となった。
義理の姉弟の結婚だが『許可証』があるので異議は出せない。
この宴には、新婚夫婦は来なかったが、猫は来ている。青い毛色の猫が、宴の間に客の素性を調べ上げ、全ての客に見張りを付ける事にした。
そして特に怪しいあの三家の者には、刷り込みをした『疑心暗鬼と裏に小さな恐怖』を。当然、その飼い主にも施しておかなければならない。
この三家は、見張りも厳重にしておこう。
この日の深夜、主城の屋上から舟が飛び立ち 遥か上空まで昇っていった事を知る者は、それに乗っていた新婚三人と子爵そして金瞳の猫六匹だけだった。