複雑・ファジー小説

佐倉 茜・狂想曲 ( No.7 )
日時: 2015/08/04 14:27
名前: うたり ◆Nb5DghVN/c (ID: yIVvsUU5)

 執事隊は先日から大忙しである。
 茜が放射性物質を使えなくする方法を考え付いた時点で、執事長は準備を始めていた。成功するのが当然であるかのように。
 彼は記憶の中から、発電設備の代替品で遣えそうなものを検索した。発電設備を取り替えるのが一番の手だ。しかし、修理して使おうとする者もいる筈だ。
 彼の頭の中には茜が造った全ての、完成品、失敗作、試作品や途中で飽きたモノまで入力されている。(彼は人間である。念のため)
 ヒットしたのは 茜が随分前に製作した永久機関だ。茜は「失敗作だから破棄して」と指示していた物だ。こんなモノを使ったりしたら お叱りを受ける可能性がある。しかし現時点では、これがベストの次善策だろう。
 どちらも、茜王国では時代遅れの遺物とも言うべきモノではあるのだが。
 それに こんな些細な事に掛かり切りになど なっていられない。医療用機器のフォローがある。こちらの方が切実だ。レントゲンなどの放射線を使ったモノの代替品が、至急必要なのだ。
 これも古い物の中に使えそうな製品がある。これで問題なかろう。

 執事長は考えた。これ等は特許を取得していない。今更申請するのも面倒だし(茜にバレるのも困る)、貸借契約とすることにした。
 いつも通り「この製品に茜王国執事隊の許可なく触れた場合、わが国の持つ特許物件『部品、製品及びその他、全ての使用を永久に禁止する』と脅しておくことにした。
 以前、馬鹿な国がそれで滅んだ。前例があるのだ、違反する者はいまい。
 まあ。違反すれば、文字通り行使するまでのことだが。
 執事長は立ち上がり部下に命じて、該当製品の製作に着手した。それは、茜が静香と一緒にイタズラの打ち合わせをしている。ちょうどその頃だった。
 あの『放射性物質破壊用・増殖型ナノマシン作成装置』が完成した頃には、世界各国の関係機関に『放射性物質を使わない製品』のパンフレットが送付されていた。

 茜の創った駆動装置を発電用に使うと、そこの発電所の所員達は決まって驚きの声を上げる。しかし派遣された執事隊には、その意味が全然判らないらしい。
「こんな物に、何を驚いているのだろう」彼等にとっては、ソレはまさに骨董品としか言いようのない物なのだ。
 しかし問題が起こった。
 執事隊は こんなに低出力の発電機に触った事がなかったのだ。発電所で手配する筈の物が粗雑すぎて使えない。
「この精度(図面を見せながら)を守って頂かないと使えません」執事が言うと発電所の作業員は困惑した顔で返した。「こんな高精度。加工できる工作機械がありません」
「でも、使えませんよ。このままじゃ」駆動側の問題は大きい。
 だが問題はそれだけではなかった。
「こっちもダメだ。軸の振れが大きすぎる。このままじゃ接続できない」別の執事が、今度は発電機の問題を提示した。
 執事隊は、この事を執事長に連絡し対策を仰いだ。
「仕方ないですね。効率は落ちますが、撓み継手でも使いましょうか」
「それを買って頂くか、それとも発電装置を丸ごと茜王国製の物に換えるか、どちらかしか方法はありませんね」
 その回答を発電所の所員に連絡すると、撓み継手の購入を選ぶ者が多い。
 しかし良く考えると、購入するのは明らかに損なのだ。
 茜王国製発電装置一台の発電量は、大型発電プラント設備の総発電量の数十倍にもなるのだから。メンテナンス・フリーのソレを借りることが出来るというのだ。

 黒猫の姿になった静香は、望み通り常に茜と共にあることになった。高性能AIを搭載した彼女は ある悩みを抱えることになる。(これは、主人をこよなく愛する黒猫の 宿命なのかも知れない)

 権力者とは何と愚かな生き物だろう。核兵器がなくなったら通常兵器で戦争を始めてしまった。いままで核兵器が怖くて何も出来なかった国が騒ぎ出したのだ。
 国連事務総長は、仲裁も調停もままならなくなり茜に泣きついた。
 曰く「この事態を引き起こしたのは茜王国だから、責任をとれ 云々」
 このような事を言われて、黙っている茜ではない。たった一つの通達で事を済ませた。
 この通達は、チビにより全世界の、有線を含む全ての通信網に強制的に送信された。
「いい加減にしなさい愚か者。これから十分以内に戦争をやめないと『チビ』を動かすからね。その意味判ってるでしょ。それと、茜王国の特許は全部使用禁止よ。戦争の当事者と関係者、つまり資金提供者なんかの後ろにいる連中も皆 同罪だからね」

 そして、世界は平和になった。

 世界の権力者と呼ばれる者達、電気・電子関係や通信に携わる者達にとって『チビ』という名は恐怖の代名詞に他ならない。
 あの ウィルス・イータの上位バージョンであるデストロイ。
 それを搭載できた唯一の大型コンピュータのことでもある。『チビ』は、茜王国以外では、ソフトの名称と同じ『デストロイ』と呼ばれている。