複雑・ファジー小説

Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.1 )
日時: 2015/07/30 20:58
名前: Satsuki (ID: 3i70snR8)


 イデア(英:IDEA)とは、人類が手に入れた超能力の一つである。

 20AA年に"カミサマ"という存在から啓示を受け、賜ったものだとされている。啓示を受けた者の詳細は明らかになっていない。
 この"カミサマ"が一般の宗教的な存在としての"神"と同義であるかは定かではない。一神教の地域では様々な他称がつけられている模様。

 今日に至るまで人類はイデアを用いた研究を盛んに行ってきている。
 代表的なものでは——

「チッ」

 イデアの習得方法は——

 イデアによって得られる恩恵とは——

 イデアによって人類はどう変わったか——

 ——など、まだまだ謎は多く、解明には長い期間が必要である。
 しかし、人類の発展に関し、このイデアという存在が新しい線路を生み出したのは確かである。
 現在、人類が直面している様々な問題に対する解決策としても、超能力という存在が未知の可能性を秘めていることは想像に難くない。
 こういった意味でも、イデアの解明は各国が総力を決して研究に取り組むべき案件である——』



「結局全部テンプレ乙、かよ」

 男は言葉を吐き捨てた。
 右手に握った球体を荒く叩くと、男の前にあったパソコンの白い画面が青く染まる。
 《アカウント[江藤遼火]をログアウトしますか?》というポップアップを見ないで前におかれたキーボードのEnterキーを連打すると、青い画面は真っ黒に塗り潰された。
 窓から差し込む淡い光に薄く反射した自分の顔を見ながら、はぁ、と男——江藤遼火はため息をついた。

「情報が少なすぎるな。取っ掛かりすら見つからないのはやっぱり辛いか……?」

 呟いて、遼火はキーボードの傍らに置いてあったコップを取り上げて口に付け、たところでその中身が空になっていることに気づき、また小さく舌打ちをした。
 コップを持ったまま椅子から立ち上がり、部屋を——遼火一人にしてはやや広い部屋を歩き、着いた場所は冷蔵庫の前。
 扉を開けて、ドアポケットからガラスボトルを持ち上げ、冷やし貯めしていた麦茶をコップに注ぐ。小さく音が零れた。
 中身ができたコップに再び口を近づけ、付け、傾け、一息にそれを飲み干した。カタン、と音を立ててコップを置き、遼火はもう一度ため息をついた。

 突然、ジリリリン!と古臭い電話のベルが部屋に鳴り響いた。
 静かな部屋に一気に満たされる大音量に、しかし遼火は驚くこともなく電話機を一瞥すると、二度目のベルが鳴る前に受話器を手に取った。

「はい江藤です」

 江藤遼火はごく普通の学生である。
 何か任務を負っているわけでもない、極秘の研究をしているわけでもない。
 先ほど調べていた『イデア』のことも、ただ学校の論文のネタとして使えないかと考えてのものだ。

 しかし、ごく普通の学生と表現するには、明らかに、かつ異常に、冷めた目が彼にあった。

「……あーすみません、江藤探偵事務所は閉業しておりまして」

 江藤遼火は、探偵だった。
 否、正確には違う。遼火の父が探偵だった。このやけに広い部屋も、その名残。
 人手不足と言って、遼火はよく父の探偵行の補佐として学業の合間に駆り出されていた。

「届けは出したはずなんですけどね。こちらでももう一度確認してみます。すみません」

 常人が普通に過ごしていれば決して出会うことのないような闇を、覗いてきた。
 常人から『その道』に堕ちてしまった人の末路を、幾度となく目撃し、時には対峙してきた。
 人の闇を追い、覗き、暴くことを繰り返してきた遼火の心もまた、いつしか闇に包まれていた。

 その経過か、あるいは賜物というべきか。
 いつしか遼火には、物事を黒い視点からをも見て、その真理を有限大に推測する能力が芽生えていた。
 人は遼火のその能力を『鋭い観察眼』と言って褒め称えた。
 そんなものは遼火は全く必要なかったが。

「いえ、こちらの手違いでもあるかもしれないので。お手数おかけしました、失礼します」

 言葉だけは丁寧に締め、遼火は受話器を置いた。再び部屋に静寂が戻ってきた。

 今は父は探偵から警察官にジョブチェンジをし、そこでいい女性と知り合って、別の住居を手に入れた。それに伴って、一時的に名義を預かることとなった。
 特に異論はなかった。一人でいればお金にも学業にも困るわけでもない、そして一時的にだが広い住居が確保できたのは大きい。
 しかし何故か、ひとつ残された電話機からは未だに探偵行の依頼の電話がかかってくるのだ。
 この応対も、そろそろ何十度になるだろうか。遼火自身ケータイを持っている身なので、この電話回線そろそろ解約しようかと遼火は考えている。

 江藤遼火は、探偵になる気は全くなかった。
 かつての父の業績がいくら名高いもので、それに時々とはいえ遼火自身も貢献していたとはいえ、遼火は江藤探偵事務所の看板を受け継ぐ気は全くなかった。

 探偵だから得られたものより、探偵のおかげで失ったものの価値に気づいてしまった。
 今更取り戻すことはできないだろう。それでも遼火は、せめて限りなく普通に生きていたかった。

「おっと」

 再び冷蔵庫を空けて、手を伸ばした先を見て遼火はひとつ声を上げた。
 遼火のお気に入りで、逐一買い溜めしていたチョコレートを切らしていた。
 このタイミングでか、と遼火は苦笑いを浮かべた。完全に遼火の失態である。
 そういえば今月はまだ一回も行ってなかったな、となれば食材の備蓄もそろそろ危ういはずだ。

「買出し行くか」

 苦い気分で行くのは気が進まないが、苦い気分のままで過ごすくらいなら軽く運動でもしようじゃないか。
 遼火はパソコンデスクから財布を取ると、箪笥横にかかっていた無難な黒いジャケットを羽織り、羽模様のチェーンネックレスを首にかけた。
 玄関先まで歩き、そこで黒いスニーカーを履く。少々地味すぎる組み合わせだが、別に女友達と遊ぶわけでもなければ十分適当な服装。

 玄関のドアを開ける。隙間から見えた天候は曇り。
 雨の匂いを感じ、遼火は黒い傘を手にとって、外に出た。

Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.2 )
日時: 2015/08/04 19:25
名前: 戦崎トーシ ◆TYZSwCpPv. (ID: 9IfQbwg0)

 下を見れば灰色のコンクリート。右を見れば3羽のカラスがゴミを漁っていて、左を見れば寂れた理髪店の窓ガラスに黒塗りの自分が映っている。恐ろしい程、世界は単調なモノクロだった。

 ——あれ以外はな。

 遼火は薄墨色の空を仰ぐ。
 部活帰りだろうか。スポーツバッグを肩に掛け、真っ赤なジャージに身を包んだ少年が『空を飛んでいる』。飛行用の装備などは一切ない。道端ですれ違ってもおかしくない様な装いのまま、平然と『空を飛んでいる』のだ。
 しかし遼火の表情は変わらない。彼は、上空を飛行する少年を眺めながら、ほんの数十分前に読んだ文章を思い出していた。

 ——『イデア(英:IDEA)とは、人類が手に入れた超能力の一つである』

 過去、人間が生身で空を自由自在に飛ぶことはできなかった。ただ、空を飛びたい、と願うことしかできなかった。人間は理想だけを持っていた。
 だが、ある日を境に理想は現実のものとなる。

 3年前、人類は『イデア』を獲得した。
 人々は最初は戸惑ったが、同時に直感した。どうやら『イデア』というものは、理想を具現化するものらしい、と。
 空を飛びたい、と願っていた者は「飛行」のイデアで空を飛べるようになり、速く走れるようになりたい、と望んでいた者は「疾走」のイデアで人知を超えるほどの俊足を手に入れた。
 このまま時が進めば、スターやアイドルといったものは消え、オリンピックも肉体や技術だけを競い合うものではなくなるだろう。一定の年齢に達すれば、誰でも理想の姿になれるのだから、当然だ。

 法の改正、常識の変容、セオリーの崩壊。時代は今、さながら舞台転換の最中にあるのだ。

 
 とはいっても、遼火にとっては論文のネタの1つに過ぎないのだが。


 飛行少年に対する興味も失せたのか、遼火は再び歩き始めた。
 目指すのは1年前に創業開始した最寄のデパート「グランマガザン・神北」。グランマガザンとは、フランス語で百貨店の意味を持つらしい。
 しかし、専ら近隣住民からは「こーほく」と地名をとっただけの通称で親しまれている。

 白を基調とした、近未来的なデザインの建物が見えた。
 次の瞬間には、丸い水滴が遼火の鼻の頭を叩いた。続いて幾つかの水滴が、ディムグレーの頭を叩いた。
 雨だ。灰色の地面に、ぽつり、ぽつりと斑点模様が描かれていく。
 傘は差さず、歩調だけを速める。

「うわっ最悪。今日、傘持ってないのに」
「雨宿りしていく?」
「そーだね」

 2人組の女子高生が、鬱陶しげに空を見上げていた。
 道行く人々も、突然の雨に文句を言ったりしながら、みるみる内に「こーほく」の中へ吸い込まれていく。
 遼火が建物から突き出した屋根の下へ入ったのと同時に、雨脚は一層強くなった。厚い雲の隙間から、白い麻糸が零れている——そう形容されそうな雨だ。
 ジャケットについた雫を適当に払い落とす。自動ドアの向こうからは、黄色のような白のような光が漏れていた。
 
「結構、人居るんだな」

 エントランスを埋める人の数を見て、思わず呟いた。休日の午後ほどではないものの、平日の午後にしては多い方だろう。それほど繁盛している、ということだろうか。
 モスグリーンのエプロンの店員が、せっせと傘袋を用意していた。「いらっしゃいませ」と優しげな笑顔で声を掛けてきたので、軽い会釈で返す。
 よく磨かれたフロアには、行き交う老若男女が足元から映りこんでいた。
 
「……さっさと買い物済ませるか」

 この雨だ、これからもっと人は増えるだろう。それを見越して、遼火は迷わず食料品売り場へ向かう。混んで買い物ができなくなったり、レジで長い間待たされるのは嫌だからだ。
 白いタイルの上を早足で闊歩する。すると、遼火の目の前を、派手な炎髪を持った少年が横切っていった。その奇異な外見に、思わず目で姿を追う。

「あっ」

 注意が逸れていた為か、誰かとぶつかった。下を見れば、モノクロのギンガムチェックのワンピースを着た女と、ぶつかった衝撃で落としたらしいノートとボールペン。「すみません」とそれらを拾って渡すと「ありがとうございます」と声が返ってきた。
 テンプレートのようなやり取りだな、と、再びPCの白い画面を思い浮かべる。


『イデア』。
 まだまだ謎は多いが、3年も経てばそれも常識化してくる。当時は混乱も多かったが、今では殆どが「あるのが普通だ」と認識しているだろう。
 政治家や学者はともかく、デパートに居るような一般人の大半は、『イデア』の起こりも、その原理も気にしてはいない。




 ——ッ!?

 黒。瞬時にそれが脳内を塗り潰した。曇天の、星1つない深い闇のように。
 この感覚を遼火は知っている。暫く遠ざかっていた、これは——ここにあるべきではない、醜い悪意。
 立ち止まり辺りを見回したが、怪しげな人物は見られない。もうすでに人混みに紛れてしまったか。彼の鋭い舌打ちも、そいつに聞こえたかどうかは定かではない。
 気のせいだといいんだが、と心の中で思う。
 面倒なこと、ましてや、人の道に外れたことさえ起きなければいい。一瞬蘇りそうになった過去の記憶に蓋をし、また歩を進め始めた、

 その時。

Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.3 )
日時: 2015/08/06 18:48
名前: 空凡 ◆qBiuWfql4I (ID: 4RNL2PA4)

 多方向から何かが閉まる音がして、館内を照らしていた光が消えた。
それを受けて、周りにいた人は悲鳴を上げた。

すでに日は沈みかけている時間帯、照明を失えば屋根をもつその建物の中は少し歩けば転んでしまいそうなほど暗くなるのであった。
突然の事態に慌てた客たちは声と近くのものだけ見える視界を頼りに状況を把握しようとしている。

「なんだ停電か!?」
「おかぁーさーん、どこー!」
「ちょっとどうなってんのよ!」

怒声、鳴き声、そんな声が入り混じっては混沌へと飲まれていく。
そして多くの人たちは少しでも明かりをとスマートフォン片手に入口へと少しずつだが移動しようとしている。
そんな中、遼火は先ほどの醜い悪意を感じたこととこの状況は無関係といえるのか、考えていた。
だが、いくら考えたとしても彼にできることは限られている。とにかく今は外へ出なければ、そう思い遼火もまた周りの動きに合わせようとして、一つの疑問が浮かび上がった。

「(暗すぎないか……?)」

いくら天気が悪く外の日の光が弱かったとしても、入口周辺は館内内部よりかはよほど明るいだろう。
遼火が歩いてきた方向を振り返れば、薄暗くとも入口が見えていてもよいはずなのだ。しかし、どこを向いたとしても暗さは一定で、あるはずなのだ。

嫌な予感がする、と思った時、その疑問を解消する最悪な答えが聞こえてきた。

「全員動くな!」

店の予備電源が働いたのか、少ないながら照明が付いた時、

遼火たちは銃を持った男たちに囲まれていて、入口があったと思われた場所には屈強なシャッターが立っていた。




 人数だけで言えば、銃を持った一団の方が圧倒的に少ない。
だからどうだ、そんな人数差を覆して客たちを封殺てぎるほど獲物の差が大きかった。もし皆が勇気を出してテロリストたちに向かっていけば、犠牲を出しつつもテロリストたちを捕まえることはできたのだろう。

だができない、いくら数の差があろうが、犠牲が出ることを考えてしまうとそれが自分になるのではないかと考えて、足がすくんでしまうのだ。
それは恥ずることではない、それが種として、人間としての本能であり、限界なのだ。

「いいかお前ら!少しでも変な動きしたら命はないと思え!」

十数分後、遼火たちはデパートの中央部、普段ならばピエロでも来ているショーステージを中心に集められ座らされていた。
その際に皆携帯を没収されていて、無いと誤魔化そうものならば全身をくまなくチェックされ、それで見つかったのならば見せしめのようにテロリストたちは暴行を加えた。

そして持ち物検査を受けると、皆両手をプラスチックの結束バンドを使って前に縛られてしまった。
この手の拘束は確か思いっきり腹に打ち付ける形をとればバンドが負荷に耐え切れず、簡単に敗れると知っていた遼火は、周りで銃を構えているテロリストたちも観察していた。

「(それにしても……何が目的だこいつら)」

金品をせしめようともせず、政治的メッセージを持っているようにも見えない。宗教的色も見せないテロリストたちの目的は昔その身を探偵家業の中に置いていた遼火であっても分からない。

その考えを進めながら、自分の周り座っている人たちの顔を見る。その殆どは顔を青ざめて、これからどうすればいいのだといった表情を浮かべている。

その中で唯一、顔色一つ乱れないでどこか一点を見つめている女性が気になった。余りにも遼火の視線が露骨だったのかただの偶然なのか、女性はゆっくりと遼火の方へと顔を向けた。

遼火はその顔に、既視感を覚えた。それが先ほどぶつかってノートとボールペンを拾った女性であることに気が付くのもほぼ同時であった。
そして、小声で話しかけてきた。

「どうかしたかな?」
「……随分と落ち着いていると思ったんでな」
「そうかな、結構私も慌ててるんだけどな」

そう見えないから見ていたんだが、と遼火はこぼしそうになって飲み込んだ。そして周りのテロリストたちがこちらの会話を気にしていないか確認する。
だが、そのように少し顔をそらしたことの意味を気にも留めずに女性は話しをつづけた。

「私は郷烏 柚子(さとう ゆうこ)、貴方は?」
「……江藤遼火だ、というかもう少し声を小さくしたほうがいい」

そう宥めるように話してひとまず女性、柚子の口を止めた。その時、少しだけ声が大きくなってしまったことに気が付き遼火は再びテロリストを見た。しかし、テロリストは全くこちらを気にしていない。先ほどから話声に気が付くとすぐさま銃を構えるほどだったというのに、と遼火は疑問を持った。
柚子は首を少し傾けた後、遼火の行動の意味に気が付いたのか少し口元を緩めてまた口を開いた。

「監視なら大丈夫だと思う、この程度なら"日常"のはずだから」

そう自身を持って告げる柚子に、遼火はそれが虚構ではないことに気が付いた。試しに、声を少しだけ大きくしてもテロリストはこちらを気にしていない。
そして少し遠くにいた人に対して「喋るな!」とまた銃を向けていた。

明らかに、こちらの方が声が大きいにも関わらずだ。そのことを確認して再び柚子の方を向くと、優しい目をした柚子がこちらをみている。
遼火はこの事象に対し、3文字の回答を出した。

「——イデア、か」
「日常を非に、その逆もまたしかり。それが私のイデア……一変。私の近くのことだけなら誤魔化せると思うよ」

遼火はその柚子の言葉に、近くにいた人々の眼に希望が宿ったことを感じた。そうだ、イデアならばこの状況を打破できるかもしれない。柚子の近くにいる人たちはそう思って、近くに強力なイデア保持者がいないかどうか静かに探し始めていた。

そのことが少し離れていた白いワンピースの少女に伝わるまで、時間を要さなかった。

Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.4 )
日時: 2015/08/18 19:49
名前: Orfevre ◆ONTLfA/kg2 (ID: dUayo3W.)

 こーほくにて突如発生したデパートジャック事件。イデアによって解決を試みようとする遼火と柚子は、白いワンピース姿の少女に声をかける。少女の名は橘観鈴たちばなみすず。書店で買った本の袋を抱えている彼女は転移のイデアを持っていることを二人に明かす。

「これなら……」
「うん」

 目があった遼火と柚子は同じ結論に達してうなずく。観鈴による脱出と、柚子によるそれの日常化。この二つを組み合わせることによって、全員を逃がしたうえで、警察に通報し、テロリストたちを袋のネズミにすることが出来る……。が、観鈴はこれを固辞する。この作戦において遼火と柚子には誤算があった。
「わたし以外を飛ばすのは1往復が限度です」
 観鈴といえど、自ら以外を飛ばすことに体力を使う転移のイデアは無限に使うことはできない。イデアといえども、万能でも無限でもない。大きな力には相応の代償が求められるのだ。

「確かに、仮に警察に連絡したところで、機動隊が到着するまでには時間がかかるし」
「そもそも、いたずら扱いされて相手にしてもらえない可能性もありますね」
 結果として、考えられた作戦は廃案となる。いかにすれば、犠牲者を出すことなく、テロリストたちを追い返すか……。
 その答えを模索している間にも、時間は過ぎていく。

Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.5 )
日時: 2015/08/24 01:20
名前: チャム ◆VFDOEYR7G2 (ID: 6vRIMW/o)

 ふと、上階、2階へのエスカレーターから複数の足音が聞こえて来た。それは上階に居た客や店員、彼らに銃を突きつけた何人かのテロリスト達であった。新たに捕まった客と店員は合わせて40人ほど。ざっと見、これで凡そ全体で300人ほどが捕まったことになる。これで今日この時間帯に居た店内の者たちの全てであろうか? さすがに遼火たちの集まっていたショーステージどころか、辺りも人で埋め尽くされてしまっている。

「これで全員か?」
「ええ、大体は。しかし、まだ全階調べ切れてません。何せこのデパート、広さもあれば人数も多いですし、隠れていたりされたら、俺たちだけじゃ探し切れません」
「ならもう一度探し直せ! 隅々まで! それに他のチームにも急がせろ!」

 遼火は納得する。先ほどからもこの犯人たちの人数がやけに少ないと感じていたが、やはり上階にも分散していたのだ。今戻ってきた人数は3人。そして他チーム。それを踏まえると、最初に1階に居た人数を合わせて相手の人数は20か30だろうか? 多いと言えば多いが、この規模の建物と人間を制圧するには少々数に欠けるようにも思える。いや、少ない方が撤退の際のリスクも少なくて済むと考えるべきだろうか。兎に角、少人数でこの人数を制圧する為には一箇所に集中させる方が都合が良いのは間違いなく、そのつもりなのだろう。そしてその後奴らがこれをどうするのかはまだ分かりかねるし、こちらの方が人数こそ多いが、まさか自分が撃たれる可能性もあるのに無闇に逆らう者もやはり居ないのだろう。その上、数だけ居てもその意思を一つに纏めるのは数が多ければ多いほど難しい。この際不可能だと言っても差し支えはない。更には人の目を気にして動き辛くもなる。単純ながらも人間心理を見事に利用して反抗させないストレートな作戦だと遼火は考える。
 尤も、それが普通の人間相手であるならば、ではあるが。遼火は知り合えた二人の仲間を一望する。

「どうせならこいつらにも手伝わせたらどうすか?」
「なるほどな」

 犯人たちがこちらを向いて誰を連れて行くかを物色し始める。

「どうしよう。何かするみたいだね」

 テロリストたちの様子からして、上階での客たちの捜索に1階に集めた者たち、特に男を選んで連れて行くようだ。
 それを理解した遼火は何かピンときた様子で考えを巡らし、すぐに二人に耳打ちを始めた。

「橘さんって言ったよな? やっぱりそのイデアで抜け出して警察に連絡を取ってくれるか?」
「でも」
「俺に考えがある」

 柚子は先ほど話したことで遼火に異を唱えようとするが、遼火はそれを遮り、遼火がすぐに行動に移すと何も言えなくなった。
 遼火の見遣る視線の向こうでは、テロリストたちに見繕われた男性客、そして男性店員らが時には怯えながら抵抗の意思を見せ、テロリストたちはその者に対して再び暴力で従わせようとしていた。

「死にたいのかっ?」
「ひ、ひぃ!」
「よせよ」
「あん? なんだてめぇは? 黙ってろ!」
「暴力とか、止めろよ。……嫌がってる、じゃないか」

 その場に立ち上がり、テロリストたちに数歩近づいて意見をする。周囲の客たちは驚きつつも、人によっては馬鹿なことをするといった表情で遼火に対して迷惑そうに目を逸らす。勇気のある若者、そのように見た者も中にはいたかも知れないが、この状況で下手に口を開き目立とうとする者は誰も居なかった。
 しかし、そうして連れて行かれようとする男性店員を守る為に口出しをした遼火だが、まるでビクビクと怯えたような消極的な口振りで意見をするその様子に柚子と観鈴は少々の違和感を感じる。

「お、お前ら何が目的なんだ? そ、そうやって何でも殴って黙らせられると思ってるなら殴ればいい! 殴ってみろよ!」
「ハハハ。それじゃあ、お望みどおり……オラァ!」
「うぐっ……!?」

 遼火は思い切り右頬を殴られ勢い良く後方に倒れこむ。口の中を大きく切ったようで口元からはダラリと血が流れた。倒れた遼火に柚子と観鈴が近寄り声をかける。

「生意気なガキめ」

 テロリストの一人は唾を吐いて踵を返し、再び先ほどの男性店員を連れて行こうと乱暴な口振りで立てと命令をする。

「……ま、待て。それなら、俺が行く。どうせ誰でも良いんだろ? 俺が代わりに——」
「黙れっつってんだろぉ?」

 尚も口を開いてくる遼火に腹を立て、そのテロリストの男は再び遼火に近づき続けて殴り掛かろうとする。

「早くしろ! 良い! そいつで良いから早く連れて来い!」

 しかし、リーダーらしき男が部下である遼火を殴ったその男に命令すると、男は舌打ちをして「付いて来い」と遼火に吐き捨てた。

「遼火君!」
「大丈夫だ。言ったろ? 考えがあるって。それと」
「……え?」

 遼火は観鈴の方へ振り返り、突然観鈴の体に顔を埋めるように彼女の体を抱き寄せた。

「?!」

 観鈴は顔を赤くし狼狽える。横に居た柚子も何が起こったのかと目を丸くしている。
 少しの間ギュギュリと遼火が顔を押し付けて顔を引き離すと、彼女の白のワンピースの凡そ肩の部分に先ほど流した口の血がいくらか染み込んだ。

「……これで良い。この血を見れば、警察もそう悪戯だとも思わないだろう」
「あ、あー……」
「な、なるほど……」

 柚子が声を零す。観鈴も自分の真っ白な服に付けられた鮮明な赤色を見て理解をする(尤も、赤いのは服だけではなかったが)。

「それじゃあ、頼んだ」
「えと、私は?」

 柚子が自分を指差して尋ねる。

「アンタは、俺が戻ってくるまでここで奴らの様子を見ていてくれ。何か良い隙が得られるかも知れない。俺は、あいつらに付いて行ってあいつらの銃を奪ってみる。それに脱出口の確保もな。橘さんは、悪いが警察に連絡したらまた戻って来てくれ。君の能力が勝利の鍵になるかも知れない」
「うん。分かった」
「は、はい。気を、つけて」
「早くしろガキ!!」

 さすがにこれ以上は話していられない。遼火はテロリストたちのチームに続き、上階へと向かうエスカレーターへと向かっていく。

Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.6 )
日時: 2015/08/24 01:44
名前: チャム ◆VFDOEYR7G2 (ID: 6vRIMW/o)

 2階3階にはもう誰もいなかった。さっき連れて来られたのは2階3階に居た者たちだったのだろう。遼火はテロリストたちの指示通りに客たちを探しながらも上階の様子を調べていた。但し、隠れている者が居ないかを調べる為にもあちこちを吟味するように調べられるのは遼火にとっては都合が良かった。
 まず、階段にもシャッターが下りている為、テロリストと遼火たちはエスカレーターから上階に上がることになっていた。勿論動いてはいない。エレベーターも同様に停止している。スイッチを押してみてもピクリともしない。また、窓にすらシャッターが下り、外の景色を見ることすら出来なかった。真っ暗になる筈だと納得する。
 遼火は天井に備え付けられた火災報知機などの機器を確認すると、その内の監視カメラを見上げた。
 それにしても最新のデパートだけあってこの建物は全て電子制御がされているようだった。恐らくどこかにそれらの制御室がある筈だと遼火は推測する。要は、そこさえ抑えてしまえば脱出のチャンスは大いに高まるということだ。今頃観鈴が知らせてくれている警察の突入もし易くなることだろう。機動隊の到着までは時間を稼ぐしかない。

「次は4階だ。……おら、急げ!」

 一緒に連れて来られた客の一人に拳銃を突きつけ、一同を更に上の階へ進ませる。
 4階に到着し、再びテロリストたちが指示を出す。今この場に居る銃を持ったテロリストたちは6人。遼火たちは2人のテロリストに2人ずつ付いて3つに分かれてその階を探し始めた。
 遼火と一緒に行動することになったのは、先ほど一度見かけた赤い男だった。高校生くらいだろうか? 背丈は遼火とそう変わらない。赤い男は遼火たちと同じように手前で両腕をプラスチックバンドで拘束された状態で、渋々ながらも黙って従って歩き出す。
 探し始める前に、エスカレーター横のフロアマップを確認する。この階は主に雑貨や文房具を扱う階のようだ。大人向けのシックな店や子供向けのカジュアルな店など、幾つ物テナントが入っており、あちこちに客の目を引きそうなデザインの飾りや商品が置かれている。
 その他、既に下の階でも確認したことだが、このデパートは8階建てで、地下は3階まで。地下1階には食品売り場があり、地下2階以降には駐車場が広がってはいるが、これは社員用であるらしく、客用駐車場は主に建物の横に並列して建つ立体駐車場である。立体駐車場へはどの階からも移動出来るが、当然のことながらこちらもシャッターで通路が塞がれており、緊急脱出用の避難口も恐らくそのシャッターの向こうである。
 兎に角テロリストたちは制御室を占拠したことでシャッターを下ろした筈。それならば脱出の為にも、または警察の突入にもやはり制御室を何とか確保する必要がある。制御室の位置は、恐らく地下か1階か。少なくともマップを見る限りでは、2階から4階までには無さそうであった。

「居たぜ!」

 文具店の奥のスペースに客と店員合わせて5人ほどが詰め込んで隠れていた。

「おいおい、野郎が一人でこんなに女を侍らせてハーレムのつもりかよ?」
「へへへ、美人揃いじゃねぇか。少しくらい良いか。……おい、お前ちょっと来い」

 止めようとした男性客を殴り倒し、嫌がる女性客の腕を掴み下卑た笑いを浮かべるこのテロリストの一人が何を考えているのかは手に取るように分かる。テロリストの一人は女性客の体をまざまざと触り、女性客は悲鳴を上げながら助けを求める。しかし、ここで助けに入ることは難しい。幸い奴らの状況を考えるとそう時間も無いのだろうし、この女性客には多少のことは我慢して貰う他ない。遼火は黙ってそれを見逃そうとする。
 しかし——。

「いい加減にしな!」

 なんと遼火と共にこのテロリストの2人に同行していた客の男が、それを止めるのに女性の腕を掴んだテロリストに「殴り」掛かっていた。

「ちぃっ」

 遼火は舌打ちした。そして、両腕の拘束バンドを例の方法で解除し、その赤い男に銃で狙いをつけたもう一人のテロリストの後頭部に延髄蹴りを食らわせて、気絶させた。
 遼火が振り上げた足を戻し終えた頃、赤い男が殴りかかったテロリストも小さな呻き声を上げて倒れていた。

「やるじゃねぇか」
「……」

 こちらを振り向いて笑みを浮かべる赤い男に対して、遼火は一つ溜息を吐いて見返した。

——。

「何事だ?」

 少しすると、分かれて探していた他のテロリストたちが集まってきた。

「あ、あの、私たち」
「……何だ客か。おい、黙って死にたくなかったら俺らについて来な」
「は、はい」

 やって来た別のテロリストたちは、ここに隠れていた客しか居ないと判断するやそのまま彼女らを連れて踵を返して行く。助けた女性客が心配そうにこちらをチラリと見て、遼火はテロリストたちがこちらに気が付かれないか警戒するが、無事気付かれず去っていった。息を殺して身を潜める遼火と赤い男は、彼女らが遠くに行くまで店内の監視カメラの死角となる物陰で、倒れたテロリスト2名の体を押し込んで呼吸すら堪えて見守った。

「……ぷはぁ! 危なかったな」
「誰の所為だ」
「でもあそこは助けるところだろ?」
「そのお陰でこっちの目的は台無しだ」
「目的? なんだよ? 案でもあるのかよ?」

 遼火が自分の考えを説明をする。
 まずは各階の様子や構造を知っておきたかったこと。次に、隙あれば奴らの銃を奪うこと。なら目的の一つは丁度達成したなと赤い男が喜び、遼火もそれには頷く。

「あとは、こういうデパートには、防災センター、……つまりシャッターやカメラ、電気システムを制御する制御室があって、そこさえ確保出来れば、あちこちのシャッターも解除出来ていくらでも脱出することが出来る。それに、さっき知り合った客の中にテレポートの出来るイデア能力者が居て、警察に連絡するよう伝えてあるから、あとは突入口さえ何とか出来れば」
「助かるって寸法か! やるじゃねぇか」
「まだ何にもしてねぇよ。そしてお前のお陰で、それがやり難くなった」

 どうせならこのまま8階まで調べてからアクションを起こしたかったのだと内心で愚痴る。

「おいおい。折角さっきの姉ちゃんたちに囮になって貰ったんだぜ? 頑張ろうぜ。へへへ、ま、大丈夫さ」
「どこからくるんだその自信は」
「銃も手に入ったしよ。なぁに、何とかし難い状況を何とかするのが男、そして燃える展開さ」
「楽観的だな」

 完全に肉体派だろうこいつは。

「今脳筋だと思ったろ?」
「鋭いな」
「ま、逆にアンタは脳みそ使えるタイプみたいだな。 ……んじゃ、知将さんよ」

 赤い男はさっきのテロリストたちから奪った銃をガチャリと構えて笑みを浮かべる。

「この後どうすればいいのか考えてくれよ」

 腕節は確かなようだし、この状況では特にありがたい戦力ではある。しかし、同行するにしても先ほどのように考え無しに動かれたのではこちらの身すら危うい。この男の言う通り、何とかして自分が頭を振り絞らなければならない。
 全く。遼火は自分も銃を握り締め、まずは銃を確認する。
 ベースはベレッタの様だが、やや異なっている。恐らくフィリピンかどこかで密造されたコピーだろう。弾の装弾数はマガジンに15、……ということは、まだ装填されていない? スライドを引いて確認してみると装填され、引き抜き直したマガジンからは1発分減った。

(素人かよ)

 ガシャン。マガジンを戻す。
 銃口は向けるくせに装填すらしていないとなると、あのテロリストたちはプロではなさそうだと直感する。

「……銃使ったことあんのか?」

 扱い慣れているかの様子を見せる遼火に赤い男が尋ねる。

「どう思う?」

 薄ら笑みを浮かべて肯定も否定もしない。

「いいとこのお坊ちゃんか何かなのかね? ……それともヤクザの御曹司さんで?」
「どっちも違う」

 そう言って恐々とたじろぎ一歩引く赤い男の言葉を否定するものの、筈だ、と内心で付けたし、そして彼の方の銃にも装填するよう伝える。
 赤い男は初めての銃を直に手に入れたことで少しはしゃいでいる様子である。

「けどよ、さっきの動きと言い、ただの一般人の動きじゃなかった気がするぜ?」
「そっちこそ、あのバンドの取り方よく知ってたな?」

 そういう知識があることに驚きつつ告げる。少し前まではバンドが付いていたのは間違いないので、遼火も気付かない速度で素早くあのバンドを解除して殴りかかったことになる。

「あれか? へへ、あれはプラスチックだったからな。ラッキーだったぜ」

 どういうことかいまいち飲み込めない遼火に対して、待ってましたかといったような顔をし、

「ああ、そうだな。例えば——」

 そう言って近くの商品の消しゴムを手に取って、その指に触れた部分から「赤く煌々とした火の揺らめき」を出すと、消しゴムは見る見る内に消し炭になって消えていった。

「?!」

 しかし、遼火はすぐに合点が行った。 

「炎を操る。それが俺のイデアさ」 

Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.7 )
日時: 2015/08/29 01:05
名前: Satsuki (ID: V7PQ7NeQ)


 炎を操る。
 道理。知恵を駆使した遼火に対し、この男は「燃やす」という力技での解除をやってのけたのである。
 もう一度脳裏を過ぎる今朝の文字列。『イデア(英:IDEA)とは、人類が手に入れた超能力の一つである』。
 イデアに不可能はない。今のところは。人類が手にした力の、特に力らしい力としての用途を目の当たりにした。

 が。

「残念だが、今回そのイデアを使うことにはならないだろう」

 遼火はかぶりを振ってそう言った。
 なんでだよ、と言いかけた表情の赤い男を手で制し、

「火災報知機だ」

 と続ける。男の表情が奇妙に歪むことが三度ほど、なんとか納得を得られたようで頷きを見ることができた。

 イデアによって起こされた炎に火災報知機が反応するかは分からない。
 もし反応した場合。本当に火災が起きてなかったとしても、客の動揺は避けられないだろう。最悪の場合、客も暴徒になってしまう危険がある。その動きで事件が解決に進む可能性はあるが、それ以上に負傷者・死傷者の発生どころか増加もまた、避けられないだろう。
 テロリストどもの気を引きつけることができるのではないかと思ったが、監視カメラの充実度がその用途を見事に散らしてくれた。制御室を抑えない限り、簡単に居場所を特定されてしまう。少数は割けるだろうが、——少数に過ぎない。

「やっぱり、防災センター? ってのを見つけないと、ってことか」
「そうだな。残念だがフロアマップには書かれていなかった。……当然だが」

 地下か一階にある、と先刻は思ったが、しかしそれは大型建築物の一般的な思考に過ぎない。
 そう、一般的なだけであり、神北がそれに準じているとは限らない。その場合、このデパートの建築者は間違いなく変人だろうが。
 断定ができていない状態で、再び一階を通過するのは危険だった。

「≪メカメダ≫みたいにスタッフ名簿が店頭に貼り付けられてればな」
「メ……メガメガー?なんだそれ」
「言葉を慎みたまえ。……≪メカニックのカメダ≫は有名な家電量販店なんだが、知らないのか?
 今度この街にも新しく建つらしい。俺もようやく通販から店頭買いに仲間入りできる」
「そ、そうなのか……」

 話はこのあたりにしよう。
 そう小声で閉めて、遼火は物陰から少し顔を出す。

「レジを漁るぞ」
「さっすがだぜ知将さん、この隙に財布を潤すのかい」
「阿呆か。このデパートの店長に繋がる内線の電話機があるかもしれない。
 見つけたところで繋がるか、話せるかは分からないが——信頼性は一番高い」

 危険もあるが、危ない橋は今も渡っている最中だ。
 監視カメラは……避けられない。できるだけ身を屈めて、静かに、素早く、二人は手近なレジへと滑り込む。

 果たして——それはあった。

「見張っててくれ」

 909だな。手早くキーを押し、受話器を取って遼火はレジ台の下へと身を潜めた。傍にある籠の山から、赤い男が通路を見張っている状態だ。
 コールが鳴る。二度、三度、四度。ダメか? 五度、六度、七度、目で、コールが途切れた。 

 静寂。音を発さない。
 遼火は静かに反応を待つ。絶対にこちらからは声は出せない。
 誰かに繋がってはいる。誰だ。

 遠くで微かな会話の音が聞こえた。

『……店長の門松ですが』

 続いて聞こえたその声を遼火は待っていた。作戦の第一段階をまずクリアした。
 しかしすぐに計画は第二段階に突入する。たった一言でこの店長の信頼を得なければならない。非常事態とはいえ、機密情報を簡単に漏らすようでは管理職は務まらない。

 考えた、三秒。遼火は一番縋りたくないものに縋ることにした。

「江藤探偵事務所の元所長、江藤優大だ。本当に店長だな?」

『本当ですか? 先生この昼間に何をされに』

 第二段階クリア。少し声を寄せはしたが、非常事態という状況が違和感をごまかしてくれたらしい。
 しかもこの手ごたえ、先生という呼称。どうやらこの店長、過去に江藤探偵事務所と関わりがあったと見れる。

「今日は非番でな、久々にデザート土産に息子の顔を見に行こうとしたんだが、運の悪いことで」
『それはせっかくの機会に水を差すことになってしまい大変申し訳ございません』
「構わないさ、起きてしまうものは仕方ない」
「足音が来てるぜ……!」

 横から赤い男が絞った声をかけてきた。空いている片耳を寄せると、確かに遠くに響く足音——三つ。
 長話はできない。というかする気もない。ある程度の信頼の元、遼火は第三段階、本題を聞く。

「防災センターの場所を教えてほしい。今から抑えに行く」
『制御室でしたら地下一階です。一階のスタッフエリアから』
「ありがとう。奴らが来てるから切るぞ」
『分かりました。お願いします、先生』

 切れたのを確認し、遼火は受話器を静かに床に置いた。
 こうなっては受話器を戻す僅かな露出も許されない。なおも足音は聞こえている。少しずつ大きくなってくる。遼火たちのいる場所へと近づいてきている。

 遼火は赤い男を見た。赤い男は既に遼火を凝視していた。

「撃てるか?」
「初挑戦だぜ?」
「じゃあ撃つな。脅すだけで、腕で仕留めるぞ」
「お、おう……」

 息を"文字通り"飲んで、二人は待つ。
 足音が響く。三つ分、タン、タン、タン。
 小声ながら声も聞こえてきた。この辺りのはずだ。確かに声だった。売り場を探すぞ。

 大きくなる。大きくなる。決して離れることはなく、三つ分の足音が。
 大きくなる。おおきくなる。おおきクナル——

 床に三本の足が見えた

「動くな!」

 瞬間、遼火はレジから半身を出し、左腕を乗せた右手のベレッタをその中の一人の顎へと突きつけ

「うらあっ!」
「っ!?」

 それとほぼ同時に籠から身を乗り出した赤い男が勢い良く立ち上がり、別の一人の顎に強烈な右のアッパーカットを撃ち込む光景を捉えた。幸いにもそれは顔を隠した、すなわちテロリストの一人だったようで、仰け反りながら軽く宙に浮き、そして崩れ落ちた。
 ノータイムかよ! 二度目の舌打ちを内心に抑え、遼火も動く。遼火の標的もテロリストの一人だった。その手の拳銃が遼火に向けられ一瞬たじろぐが——引かれたトリガー、だが弾は出ない! その隙に遼火はテロリストの横へと滑り込み、ベレッタを持ったままの右腕を振り上げ、膝へと打ち落とす。テロリストが体勢を崩したところに膝立ちのまま背後を取り、左肩を掴んで引き倒し。

「恨むなよ」

 口だけ吐いて、思い切り首を締め上げた。みるみるうちに震え出す身体、もう限界かというところでその腕を放し、尻に蹴りを入れてレジ台の下にしまっておいた。
 気絶した二人のテロリスト。遼火は残った一人へと目と銃口を向ける。が、その服装がテロリストのような出で立ちではなく普通の一般男性のそれであると認識し、腕を下ろした。

「……何を、しているんだい?」

 呆然として呟いたその男は、遼火よりほんの少し上に目があるようだった。
 暗い中でもよく分かる白ワイシャツにスラックスのようなものを着ている。社会人だろうか。

「何をしてるかと言われると、そうだな……」
「ちょっとこの事件を解決しようとね」
「……解決とは違うが、ただ。まぁ、言いなりになるのは嫌でね」

 濁そうとしたところを赤い男に正直に暴露され、失った言葉を塗り替えるのに失敗した。
 そんな遼火たちを見て、社会人らしきこの男は、首をかしげた。呆れているようだった。
 半開きになっていた口を戻して、

「バカか、君たちは」

 正直に毒を吐いた。初対面に正々堂々と言われると、いくら闇を見てきた遼火といえど傷の一つはできる。

「こういうのはおとなしくしていればいいんだ。民の安全は司法が守る、警察が守る。わざわざ民間人が手を出すものじゃないよ」
「その警察に頼れないかもしれないから動いている。非常事態だ、許せ」
「いや、許すも許さないも僕は止める気まではないけどさ……」

 視界の端で動きがあった。赤い男が仕留めたほうのテロリストが起き上がり、かけたところに赤い男が再び腹部に蹴りを撃ち込み、彼もまたレジ台の下にしまわれることになった。

「悪に立ち向かっていける人間は二種類に分かれる」

 目線を男に戻し、遼火は言葉を発する。

「首を突っ込める奴と、首を突っ込みたい奴だ」
「君たちはそれに該当する、と?」
「俺は前者だ」
「あー俺も俺も!」
「お前は明らかに後者」
「えぇー!?」

 そりゃないぜ、と言わんばかりの赤い男の頓狂な声を一瞥だけで終わらせ、遼火は三度男に戻す。
 男は両手を軽く広げていた。やれやれ、と小さく呟いたのを捉えた。

「ご勝手に」
「ああ、勝手にする。シャッターを開けてやるから、下で待ってればいい」
「そうか……じゃあありがたくそうさせてもらうよ」

 そして男はエスカレーターの方向へ歩いていった。
 足音が小さくなり、別の硬いものに変わったことを確認し、

「俺達も動くぞ。このまま此処にいるのはまずい」
「おう」

 頷きあい、遼火と赤い男も滑るように行動を開始した。

Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.8 )
日時: 2015/09/03 19:27
名前: 戦崎トーシ ◆TYZSwCpPv. (ID: 9IfQbwg0)

 事態は一刻を争う。 
 着実と流れていく時間に、遼火は内心焦っていたが、表には出さずひた隠しにしていた。後ろをついて来る男にも焦燥感はあるだろうが、静かにしている。
 スタッフエリアは建物の西側にある。その近くには、人質が囚われているショーステージがあった。近道を選べばショーステージを横切ることになるので、やむを得ず遠回りをする。
 途中、ショーステージが見える場所があった。遼火はその場に屈み、遠くに見えるその様子をうかがう。人質の数は少し増えていた。テロリストは、依然、銃火器を携え人質や周囲に目を光らせている。死角になっている為か、2人の存在には気がついていないようだ。

「テロリストの数が減っている。急ぐぞ」

 恐らく、仲間たち——無論、遼火と男がシめた奴ら——が帰ってこないので、違和感を感じて探しにいったのだろう。テロリストが分散してしまえば、見つかる確率は高くなる。遼火は銃身に人差し指を沿え、慎重に立ち上がる。
 ふと、赤い男が呟いた。

「なあ、なんかアイツら喧嘩してねぇか?」

 遼火は動きを止める。
 確かに、ショーステージの方向から荒い声が聞こえる。かなり苛立っているようだ。一触即発。もしどちらかの逆鱗に触れてしまえば、発砲もあるかもしれない。口論の声以外は、何も聞こえなかった。その空間に、緊張の糸が張り詰めているのが分かった。

「多分、リーダー格の人間がどこかに行ったんだろう」 

 人質の中へ目を凝らす。表情は見えなかったが、柚子は端の方に座っていた。白いワンピースの少女は居ない。
 ——上手くいっているといいんだが。
 
 2人は再び立ち上がり、慎重に歩を進める。
 犯人達の監視の目は案外脆弱なもので、人気のないフロアを、難なく突破することができた。人手は上の階に集中しているのだろうか。
 遂に、スタッフエリアの防災センター、もとい制御室の前へ着いても、テロリストとは会うことはなかった。
 
「ここでシャッターを開放できるんだな。よし、開けるぞ」
「待て」
「ッ……なんでだよ」

 ドアノブに触れかけていた手を、遼火は制す。赤い男は不満げに遼火に問いかけた。 

「あまりにも監視の目がなさ過ぎる。おかしいと思わないのか」

 遼火は鉄製の扉から、何歩か退いた。レンズの奥の瞳孔は、その扉を睨みつけている。
 シャッターを開放されてしまえばひとたまりもない。それどころか、制御室は占領の拠点の筈だ。なのに監視が薄過ぎる。
 制御室が位置するのは、建物の隅。廊下にはそれなりの広さがあるものの、2人の左右には壁。十数m後ろにも壁。背後の壁の真ん中には、地下と階段を繋ぐドア1つ。それが唯一の出入り口だった。
 つまり、そこを閉ざしてしまえば、閉鎖空間が誕生する。
 
「……謀ったな」

 遼火の、掠れた声が反響する。
 逃げるべきか。300の命が懸かっているこの状況で、敵前逃亡は賢明ではない。それに、この熱い男が、何もせずこの場から立ち去りなどするだろうか。
 天井の蛍光灯の明かりだけが、その場の人間に陰影を作っていた。

 数秒と置かず。

 足元の影が揺らぐ。白い光と黒の影が網目状に分散した。一瞬にして、冷水が足首までを覆ったのだ。
 次いで、薄い水面を、速いスピードで波が駆け抜ける。足をとられそうになったが、踏ん張って耐える。波は目の前の扉から——否、その内側から押し寄せている。
 その波の力に倣い、強固な扉が開く。縁で水を砕きながら、中身を露にする。モニターはあらゆるフロアを映し出していた。その中には、遼火たちが通ってきた場所もあれば、ショーステージもあった。
 巨大な液晶から溢れ出るブルーライトを背に、男は振り向いた。
 頑丈に武装したその姿、門松ではないと即座に理解する。

「今の今迄お疲れ様、ってところだな。たかが一般人の分際で、ここまで到達できたのは褒めてやろう」

 男は眉と口角を歪め、卑しい笑みを浮かべた。

「だが、英雄劇はここで終ェだ」
 
 遼火は鋭い舌打ちをする。ここまでの警備を手薄にしていたのも、策略の内だろう。

「時間がない。端的に言わせてもらう——そこを退け」
「んな常套句で、はいどうぞと退く奴が居ると思うか?」
「居るさ。お前だ」
「調子に乗ってんじゃねェぞ若造」

 遼火たちの背後で水が渦巻く。うねりながら、円錐の塔の形を成していくそれは、刹那、槍のように2人に襲いかかった。寸でのところで二手に分かれ躱す。
 槍は床にぶつかり、飛沫をあげながら潰れた。水は再び空間内に広がる。
 波が起こる。赤い男が地面を蹴り、足技の態勢に入る。同時に波が一際大きく揺れた。

「やめろ!」

 遼火の声に怯んだのか、彼の右脚は宙をきっただけだった。
 テロリストの背後の壁を、水が、荒い音と供に勢いよく駆け上がる。拳をあげ、振り下ろす。テロリストのモーションに操られるが如く、天井まで到達した水は、赤い男へと牙を叩き付ける。

「ッ!!」

 赤い男はバク転で牙から逃れた。頬についた水滴を忌々しげに拭う。

「随分と愉快なことをしてくれるもんだなァ?」
 
 テロリストが手を横に振ると、水はまた2人の足首までを満たした。
 赤い男が遼火を見やる。

「……意味ありげな眼ェしてんな。さっきのだけで何か分かったのかよ?」
「……まあな」

 水かさは3度とも同じ。膝辺りまでかさを増せば、それだけで遼火たちの動きを阻害できる。できないということは、もしかすると——

「奴は、一定の水量しか操ることが出来ない。そして、奴は既に限界の水量を出している。だからこれ以上水が増すことは無い」

 更に、攻撃するまでが長い。攻撃に至るまでには、水を渦巻かせるなり、波立たせるなりする必要があるのだろう。攻撃に失敗した後も隙ができるようだ。
 
「何より、奴は高を括っている」
「そうなのか?」
「そんな顔してるだろ。頭の悪さと自信過剰さが滲み出た顔だ」

 そんな者に負けるほど、遼火も、赤い男も軟ではない。

「耳貸せ、オレに案がある」 

Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.9 )
日時: 2015/09/09 22:16
名前: 空凡 ◆qBiuWfql4I (ID: 4RNL2PA4)

 赤い男に手短に、テロリストに悟られないように作戦を伝えると、遼火は赤い男の後ろに立ちながらベレッタを構えるそぶりを見せた。
むろん、フリである。この状況でテロリストを正確に射抜ける射撃の腕があれば彼は最初からテロリストの脚を無慈悲に撃ち抜いていただろう。

二人がなんらかの策を決めたことを感じ取ったテロリストは、左手を水面へかざし、少しずつ水を集めていく。

「させっか!」

それと同時に態勢を極力下げた赤い男はテロリストに向かって走り出し、素の動きとほぼ同時に遼火も距離を詰めだす、滑りやすい床と水が合わさり機動力を奪っていたが、それでも二人の距離を埋めるのにそう時間はかからない。
攻撃の感覚が長いのであれば、波状攻撃で取り押さえるまで。その作戦をテロリストも理解できたのか、バックステップを取りながら二本の水の槍を作り上げた。当然、その槍は一本ずつ仲良く二人を襲うように作られたはずだ。
だがそれでは、折角二人して近寄った意味がない。
槍の完成を見た遼火は、視線を少しずらして赤い男を見た。

「——火力全開!」
「ッ!」

赤い男のその言葉とともに、薄暗かった周辺を照らす煌々とした炎が赤い男を包んだ。その光景に驚いたテロリストは非常に慌て、用意した二本の水の槍を赤い男のみめがけて発射してしまったのである。
それを待っていたといわんばかりに、赤い男は壁を蹴り勢いよく横に転びながら水の槍を回避した。
そのうちに、遼火は更に距離を詰めていく……、
遼火が赤い男に頼んだもう一つのこと、それは……

『とにかく気を引いて近寄っていってくれ、そのうちに距離詰めて捕まえる』

回避に徹し、その自慢のイデアを使って相手の狙いを集中させることであった。


このまま距離を詰めれば、もう一度相手が攻撃の準備を終わらせる前に赤い男の一撃がテロリストを襲う。
事実、赤の男はもえ反撃が間に合わないことを察して、回避の態勢を止めて炎を纏った拳を振りかぶっていた。

「ッ、消えろぉぉぉぉ!!」
「っわぶ!」
「ぅお!」

だが、テロリストは無理やり水をかき集めそれを使って小さな波をすぐさま作り上げて二人の態勢を崩した。特に近かった赤い男はその波を体の半分以上で受けてしまい、そのまま上半身を床につける形となってしまった。
ダメージは入らない程度の攻撃であり、すぐさま赤い男は起き上がって状況を見渡せそうとした。だが、そこへテロリストは追い打ちをかける。
だがそのテロリストの行動に、遼火は疑問を抱いた。

「消えろ、消えろ、消えろっ!」
「ぅぐ、ちょ、くそっ」
「(ただ水をかけているだけ……?)」

テロリストはゆっくりと下がりながら赤い男、というよりもむしろ赤い男が出した炎を執拗に、威力もないただの水をかけていた。赤い男もこの行動には驚いた様でうまく動けていない。そこにはイデアという、世界の根底を覆すような現象がないかのようにも見られた。


——イデアは、一説によると人の強い願いによって生まれる。例えば災害に巻き込まれた人は生き残りに長けたイデアを発現したり、人間関係に困ったものは精神的なイデアを手に入れたりと、決して本人と無関係のイデアが発現するわけではない。
とはいえ、軽く願っても手に入らないものであり、それこそ子供が「世界を消したい」なんて幼稚な願いを持ったとしてもそんなイデアは発現しない。

だとすれば、目の前のテロリストは何に願ってこの水を操るイデアを手に入れたのか、それは今のテロリストの状況から察することができる。

「("水を操ってまで何をしたかったのか"か)」

もしかしたら、火に何らかの恐怖を感じているのかと遼火は考えた。
そこで、またテロリストが水を放った瞬間に、思いっきり足に力を込めてテロリストへと詰め寄った。炎に夢中になっていたテロリストは反応が遅れ、なすすべなく遼火の接近を許す。

「調子に、乗るなガキ!」
「そっくり返す」

撃つ必要がないのであれば、それが一番いい、そう思った遼火は左足を軸足として踏ん張り、テロリストに対して強烈な足蹴りをお見舞いした。
その一撃は的確にテロリストの腹へ直撃し、テロリストはそのまま吹き飛ばされ冷たい水で浸されている床を何回も回転して、ようやく止まった。
同じ様に、足場が悪いところで蹴りを入れた遼火も蹴りの勢いのまま転んでしまった。

いけない、早くテロリストを捕えなければ、そう思い直ぐに立ち上がろうとすると、漸く執拗な水かけ攻撃から解放され、体を纏っていた炎は消えたものも怒りの炎を燃やす赤い男がそのままテロリストの元へと飛び込み型の崩れた寝技をかけた。

なんともまぁ、気の締まらないボス戦であったと、自嘲気味に遼火はこぼした。

Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.10 )
日時: 2015/09/17 15:28
名前: Orfevre ◆ONTLfA/kg2 (ID: D6FduTwT)

 テロリストを確保し、防災センターの自由を確保した。これで脱走と救出の手助けができる。ここで一つの不安が遼火の頭をよぎる。
「(観鈴、体力は大丈夫だろうか……)」
 緊張状態が続いていたことで、観鈴はかなり体力を消耗し、発熱しかけていた。体をこすりつけた時点でかなり体温が上がっており、脈も速かったことを遼火は思い出す。最悪の場合、警察に通報している途中で倒れている可能性もある。
 その不安はテロリストたちを確保してから、少しづつ大きくなっていく。観鈴はまだ帰ってこない。
「(俺のやれることはやった、あとは観鈴の番だ)」
 祈るように、信じるように、遼火は防犯カメラ越しに警察が来ることを待っていた。だが、その様子を見て、テロリストの男が言う。

「何かを待っているようだが、タイムオーバーだな」
 先ほど確保した男の一言と同時に足音が聞こえてくる。数人のテロリストたちが制御室にまで来ていたのだ。だが、それだけショーステージのガードが緩くなったことも示していた。遼火はシャッターの開放ボタンを押しす。援護に来たテロリストを対処している間に警察が来ては機動隊がシャッターを突破するまでに時間がかかり、結果的に救出が遅くなる。だが、テロリストたちがここに来てしまった以上、少々のリスクを抱えてでも、警察の到着が来ることに賭けるしかない。

「返り討ちにするしかないな」
「救出に来たとはいっても味方に当たるリスクがあるから、銃は使ってこないはずだ」
 視線で二人の男は会話し、テロリストたちと相対する。そして、向かっていく。2人の目論見通り、テロリストたちは銃を使ってこない。格闘なら、精通してない数人よりある程度の心得がある二人の方が有利、結果として、遼火たちは援軍に来た返り討ちにすることに成功した。

 それからしばらくして警察が到着した。人質は解放され、死傷者は結果的にいなかった。赤い男と遼火は警察から説教を喰らう。結果的に成功しただけで行動は危険極まりないと、そして警察官から、観鈴についても伝えられた。遼火の不安は的中していた。しかし、彼女は倒れそうになりながらも必死に通報してきたと……。

Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.11 )
日時: 2015/09/20 00:29
名前: チャム ◆VFDOEYR7G2 (ID: 7c/Vukd1)

「ま、ありがとな。助かったぜ。そいじゃ、俺帰るわ」

 んじゃな。
 去っていく赤い男を見送った後で遼火は店内に戻った。しかし見送ってから、不思議とお互いに名前を名乗らなかったことに気が付いた。お前とかアンタで済んでしまっていたのが振り返れば面白く思えた。とは言え共に危機的状況を乗り切った相手の名前も知らないと言うのは何か惜しい気もしたが、まぁそんなこともあるだろうか。人生とは一期一会なのである。
 改めて見渡すと、店内は警察や客、店員たちでワラワラと渦巻いていた。しかしもう事件は解決したのだ。テロリストたちは一人残らず確保され、人々の顔には安堵が見える。
 遼火も一つ大きな溜息を吐いた。まさかこんな事態に巻き込まれるとは。回収した携帯で時刻を確認すると、既に22時を回っていた。
 警察の取調べもあまりの人数の多さに今日のところは行われないらしい。連絡先の確認だけ行われた後、閉じ込められた客たちは帰宅を許された。だが、帰宅する前に遼火は「彼女」のことを探す。
 郷烏柚子。彼女のイデアがあったお陰であの状況下で怪しまれずに作戦を練ることが出来、また決定打となった警察への連絡を担ってくれた橘観鈴を味方に引き入れることが出来たのだ。観鈴のことは既に警察が保護したとのことなので、せめて柚子には一言この場で礼を言っておきたいと思った。
 しかし、この人混みでは人一人を見つけるのは困難だった。いや既に帰ってしまった可能性もある。探すだけ無駄だろうか。数分探した後で諦め、仕方がなく遼火は店を出ることにした。世話になった礼を言いたい気持ちを飲み込み、店のエントランスを出て行く。



 辺りは既に暗く、少々肌寒くなっていた。道路脇の街灯が等間隔に灯り、行き交う車のヘッドライトが過ぎっては度々疲れの滲む遼火の顔が照らされた。
 「こーほく」からの帰り道をゆったりとした足取りで歩きながら、遼火は先ほどまでのことを振り返っていた。
 突然の停電に始まり、シャッター閉鎖、銃声、拘束、デパートごとジャックを始めたテロリストたち。
 しかし偶々知り合った人物たち、彼らはイデア能力者で、彼らの協力のお陰でテロリストたちの隙をつくことが出来、見事解決の糸口を見つけることが出来た。
 中々体験出来ることではない。しかし、上手く行ったから良いものの、実際危なくもあった。彼らが居なければ、少なくとも遼火一人だけでは解決は難しかっただろう。一体どうしてこんなことになったのか。今日あのデパートに行かなければ巻き込まれることは無く、今頃テレビのニュースで他人事として小さな感想を呟いていたに違いなく——。

「あ、買い物」

 ふと立ち止まる。自宅まであと少しといった地点。そうだ。そもそもの目的をすっかりと忘れていたことに気が付いた。

「……しょうがない」

 あんな思いをしてまで頑張った結果が空腹というのも癪な話である。面倒臭くは感じるものの、グルリと踵を返し、来た道を引き返す。但し目的地はコンビニである。この時間までやっているスーパーと言えば更に20分30分は向こうであるし、今日は今更そんな距離を歩く気にはなれなかった。
 ただ、コンビニで買うと何かと割高になってしまう。今日のところは最低限だけを買って、本格的に買い溜めをするのは別の日にすることにした。まぁそれはそれで出直しする必要があるので面倒といえば面倒なのだが。はぁ。溜息が漏れる。
 面倒と言えば、本日の件で後日警察からも事情聴取がされることになる。また、仕方が無かったとは言え、父親の名を出し店の店長と会話をしてしまったことも痛い。そこから情報が伝わり、遼火としては少々面倒臭いことになることは既に間違いないのである。だが、何かと忙しい学生身分としては余計に時間を割かれると言うのは何とも遺憾である。
 一言で言うなれば、今日の自分は全くついていない。

「イデアな」

 だが、今日は直接イデアに触れ、その有用性や驚きの点などがはっきりと分かった。イデアの研究を始めてから実際にそんな事態に遭遇すると言うのは寧ろついていたとも言えるのかも知れない。思わず考え込み、うんと唸る。過去、探偵業の中で多少バイオレンスな世界に片足を踏み入れていた経験もあるにはあるが、一応これでも研究熱心な一介の大学生なのである。
 再び出来事を振り返り、どんなイデアがあったのかを考える。
 それは、水や炎を操る能力。好きな場所へ瞬時に転移をする能力。日常と非日常とを相互に錯覚させる能力。それぞれの人物の顔や場面場面を思い出すと、あの奇異な状況の数々が目に浮かぶように頭に浮かんだ。自分が目にした以外にも色々なイデア能力者があの場には居たのかも知れない。
 遼火は考える。

 もしも自分がイデアを手に入れるのであれば、それはどんなイデアであろう?

 理想を願う気持ちから得られるらしいイデア。人間は誰しも何かしらそんな気持ちを持っているものだ。勿論遼火とて人間である。理想もあれば望みもあるだろう。
 しかし、今のこうしたイデアの存在する世界となって数年が経った今でも遼火自身にはイデアが現れていない。遼火だけでなく、イデアを手に入れていない人間というのもこうしたご時勢の中でもそれなりに存在するのである。イデア習得の条件や習得した者にどういった変化が起こるのか、そうした能力と引き換えに何らかの副作用があるのか、まだまだ様々な面で明らかになっておらず、遼火にとってはだからこその研究対象であると言えた。

「どうせなら、もっと色々な能力を調べられないものか」

 強いて言うのなら、それが今の遼火の望み。

Re: 【合作】IDOL−A Syndrome ~全世界英雄症候群~ ( No.12 )
日時: 2015/09/20 00:37
名前: チャム ◆VFDOEYR7G2 (ID: 7c/Vukd1)

 ……考えていると、突然雨が降って来た。そういえば本日の空は雨模様であった。

「……あ」

 改めて思い返すと、傘をデパートに忘れてきたことに気が付いた。忘れてきたと言うか、そもそもどこに行ったのやら。テロリストに奪われた携帯は回収したものの、傘の方はあの騒ぎの中で完全に行方不明である。取りに戻るにしてもしばらくは警察の捜査で店に入ることも出来ない。
 しかしそうしている間にも雨足は強くなり、遼火は走り出した。雨は粒も大きく、次々服に染み込んでいく。
 なんでこんな突然大雨が。冷たいし、寒いし。くそっ、やっぱり今日はついてない!
 地面を大きく打ち付ける雨の道を全力で走り、コンビニへ向かおうとする。しかしそのコンビニが見つからない。この町は大都会と違い、客の取り合いになるばかりでさして意味を感じないほど互いに乱立しているような町ではないのだ。お陰でコンビニが中々視界の中に現れない。探している間にもどんどん体が濡れていく。背中を伝ってパンツの中にも雫が滑り落ちて一瞬ビクリと背筋が跳ねた。
 ああ、水を操って雨に濡れないようにしたい。炎を操って体を温めたい。いっそコンビニまで転移したい。ハ、ハ、ハクション! ……決して風邪を引かないイデアというのも案外便利かも知れない。
 一に急いで、二に急ぎ、三四も急いで兎に角コンビニへ。そうして50m走ったところで道路の対岸に漸く青看板のコンビニを発見する。しめた!
 ところがそんな時に横断歩道は赤。くそ。律儀に立ち尽くすこと1分。ブォン、ブォン。パプー、パプー。時速50kmは出ているであろう車共がやけにモタモタしているように感じてしまう。ウフフ。アハハハ。更に現れた楽しげな会話をする道行く傘差しカップルが今はやけに腹立たしい。いや別に嫉妬などではないのだが。こちらは既に全身はまるで行水のようにずぶ濡れで平然と構えている余裕は微塵もないのである。そして未だに信号は変わってくれない。ああもう早くしろ。ザァザァ、ブォン、パフー、ウフフフ、フフフ、アハハのハ。おいそこのバカップルさっさと失せろ。

「ええい!」

 痺れを切らし、右見て左見て、横断歩道を無視して対岸へ走る。向こう側の道路でギリギリ車と接触しそうになったがなんとか無事歩道に着艦。コンビニの入り口を目指す。
 そしてついに到着——。

「いらっしゃいま……」

 コンビニの中へ入ると、入店に合わせた店員からの挨拶が途中で止まり、レジに居たその愛くるしい女性店員が残念そうな目を遼火へ向けた。
 ポタポタポタ。体中から雫が店の床に滴り落ちて小さな水溜りが出来る。カゴを手に取り、一歩二歩歩いたものならその度に濡れた足跡が店内に形成されていく。店員にはその後微妙に視線を逸らされた気がした。

「……」

 こんな時、あのイデアはさぞかし便利だろうな。
 遼火は夕食分と翌日のパンとチョコレートと、あとは傘を取って会計に向かう。
 どうか忘れてくれと心の中で呟きながら、相手の顔は出来るだけ見ないよう目を逸らしつつ。


【Prologue・完】

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 ……。
 ピン、ポーン。それは時刻にして丑三つ時。雨に濡れた体を乾かし、疲れ切り熟睡していた遼火は、ふとその常識外れな音に無理やり起こされた。

 ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン——。

 こんな真夜中に何度も鳴らされる呼び鈴に、さすがに苛立ちながら玄関に向かう。
 一体誰なんだか。さっきの事件のことでやって来た警察か、既に辞めた事も知らずに過去の噂だけを頼りに訪れてしまった哀れな依頼人か、果ては——?

 ガチャリ。

「あのな、一体何時だと思って——」 
「こんばんは。それともおはよう? えっと、江藤さん? 江藤君? あ、遼火君かな?」

 そこには、何やら色々詰め込んでいるらしい大きなバッグを両手にぶら下げながら、何か期待を込めた目でこちらを見て立っている「郷烏柚子」が居た。

 …… …… …… ……。

「……は?」


【To be continued...】