複雑・ファジー小説
- Re: 月の女神と夜想曲 ( No.2 )
- 日時: 2015/08/09 14:52
- 名前: はしばみ ◆eXZITvSucg (ID: aRobt7JA)
朝に日が昇ることもなく、夕に暮れることもない。
星都はその日も、満天の星空によって明るく照らされていた。
人であれば、その空を見た悉くが夜だと言うだろう。
だがそういった常識は、この星都においては通用しない。
昼であろうと夜であろうと、その都市の空は星が支配している。
草木も眠る丑三つ時といえる景観でありながら、豊かな自然は活動している。
何故そんな、万物の法則に反する奇跡が起きているのか。
それを説明することは出来ない。元よりこの都は、そういう場所なのだ。
この都市に住まうのは、星たちだ。
人が夜、空を眺めて視界に映る星が意思を持ち、この都で生きている。
この都市から見た星は、そういう性質が具象化されたもの。
そうした世界で築かれた特異な文明は、名も無き星々の上位存在、星将によるところが強い。
星将とは即ち、星座そのものだ。
小熊座が小熊として顕現する。白鳥座が白鳥として顕現する。ペガスス座が天馬として顕現する。
幾万の星々の中でもそれら特別力強い存在が、この文明を正しく進化させているのだ。
そして、それら星将の最上位に位置する者がいる。
大いなる権限と、圧倒的な力。そしてこの都市最大の秘匿の知識。
全てを備えた十二人の男たち。
人々が黄道十二星座とした星将は人の姿をとり、神に程近く、ゆえにとある危機を覚えていた。
「……なんとも、ままならないものです」
端然としながらもどこか足取り重く、その男は歩みを進めていた。
それは現代人の人間感覚からすれば、あまりにも時代錯誤な風体だった。
古代ローマで一般的な上着とされていた白いトーガを纏う、ゆえに古風な雰囲気を持った男。
雪の如き白髪を長く伸ばし、その体は無駄なく引き締まっている。
その表情は難しい。現在進行形で悩んでいることは明白だ。
「無理難題ともいえますか。このような摩訶不思議な都市のことを何代と伝えるなどと」
周囲を見渡して、男は一冊の書物を目に留める。
それを手に取り、暫く眺め——溜息を吐いて戻す。
気の遠くなるほどの作業を続けていた男に差した光明は、再び消えた。
「やはり何処を探しても、ないものはないですか」
男の周囲には、遥か高い本棚があった。
どこまでも続くと錯覚する、長大な図書館。
ここは彼が管理を任された星だ。全ての文明が記した、あらゆる書物が此処にはある。
ゆえにあらゆる知識は、此処に納められる。そこに男は望みを託していたのだが……
「となると、やはり該当するのは二人」
懐から取り出した紙には、二つの名前と、その人物の詳細らしきものがびっしりと書かれている。
「姫たらんとする意気と知識は最低限、持っていてもらいたかったのですが……」
その二つの名前の持ち主は、彼を含めた星将が最も望む存在だった。
だが、どうやら二人は男にとって百点という存在ではなかったらしい。
仕方ない、とばかりに男は首を横に振る。
「構いません。それでもいずれは、目覚めてくれるでしょう。問題は——皆に認められるかですね」
彼が憂いているのは、他の星将についてだ。
十二星座の星将——十二星将は、この事柄について唯一知識を持っている。
当然彼もその一人だ。いて座の星将、イザヤという。
自身はともかくとして、他の星将がこの二人を認めるか。それが新たに、心配の種となった。
いや、大半は認めるだろう。なんだかんだ、順応するのが彼らだ。
あまりにも不安な約一名を除き、問題は少ないだろうが、その一名の問題が大きすぎる。
「……実に、ままならない」
同じ言葉を繰り返すイザヤは、これからの心労を確信しつつ、自身の星を後にする。
「まずはハイトへの報告ですね。この二人で決定すると伝えませんと」
手にある紙に、イザヤはもう一度目を通す。
人名の横には、それぞれ特殊な名詞があった。
——満月姫。
——朔夜姫。
これから彼ら十二星将が仕えることになる、二人の少女に付けられる称号である。