複雑・ファジー小説
- 佐倉 茜・狂想曲 ( No.6 )
- 日時: 2015/08/02 15:45
- 名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)
茜王国の健康管理は厳重だ。一箇月に一度健康診断があり、引っ掛かった者は全快まで作業することを禁じられる。
この国では 一週間情報が途切れると浦島太郎状態になる。とんでもない事であり、それはメイド達にとってアイデンティティに関わる大問題であった。
以前、ただ一度だけ、メイドが作業中に倒れたことがあった。彼女は、茜の側近の内でも優秀であり、お気に入りの一人だった。
メイドは つい十日前に健康診断を受け、健康と判断されていた。
「どうしたの? 何でこんな事に」
茜が狼狽する姿など、めったに目にすることはない。自分の事であったなら、決してあり得ないことだ。
再診結果は『癌』であった。それも脳を除く 全身のあらゆる場所から発症していた。十日前には兆候さえもなかったのに。
「これは、遺伝病なのです……」メイドは か細い声で言った。
茜が後ろを振り向いた。そして医療関係の技能者達が既に動き始めていたのを確認した。
「遺伝とは どういうこと?」
「母も、祖母も、曾祖母も 皆この病で亡くなりました」
「原因は判ったいるの?」
「放射線障害。ヒロシマです」先祖が原爆の被害者だったのだ。
「発症してしまっては もう無理です。あと三箇月くらいでしょう」
茜は息を呑んだ。
何世代も前の被爆が、それも被爆者本人には全く責任のないことが。
何故 何世代も離れた現代にまで続いているのか。医者は一体 何をしていた。どうして誰も対策を考えなかったのか。茜は怒りに震えた。
しかし今は、怒りを静めなければならない。
茜は 優しく話しかけた。
「あなたは、どうしたいの」
「茜様の傍にいたい。茜様の お役に立ちたい」涙を流しながらの切実な願い。しかし、叶うことのない願いだった。
メイドが眠るのを待って、茜は看護士に耳打ちした。そして音を立てないように そっと出て行った。
「チビ。すぐ検索して! 核兵器とその関連情報を、全てよ!」
『了解しました』全ての検索。その意味が理解できない者は 茜王国にはいない。全世界の情報が、チビによって収集された。例外はない。機密情報も関係ない。全てである。
「あなたは、何か対策しなかったの?」「ただ 死を待ってただけなの?」茜の質問は、ある意味では容赦のないモノではあったが、彼女には真意が判っていた。
「私の部屋のパソコンに、『ヒロシマ』のフォルダがあります。ご覧ください」「私の執念の結果です」
茜は 返事もせず跳びだし、パソコンごと持って来た。
病室の電源に繋いで起動した。
フォルダを開けると。文献や写真、そして彼女自身が作成した研究成果、いや まだ途中段階だが。などが ズラリと並んでいる。
「これね」茜が研究成果を開いて、ザッと読んでいく。
そして結論を出した。
「完成させましょう! 私に 少し時間をちょうだい」
医者が メイドの頭に色々な設備を装着していく。大きな記録装置も稼動している。
「さぁ、話して。貴女のことを、全部よ」
催眠状態になったメイドは、生まれた時のこと(当然 記憶ではなく聞いた話)から順に記憶を探りながら話していく。傍にある機器がずっと作動音をあげ、全てを記録していく。脳波を感知する装置も記録装置に繋がっている。
茜は『研究成果』をコピーして、それに色々追加記入して行った。チビの資料も照らし合わせながら もの凄い速度で研究を完成へと導いて行った。
だが、それは メイドが生き続けるためのモノではない。茜も当然それを知っている。
メイドの記憶探索が終わった。
それだけで、もう一週間も経っていた。
メイドは どんどん衰弱していく。
「さあ、出来たわ。これを見て」
茜が示したのは、研究成果の完成版だった。
メイドは そのデータを順に読み取って行きながら驚愕の表情が隠せない。
(私が十年もかけて完成出来なかったモノを、たった一週間で完成させるなんて)呆れた顔をしながらも嬉しそうだ。
「あちこち弄っちゃって ごめんね。どう? 使えるかな」
データ量は メイドが作っていたモノの数十倍になっている。これは茜のオリジナルといって良いものだ。メイドはヒントを与えたに過ぎない。メイド本人も 当然それを理解していた。
「でね、これを造ろうと思うの」茜が笑顔で話しかけた。
「え!」「造るのですか」(そんなことが 出来るのだろうか)メイドは半信半疑だ。
「当然よ! 造って、世界中にバラマイテやる!」
「でもね、貴女みたいに発症してしまっては、どうしようもないの。……ごめんなさい」
頭を下げた茜に驚いて、メイドは動かないはずの手を上げようとした。出来なかった。だから言葉でいった。
「頭を上げてください。これが完成しただけで嬉しいのです。あぁ、生きてた甲斐がありました」「これで 思い残すことはありません」
「何を言っているの。私は 貴女を手放すつもりなんて、金輪際ないのよ!」
「さあ。これは 貴女の手柄よ。頑張りなさい!」
二箇月後、それは世界中を混乱のドン底に叩き落した。
放射性物質が全て使えなくなったのだ。核兵器はもちろん、医療用や発電用のものまで。全てがダメになった。
メイドは、その結果を見て喜んだ。「やった!」
彼女は その一箇月後に亡くなった。全てに満足した嬉しそうな顔であったという。
メイドの名は『静香』といった。
「どう。その身体」茜がニコニコしながら黒猫に問いかけた。
(はぁ、格好良く最期を迎えたと思ったのになあ。猫に転生か。まあ、良いか)
「はい。問題ありません。絶好調です」と言って 彼女は尾をピンと伸ばした。