複雑・ファジー小説

Re: 魔獣戦争。 ( No.121 )
日時: 2016/10/30 11:33
名前: 雪兎 (ID: QLMJ4rW5)
参照: http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=59405554

第四十一話 二つの車はどこへ向かう?

 夜の高速道路を、黒塗りの高級車が走っている。一定間隔に並んだ街灯が、現れては消え、現れては消えていく。
 車内にいるのは、銀髪の男——東条とその秘書・恭子、そして運転手の三人のみだ。仕事に関しての確認事項の後は一切の会話もなく、ただ恭子が助手席で書類を整理する音のみが続いている。
「……ときに美波くん。君は、明陽高校の教師もしていたよね」
「? ——はい」
 突如として浴びせられた質問に疑問を抱きつつも答える。——なぜこの人が明陽高校に。嫌な予感が胸をよぎる。
「緋木という生徒を知っているかい?」
(——良太君!? なぜ彼が——)
 嫌な予感は当たってしまった。私の生徒が、礼司様に目を付けられるなんて……。一体何を。
「——美波くん。僕は聞いているんだが」
「は、はい、すみません礼司さ——社長。……緋木——緋木良太は、私の担任するクラスの生徒ですが」
 その答えに、東条はふっと口の端を歪ませた。
「——そうか」

               ☆


「海だ、海に行こう!」
「——うるさい。耳元で騒ぐな、バカ一」
「んだよその言い草は! 人が早速誘ってやってるのに——ま、いいや。なあ、夏と言えば海だろ、美女だろそうだろ!? だから良太ぁ、海行こうよねえねえ……」
「っっっだーかーらっ。人のこと車で拉致ってから言うことじゃねーだろそれ! しかもなぜか咲と秋穂までいるしっ」
 良太は、助手席で苦笑いする秋穂と、自分の肩にもたれかかって眠る咲とを順番に指さしながら怒鳴る。——そう、たった今自分は、ボロアパートの一室でダラダラ夏休みライフを満喫していたところ、急に部屋に侵入してきた男の人——運転手の柊さんに、強引に車に乗せられてしまったのだ。これはもっと怒ってもいいはずだ、うん。
 あ、ちなみに柊さんとは、以前妖狐族の宴会にお邪魔したときに真っ先に酔いつぶれグースカ寝ていたあのおっさんである。
「まあまあ、いいじゃないですかぁ。若い人は遊ぶことが仕事なんですから」
 その柊さんが、わずかにこちらを振り返りながら人のよさそうな笑みを浮かべる。
「そうよ良太。どうせ今年も、一歩も家から出ないつもりだったんでしょ? 」
「うっ、まあそれは否定しないけどさあ……」
 特に今年はありえないことが立て続けに起こったため、夏休みくらいはしっかり休みたかったのだ。——って、
「柊さん、前、まえっ!」
「へ? ——うわああぁっ」
 喋っている間にカーブに差し掛かっていたらしく、柊さんが慌ててハンドルを切る。あ、あぶない……。
 その衝撃で、良太の肩にもたれかかっていた咲が目を覚ました。
「ふにゃ……」
「おー咲、起きたか。てかまさかお前まで、春一に拉致られたりしてないよな? 」
「なっ! 俺は幼女に手荒なことはしたりせんぞっ。むしろ俺は年上のお姉さんのほうが……」
 ——手を出さない代わりに、憐みのこもった眼で見つめる。
「なっ、なによ良太君、その眼はぁ!」
 うん、やっぱこっちの方がダメージ通るな。——と、その時。
「ふへへ……良太だぁ……ぎゅーっ……」
 突然咲が声を発したかと思うと、良太の身体に腕を回し、そしてまたすーすーと寝息を立て始めた。
 ——沈黙する車内。
 次の瞬間、一気に三つの(一つはミラー越しの)視線が刺さる。え、ちょ、何だこの雰囲気。俺が悪いの!?

「お、俺はただ、静かに過ごしたいだけなのにぃ……」