複雑・ファジー小説
- 佐倉 茜・狂想曲 ( No.5 )
- 日時: 2015/08/01 12:18
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)
「あれが鬱陶しいわ」
茜が指差す先には火星があるはずだ。裸眼では判らないので、静香は拡大率と反応速度を上げてソレを見た。確かに火星の前を影がよぎる瞬間があった。
「デブリではないでしょうか」
「ゴミなの?」「何故そんなモノ放置してるのよ! 片付けさせなさい」
「しかし、あれは……」
そう、持ち主があるのだ。簡単には処理できない。そのように説明すると。
「国連にやらせたら良いわ」
国連に そこまでの力があるだろうか。
静香が躊躇っているのを感じたのか、茜は 面倒そうに言った。
「国連事務総長に電話をかけて。私が出るから」
茜は、送られて来たデータ、現在稼動中の人工衛星をリストアップしたモノを見ながら結論を提示した。
「じゃ、関係各国に連絡しておいてね。このリストに載っていないモノは、全部ゴミとして処分するって」と言うと、返事も待たずに通話を切った。
「静香。あの玩具が五台もあれば、必要な物は送れるでしょう。処理してね」「用意が出来たら、直ぐに飛ばして」
「チビ(衛星)には私が連絡しておくわ」
茜の足元にいた黒猫・静香が「かしこまりました。三十分ほどで処理いたします」と言ってその場を去った。
茜は随分以前に造った玩具を、再び使うことになったことが 少しばかり面白くなかった。別の何か面白いことは 出来ないだろうかと考えていた。
次の瞬間、何か閃いたようだ。眼が光り、微笑が彼女の表情に浮かんだ。それは、小さな子供が 些細なイタズラを思いついた時のモノに酷似していた。
「ゴミを使って、ラグランジュ・ポイントの五箇所に別荘でも造ろうかな」
「チビ、聞こえてるのでしょ」
『はい。しかし、あそこには……』
「三十分後くらいに、そっちに資材が届くから……」
茜が経緯を説明した。
『えぇ! そんなことして大丈夫なのですか』
「大丈夫よ。国連事務総長には さっき了解を取ったから」
「ラグランジュ・ポイントにも、何もない筈よ。あったらゴミだから処分して」
「即刻実施してね」
『了解しました』
『資材到着後、即刻開始します。掃除につきましては、ほぼ四時間後に完了予定です』
『別荘の件につきましては、未だ予定が立ちませんが、検討して報告いたします』
「うん。頼んだわよ」
もう、午後十時を過ぎている。茜は大きく伸びをして、メイドに命じた。
「じゃ、今日は もう寝るから。誰にも起こさせないでね」そして寝室に入った。
国連事務総長が無能だった訳ではない。
彼は茜からの通達を その日の内に関係各国にちゃんと通知していたのだから、全く非はない。そう問題などない筈だった。
ただ茜の反応が速過ぎたのだ。まさか、連絡のあった次の日に(しかも早朝に)全てが終わっていたなんて、誰が考えるだろう。
『デブリは、全て除去致しました』
『別荘の件ですが、どの程度の居住環境を お望みでしょうか』
「宇宙服なんて着るのイヤだわ。そうね、ここと同じ程度で良いわ」
『え。地上と、同じ……』
「返事は!」
『はい。半年ほど頂きたいのですが。どうでしょう』何だか、冷や汗を流しているような雰囲気だ。機械なのに。
「半年かぁ……。まぁ いいわ。出来たら連絡してね」
『はい』ほっ、と溜息を着いたような雰囲気。機械なのに。
『あと、別荘を管理するため、月に基地を造りたいのですが、良いでしょうか』
「いいわ」即答である。
(良いのかなぁ)静香は少し不安だったが、すぐに 茜のやることだから。との理由で 心配することを放棄した。
メイドが駆け込んできた。通信係の娘だ。
「茜様。国連事務総長経由で映像会議の申請が来ていますが、いかがいたしましょう」
「ふーん。何の用だろう」
静香は、その理由が何で判らないのか、それこそが分らなかった。デブリの件に決まっている。
「いいわよ。何人の会議? そっちへ行こうか?」
「いえ、ここで充分です。茜様を入れて四人の会議になります」
茜の前に三つのディスプレイが降りて来た。皆 二十インチサイズだ。既に三人の大人が揃っている。
「おはよう。何の用なの?」
午前十時過ぎ(当然、茜王国の時間で)。USメリケンの大統領、ソーメン連邦の書記長と国連事務総長である。
事務総長は目に隈が出来ている。きっと早朝から叩き起こされて さんさん愚痴を聞かされたのだろう、可哀想に。と静香は思った。
二人の国家元首は、茜に文句を言っているようだ。茜は、馬耳東風と薄目を開けて聞き流していた。息継ぎのためか 少しの間があいた。
「言いたいことはそれだけ?」茜の顔つきが変わった。
三人は、ギクリとして硬直した。
氷よりも冷たい瞳に見据えられて動けなくなったのだ。
「あなた方の言い分は判ったわ」「でも それって、ゴミ屋敷の主人が家を掃除をしてくれたヒトに対して『あれは資源だった』と言ってるのと同じよ」「さっさと片付けないのが悪いのよ」
「お礼ぐらい 言って欲しいわね」怒りに燃えた目が怖い。
国家元首達は、茜の横に座っている黒猫を チラリと見た。そして思い出した。
そうだった。この娘、いや女王は、その気になれば何時でも世界を征服出来るのだ。
今 現在、世界が安定を保っていられるのは、彼女の ほんの気紛れに過ぎない結果なのだという事を。
「お、お掃除して頂きまして 誠にありがとうございました」
「うん。常識を弁えてね。私はね、馬鹿は嫌いなのよ」
会議は終わった。