複雑・ファジー小説
- Re: 海辺のひより ( No.22 )
- 日時: 2019/03/29 10:40
- 名前: 美華 (ID: 8hur85re)
あれから、隼人と私は、一週間前別れを告げられたあのファミレスに来ていた。
2人ともジュースを頼むだけで、かと言って一口も口にする事なく、沈黙に身を任せていた。
いつもは髪型もバッチリ決めてくるのに、今日はボサボサでーーー下ろした前髪から覗く瞳を見ていると、それだけで満足だった。
愛おしいと思った。
私は隼人が好きで付き合った訳じゃない。隼人を利用していた自覚もある。
そんな私がこんな事を思っていいのだろうか。
私がじっと見つめているものだから、隼人は目をそらして「なんだよ」と言った。「こっち見んな」とか言わないのが、これまた可愛い。
愛してくれる人が目の前にいるという幸せ。私は愛れている自分に酔っていて、本当は隼人のことなんて好きじゃないんじゃないかなんて思ってた……だけど。
今となっては、ちゃんと言える。
「私、やっぱり隼人が好き」
本当はまだ、ただ単に酔いしれているだけなのかもしれない。でも、それでいい。恋は、心の麻酔だ。
麻酔が切れるまで、私は隼人に愛され、私も愛していたい。
隼人の返事は無かった。言葉の代わりに出て来たものは、彼の頬をつたる一筋の涙だった。
「…ごめん」
小さい声で、隼人は確かにそう言った。
「どう…したの?」
「やっぱりさ、ちゃんと話さなきゃダメだよな。わかってたんだけど、どうしても言えなかった。
……わかってると思うけど、別れようって言ったのはひよりを嫌いになったとか、そういう訳じゃなくて……
ひよりは俺にとって大切な存在だから…だからこそ、知られたくなかったし、それが理由で別れられるんじゃないかって思って…怖くて、先に離れようって思った」
そしてまた、小さな声でごめんと呟いた。
そうだった。私達はお互いの気持ちを確かめ合っただけで、まだ別れた理由も聞かされていなかったし、まだ別れている状態なんだった。
そう思うと何処と無く心がチクリと痛んだ。
思いが同じなら、また一緒にいられると思っていた私を恥ずかしく思った。
「どうして…なの?」
聞いていいのか、聞かない方が良かったのか。
これは私にとって得になるのか損になるのか。
もしかしたら、お見合いの話をもらったとか?いや、まさかね。今頃お見合いなんて、ないよね。
実は、私のことも好きだけど、他にも好きな人がいる……とか?
そんなはずない。そんなことあってはいけない。
「俺……病気なんだ」
「……え、…」
それは、私が予想していたよりも遥かに重いもので。
ちゃんと隼人の声は届いていて、理解できるはずなのに、頭がそれをさせぬと必死だった。
「…びょ、病気?」
「そう」
「え、何の?……治るよね?」
隼人は静かに首を横に振った。
「治らない…の?」
「治らない」
紡ぎ出された言葉は「別れよう」という言葉よりも残酷に、私の中に響いた。
ああ、きっとこれは罰だ。隼人を利用してきた私に、神様が罰を与えたんだ。
外はいつのまにか雨が降り出していた。次第に強まる雨は私達のこれからを暗示しているようだった。
【第1章-2(完)】