複雑・ファジー小説
- デルフォント物語 ( No.8 )
- 日時: 2015/07/25 20:04
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: bGZR8Eh0)
私は金瞳の黒猫、名前なんか無いわ、まぁ、言わばこれが名前なのかも知れないわね。
私は生まれた時、何も分らなかった。
製作者のリーナスが、本体だけ造ってAIに何も入力しなかったからだけど。彼女は動作確認だけすると、さっさと眠ってしまったの。
まぁ、疲れてただろうから仕方ないけれど、困ったことになった。
動ける。でも、何をすべきか分らない。
次の瞬間、どこからか膨大な量のデータが入力されて来た。
まず、様々な初期設定がされていった。
続いて、絶対命令『護衛と補助』。対象は、リーナス、トーラ、エミールの三人。そうか、これが私の生まれた目的ね。
そして今迄の経緯と、現在の状況が入力された。
これでやっと、任務を遂行することが出来る。
今彼等は眠っている。当分は、三人が眠っている間だけの活動になるのだろう。
まずは、現状を把握するのが先決ね。三人の状態を知らなければならない。
ベッドに跳び上がって、三人を観察する。
何だか様子が変だ。
リーナスとトーラの体温が異常に高い。
これは決して、あの熱病ではない。理由は判らないが知っている。では、この発熱は、何が原因なのだろう。
全身をスキャンして見よう。
スキャニング……失敗した。何故、うまくいかないの。
身体に触れてみると、表皮が酷く痛んでいる。これを先に修復しておかないと後々にも影響しそうだ。エミールも込みで三人とも全身を洗浄し、スキャニングの障害物を除去した。(検査は以後も随時必要になるので、不要なものは、後にDNA処理で除去した)
……完了。
再スキャニング……。今度は上手くいった。
酷い状態だった。
二人がここに入る時に投与された複数の薬剤の副作用に違いない。DNAが異常に不安定になっている。そのため、骨格や筋肉だけでなく内臓や神経、その他あらゆる部位に悪影響が出ている。
まずは、これを修復しなくてはならない。補強も要る。
昏睡状態のエミール。彼の病は治っている。こちらに投与された複数の薬剤は、二人のモノとは違うようだが、これもDNAに悪影響を与えて非常に不安定になっている。こちらも、色々なところに差障りが出ている。
三人はとても危険な状態だ。
とりあえず三人とも仮死状態(冬眠状態では不足)にした。正確に現状を把握し、適切な対策を講じなければならない。
『護衛』機能が最大限に稼動しているのが分る。
非常事態だ。手段など選んでいる余裕は無い。
三人に、これ以上の薬剤を投与する事は出来ない。どんな悪影響(副作用)が出るか判らないからだ。
幸いにも(と言って良いのか)DNAが不安定だ。これは身体を修復・補強するには好都合だ。
リーナスの端末も使える。必要な諸事項は、これで調べれば良い。
足りない材料は外から調達すれば良いだけだ。医師には電話越しに刷り込みを行った。『指示したモノを、無条件で早急に与えよ』と。
エミールは痛んだ部分を修復した状態で保留にしておこう。元々昏睡状態なのだから、二人の状況に合わせる程度で良いだろう。
問題は、リーナスとトーラだ。端末と睨み合わせて、必要とされる対策を模索した。
まずは、骨格、筋肉と内臓。これの修復と補強だ。生命工学の情報はいくらでもある。それに情報管理が凄く甘い。この端末ならどんな機密情報でも入手できる。
うーん、困った。修復は良いが補強の必要程度が判らない。面倒なので私自身のモノを仮に設定しよう。(後で、修正する予定だったが、諸事情でそのままになった/忘れていたとも言う。それに、今更直せない)
次は内臓だ。これもかなり弱っている。と言うか、もう壊死している臓器群がある。
どうしよう再生出来そうもない。まずは生命維持が最優先だ。この壊死している臓器群は、幸い生命維持に直接は関係ないようだ。
除去しよう。
このままでは、他の臓器に影響が出かねない。
(私は、後に二人に謝罪した。ここで除去したのは、卵巣、卵管と関係部位群だった。このため彼女達は、子供が造れなくなったのだから。しかし、この壊死していた臓器群を何とかして再生出来たかと問われると、無理だったと答えるしかない)
他の内臓も、全体に弱っている。しかし、これ等は何とか修復できそうだ。
どんな薬剤を投与したのだろう、あの医師長は。まったく信じられない。無茶苦茶だ。ここを出たら顔を引っ掻いてやろうか。
とにかく、何が何でも、治さなければならない。
彼等三人は、私の生きている目的なのだから。
循環器系、呼吸器系、消化器系、数多の神経系、各種ホルモン系(あれ、足りないのがある)に代謝系や免疫系等々。ありとあらゆるものを、手順を作って一切洩れなく修復し、強化していった。
自然治癒力や自己修復能力の関係も上げておこう。二度と壊れるような事が、決して起こらないように、徹底的に補強した。
各要素も、そして組織的にも、大きな余裕を持たせて、出来るだけの強度を持たせた。後は習熟させるだけだ。
そして、それは『補助』のカテゴリーになる。充分な訓練が必要になるけれど、何とかするわ。
三人には内緒で一件、私の身勝手と独断で実行したことがある。(私はこの必然を知った時、愕然とし、恐怖した。そして、この誘惑に勝てなかった)その中には、未だに継続進行している処置すら複数ある。これ等は永遠に継続するモノなのかも知れないな。
DNAの情報を調べている時に見付けたモノだ。六千年以上もかけ(つまり、宇宙人に完全支配されてから)異常な情熱で研究され続けながら、ただの一度も実現していない。条件は色々分っているのに、何故か完成していない。
数多の場所や機関でバラバラに研究され。更に多くは単独で研究され。そして、一度も統一化されていない研究だ。
それはそうだろう。とても凄い利害関係があった筈だ。独り占めするのが当然で、自分以外に渡せるようなモノじゃない。
纏めようとした形跡は幾度もあるが、全て失敗している。内容が内容なのだ、あまりに研究者が多くて、とても纏め切れなかった。というところだろう。他にも色々事情があったに違いない。
全く管理されていない、バラバラで無秩序な、いわば混沌状態のデータばかりだ。
通常なら整理は不可能な筈だ。千年、万年かけても出来ない。人間には、ね。
私には、利害などの事情は関係ない。端末の全能力を使えば、全てを検索出来た。次々に表示されていくデータ。重複も多い。完全な間違いと明らかなモノもある。膨大な量になったが、そんな事は私には障害にならない。一つひとつ確認するのだ。
まずは正確なデータだけを抽出した。それだけでも膨大な件数になった。
その上で、他のデータを検証していく。確証が得られたモノだけを採り上げる。
そして、その全てを三人に反映していった。
(その後もずっと継続して、この関係のデータは収集している。しかし、この時収集したモノ以上のものは、未だ無い)
もう何時間かかったか判らない。ずっと入力処理が続いている。
……入力は、終わった。
身体の内部で継続している処理は、まだ多くある。しかし、これで安心だ。
私の、目的喪失の危機は事実上無くなった。
だが、これはヒトとして正しい選択だったのだろうか。
フン、どうせ私はヒトではないわ。
そんな事は、どうでも良いの。彼等は、ちゃんと生きている。それで充分よ。
それに、今更どうにも出来ない事だしネ。
後で叱られるかも知れないけれど、普通に生活していれば当分気付かない事だから良いや。気付くまで放っておこう。
かなりの時間(日数)を要したから、この二人の記憶の整頓もしておかなければならない。
運動能力は、結局 電気的刺激などにより先に上げて置く事にした。彼等は、じっとしているわけではないのだから。怪我は、未然に防ぐのが最善策だよね。
ゆっくり、時間をかけて、徐々に実施する。慎重に、慎重に、慎重に……。絶対に無理を与えてはいけない。
ふう、これで良いわ。
よし、これで肉体的には問題ない筈。
彼等三人には『自分は、二人のためにある』という考えを刷り込んでいる。これも『護衛』の一環だもの。うん、問題ない。
自分をより強くするための、動機付けとしては申し分のない条件になるな筈よ。