複雑・ファジー小説

佐倉 茜・狂想曲 ( No.3 )
日時: 2015/07/28 12:16
名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)

 佐倉茜の容貌を記していなかった。大変失礼した。うっかりしていたのだ。
 今年で、彼女は十六歳になる。
 身長は百五十八センチメートルで、体重は内緒である。
 以前は腰の付近まであった髪を ショートボブにしてしまったため、後ろから見ると何処にでもいそうな少女である。しかし、正面から彼女を見た者は、いや 眼を見た者は、誰もが皆 狼狽した様子で目を逸らし、コソコソと遠ざかって行く。
 彼女の容貌は、整ってはいるが超絶美少女という訳ではない。まあ、そう言う輩もいないではないが。ハッキリ判る特徴がある。眼が違うのだ。彼女の深く澄み切った真黒の瞳をみると、誰もが自身の汚点を探し出し、眼を逸らしてしまうのである。彼女の両親からしてそうだったのだから、他人が耐えられる筈がない。
 このようなエピソードがあった。
 彼女は当時十歳、ニッポン国の小学校に通っていた。
 お笑い種である。
 当時でさえ、大学卒業どころか 博士号を複数持っていた彼女を 誰がどう教育するつもりだったのだろうか。平等という美名に隠れた押付けである。
 彼女のクラスで『いじめ』があった。両親のいない、遠い親戚に育てられていた少女に対し、市会議員の息子が手下を使って嫌がらせをしていたのだ。
 最初は茜も気付かなかったが、彼女がトイレで泣いているのを たまたま見かけて声をかけてのだ。
「ふーん、そうなんだ」一見興味なさそうに聞こえたが、眼が怒っていた。事情を話した少女の方が怯えて腰を抜かしてしまった。
 茜が教室に戻ると、もう次の授業の準備が済んでいて担任も来ていた。市会議員の息子もいた。彼女はツカツカとその席の横に行き、睨みつけて言った。
「立ちなさい! 卑怯者」たかだか十歳の少年だ。彼女の言葉に抗える気力などある筈もない。フラフラと立ち上がった。教室中の皆が 注目して見ていた。彼女の声は好く透る。
 彼女は、左足を踏ん張り、右手を平手のまま振り上げた。
 パッチーン! 
 鮮やかな音がして少年の身体は弾き飛ばされた。窓ガラスを割って廊下の壁にブチ当たって止まった。廊下のガラスが衝撃で粉砕され、バラバラと彼に降りかかった。
 教室内の全ての音が消えた。
 市会議員の息子は左側の頬を打たれ、奥歯をへし折られて口から血を流していた。顔や体中を割れたガラスの破片で傷つけらながら、泣き声も出せず、失禁して、震えていた。
「担任! あなたも、知っていて放っていたでしょう」茜の瞳に睨みつけられた教師は、黒板に背中を押し当てて 冷や汗をダラダラ流しながら震えていた。
 それでも言い逃れようとした。
「な、何のことかな。わ、私は何も知らないよ」その言葉を聞き、更に怒りを募らせたのか、左手で(さすがに右手は 少し赤く腫れていた)傍にあった椅子を持ち上げ、無造作に教師に投げつけた。
 ガーン! バキッ! ガタターン。
 人間の潰れた音ではなかった。
 外れたのだ。
 椅子は黒板に当り(それでも教師の位置とは いくらも離れていない)、それが二つに割れて、床に落ちた音だった。
 担任の教師は、目を剥いて座り込んだ。
「ちッ」女の子らしからぬ舌打ちをして、茜が他に何か投げる物を(右手で)探していると察した教師は、慌てて教室から逃げ出そうとした。
 彼が教室の扉を開けたのと、彼女が鉛筆を取り上げて投げつけたのは、同じくらいのタイミングだった。
 教師は、廊下を走って逃げて行った。脹脛(ふくらはぎ)に孔があき、血をダラダラと流しながらも、その痛みさえ感じ取れないほどの恐怖に怯えながら。
 教室の扉には、血に濡れた鉛筆が突き刺さっていた。

 その いじめられていた少女は、今メイド隊の中にいる。忙しそうに、しかし楽しそうに働いている。