複雑・ファジー小説
- Re: 月の秘密とさいごの誓約 ( No.2 )
- 日時: 2015/09/05 01:00
- 名前: 凪砂 (ID: 0qnzCmXU)
ここは日本のどこか、
都心から遠く離れた田舎の村である。
誰もが溜息を吐くほどの美しい月夜と、
これまた浮世離れした風情のある風景が特長的な村。
その中枢部に、500坪は優に超える敷地と巨大な日本家屋を構え、
代々村を治めてきた一族が存在する。
その名をーーーー天下の月夜深という。
*第1章/1話『流風の決意』
平成21年12月31日。
大晦日の月夜深家は朝から大掃除におわれていた。
「……きったな」
視界に広がる黒い埃。カビのにおい。
わたしは咄嗟に両手で鼻と口を覆った。
背後から鋭い冷気が襲ってくるのをひしひしと感じながらも、その中へと歩みを進めていく。
生まれて初めて入った月夜深家の倉の中は、それはそれは凄まじい汚れようだった。
「お嬢。マスクしてください」
やたら背の高い男が呆れ口調でそう言い、わたしに白い布を渡してくる。
こいつはわたしの従者、新月 苦無(しんげつ くな)だ。
紺色の髪と瞳を持つ、俗に言うイケメンらしいが、腐れ縁のわたしにはいまいちよくわからない。
- Re: 月の秘密とさいごの誓約 ( No.3 )
- 日時: 2015/08/09 15:57
- 名前: 凪砂 (ID: 0qnzCmXU)
受け取った布を、鼻口を覆うように巻きつけ、再び倉の奥へと進む。
とにかく埃がすごい。この一言に尽きる。
誰も立ち入らないから、埃は積もりに積もって何重もの層になっていた。
倉の鍵を見つけるために、3年間放置していた両親の書斎を探ってみて正解だったとつくづく思う。
というのも、わたしの両親は3年前、わたしが中学1年生のときに他界した。
月夜深家先代当主の父は使用人たちに甚く慕われていて、父の死に傷心しきった使用人たちはあえて書斎には近寄らなかった。
だから、痺れを切らした現月夜深家当主であるわたしがそのテリトリーを侵してやったというわけだ。
「新月、ハタキ」
ん、と手のひらを新月に向ける。
「相変わらず人使い荒いですね。……取ってきます」
新月は白く濁った溜息を吐きながら、嫌々という風に去っていった。
あいつはいつも一言多い。
あれが主に対する然るべき態度なのだろうか?
「…………」
まぁいい。
そんなことより今はこの臭い倉をどうにかしなければならないのだ。
気を取り直して、割烹着の袖を少しまくる。
埃が落ちてくるので、上の方からさっさと片付けてしまおう。
- Re: 月の秘密とさいごの誓約 ( No.4 )
- 日時: 2015/08/10 12:10
- 名前: 真冬 (ID: HTIJ/iaZ)
「ふぅ」
倉の掃除を始めてもう結構な時間が立つが、始める前と比べて結構片付いてきた。
物が多かったので、窓を開け、一度全てを外に出し、ハタキなどを使って倉を掃除してから、もう一度中に運び込む。
一人ならば大変な作業だったが、新月もいたので滞りなく進んだ。
しかし後少しというところで足元の何かに足を滑らせた。
「うわっ!」
「……っ!お嬢!」
咄嗟に近くにいた新月に支えられ、事なきを得た。
「大丈夫ですか」
「ああ」
「それはそうと、いきなりどうしたんですか」
「……何かに足をとられたんだ」
わたしを転ばせた正体を見る為に足元を見ると、そこには巻物があった。
運んでいる最中に何処かから落ちてしまったのだろうと考え手に取ったが、ふと興味がわき、中を見た。
- Re: 月の秘密とさいごの誓約 ( No.5 )
- 日時: 2015/08/24 01:54
- 名前: 真冬 (ID: 0qnzCmXU)
´´一年集めてしたはせるとき
汝の願叶はむ
努努忘るるなかれ
これは神のお告げなり´´
ーーーー聞いた話によると、月夜深家は平安初期あたりから存在するらしい。なんでも、月の神様を守護するためにわざわざつくられた家なのだとか。
だから、長い間放置されていた倉にこういう巻物があっても、胡散臭いとは思うが不思議なことではない。むしろ、ある方が自然なのだ。
そんなことを考えてから、真っ先に頭に浮かんできたのは眠ったままの妹--流凪のことだった。
三年前に他界した両親の後を追うように倒れた流凪は、原因不明のまま未だ眠り続けている。
何より流凪を溺愛していたわたしは、正直両親の死よりも動揺していたと思う。
´´汝の願叶はむ´´
この言葉は妹を助けるチャンスなのかもしれない。
- Re: 月の秘密とさいごの誓約 ( No.6 )
- 日時: 2015/08/12 10:03
- 名前: 優 (ID: mnC5ySyz)
「お嬢 これは」
「巻物」と当たり前のように返事をしてから倉の壁際においた。新月は腑に落ちない表情をしながらもそれ以上は何も言ってこなかった。
巻物から一旦はなれ、わたしは掃除を再開した。それからは特に珍しい物は見つからず、ほこりまみれになりながらも掃除を終えた。わたしは巻物を持ってすぐに流凪のとこへ向かいたかったが、この格好では……と思いお風呂でさっぱりしてから向かった。新月をほったらかして。
ー流凪はこの家の和室で眠っている。
ー畳に敷いた綺麗な布団でずっと眠っている。
痩せ細り、顔の血色はとても悪く髪は好き放題にのびている。わたしが出来ることは前髪を定期的に切るくらいだ。
掛け布団の規則的な膨らみでかろうじて息をしているのが分かる。なんとかしなくちゃ、もしかしたら明日は会えなくなるかもしれない、そんなどうしようもない思いがずっと燻っている。こんな古い巻物に頼るしかないのか?
わたしは流凪に「必ず助けるから」と言って部屋を後にした。
- Re: 月の秘密とさいごの誓約 ( No.7 )
- 日時: 2015/08/24 01:56
- 名前: 凪砂 (ID: 0qnzCmXU)
自室に戻ったわたしは、もう一度巻物を開いて、今度はじっくり読んでみた。
この巻物の内容を直訳すると、『1年っていう何かを集めてそれらを慕わせると、願いが叶う。決して忘れるな。これは神のお告げだ』ってことになる。
……願いが叶う、か。
もし、これが本物だったら?
いや、でもよく考えたら“1年”って何かわからないし、慕わせるってことは少なくとも動物を相手するということ。
得体の知れない何かを自分のモノにするなんて、考えただけでも苦戦することは目に見えている。
「流凪……」
だけど助けたい。
わたしのたった一人の肉親を、この身に代えても守りたいと思う。
- Re: 月の秘密とさいごの誓約 ( No.8 )
- 日時: 2015/08/24 01:58
- 名前: 真冬 (ID: 0qnzCmXU)
「お嬢」
思考の渦に呑まれていたわたしは、突然の声に驚いて、ピクリと体を震わせた。
当の声の主は、わたしの返事も待たず、勝手知ったる様子で襖を開け部屋に入ってきた。
「おい、勝手に入ってくるなといつも言っているだろう」
「今さらです。と言うか、やることは最後までしてください」
「?倉の掃除ならしたじゃないか」
「道具の片付けです」
「あっ……」
そこでわたしはやっと、道具をほったらかしにしていたことを思い出した。
改めて新月を見ると、すでに着替えていたので、あの後、道具は新月が片付けたのだろうということが分かった。
「ところで、その巻物がどうしたんですか?倉で見つけてから挙動不審でしたよ」
「……わたしにもよく分からん。ただ、これは流凪を助ける手掛かりになるかもしれない」
「!……そうですか。ですが、そろそろ夕食の時間です。考えるのは後にしてください」
「嗚呼、そうだな」
「では、先に行ってます」
「分かった」
夕食を食べた後、昼間出来なかった月夜深家当主の仕事等をしていると、あっという間に就寝の時間になった。
巻物の事を考えなければと思ったが、布団を頭から被ると、今朝の掃除で疲れが溜まっていたのか、鳴り響く除夜の鐘を子守唄に、わたしは意識を手放した。
- Re: 月の秘密とさいごの誓約 ( No.9 )
- 日時: 2015/08/19 20:34
- 名前: 凪砂 (ID: 0qnzCmXU)
元旦、わたしは新月の声で目を覚ました。
「起きてください」
いつも通り抑揚のない声音に若干イライラしつつも、無理やり瞼をこじ開ける。
薄っすらと開けた視界には、先ほどの声音とは裏腹に思いっきり破顔した新月が映っていた。
「お誕生日おめでとうございます、お嬢」
……なるほど。
普段ポーカーフェイスな新月がこんなにもニコニコしている理由は“これ”か。
あけましておめでとうより先に誕生日おめでとうを言うあたりが新月らしい。
でも正直なところ。
「仕事明けの熟睡を妨げられても嬉しくない」
正論だと思う。
- Re: 月の秘密とさいごの誓約 ( No.10 )
- 日時: 2015/08/19 20:27
- 名前: 真冬 (ID: 10J78vWC)
「そう思うなら時間通りにちゃんと起きてください」
時計を見ると、いつも起きる時間はとっくに過ぎていた。
新月はその後、慌てて支度をしたわたしを、大広間へ連れていった。
「おい!わたしはまだ朝食もたべていないぞ」
「わかっていますよ。と言うか、お嬢。まだ寝ぼけているんですか?」
「?……あっ、わたしの生誕祭」
「そうです。今日はお嬢の生誕祭ですよ。昨日準備したばっかりじゃないですか」
わたし逹がそんな話をしている内に着いた大広間からは、人の声がしていて、少し騒がしかった。
大広間に着くまで新月は終始笑顔で、それが少しキモいと思ったのは余談だ。
中に入ると、村に住んでいる人々が用意された席に座り、各々談笑していた。
テーブルの上には豪華な食事が並べられていたが、手を付けられた様子がなかったのは、わたしを待っていたからだろう。
わたしの姿が見えた途端、談笑していた声はなくなり、皆がわたしの方を向いた。
- Re: 月の秘密とさいごの誓約【修正中】 ( No.11 )
- 日時: 2015/08/20 16:27
- 名前: 凪砂 (ID: 0qnzCmXU)
その目は、もう“先代の娘”ではなく、きちんと“月夜深家当主”としてのわたしを見ていた。
ーーこの生誕祭は、わたしの誕生日の祝福と新年の挨拶を兼ねている。どちらにも、また今年も頼みますよという意味合いが含まれている。
わたしは、顎を少し引いてみんなを見渡した。
そんな、ガチガチに気合いの入ったわたしに、手前に座っている村のおじさんたちがふんわりと笑いかけてきた。
「当主様。お誕生日おめでとうございます。それと、新年明けましておめでとうございます」
「当主!今年もよろしく頼んます!」
その声を皮切りに、村の者たちが次々と言葉を掛けてくる。
嬉しいけど……さすがは烏合の衆。
我先にと言葉を飛ばしてくる村の者たちのせいで、わたしの耳がおかしくなってしまいそうだ。
「ふふっ……わたしは聖徳太子じゃないぞ」
緊張が解け、思わず笑ってそう呟くと、後ろに立っていた新月が手を叩いた。
再び沈黙が訪れる。
「それでは皆さま、お手元のグラスをお持ちください」
掛け声とともに、みんなが一斉にグラスを手に持った。
わたしも新月に促されて、上座に着くとグラスを持つ。
「では、月夜深家当主ーー月夜深 流風様、音頭を」
新月が耳元でそう言い、わたしは意気揚々とグラスを掲げた。
「今日はわたしのために生誕祭を開いてくれてありがとう。お礼に今日1日は無礼講とする。思う存分楽しめ。
ーー月下村の繁栄を願って、乾杯!!」
「「乾杯!!!」」
- Re: 月の秘密とさいごの誓約 ( No.12 )
- 日時: 2015/08/23 16:36
- 名前: 真冬 (ID: 0qnzCmXU)
そこからは、まさしく祭であった。
料理を楽しむ者もいれば、酒を酌み交わす者、無礼講の言葉を免罪符に、前にでて芸を始める者もいた。
行動は様々だったが、皆笑顔だった。
わたしは、始まってしばらくは話しかけられたりしたが、すぐに自分たちだけで盛り上がり始めたので、隅により、その様子を眺めることにした。
「皆楽しそうな表情をしているな」
小さく零した声に、ふと流凪のことを思い出した。
眠っていなかったら今頃、皆と一緒に笑っているんだと思うと、早く何とかしなければという気持ちが強くなった。
そうなると、やはり気になるのは巻物だった。
謎が多く、まだはっきりとしたことは殆ど分かっていないが、願いが叶う、それはとても魅力的だ。
だが、一年が何なのか、まずそれが分からなければ意味がない。それに、分かったとしても探すとなれば、わたしには当主の仕事もあるため、十分な時間をとれるか分からない。
と、そんなことを考えている時
「お嬢、こんなめでたい日にそんな難しい表情は合いませんよ」
「!……新月か。少し、考え事をしていたんだ。探すものも分からなければ、探す時間も無い」
「……何を考えていたのか詳しいことは分かりませんが、当主の仕事に関しては、少しくらい他の者に任せても問題無いと思いますよ」
「……時間はある、か」
「決めるのはお嬢です。どんな決断であれ俺はそれに着いていきます。まぁ、今は祭を楽しみましょう」
新月はそう言って、皆のもとに行ってしまった。
- Re: 月の秘密とさいごの誓約 ( No.13 )
- 日時: 2015/08/23 22:11
- 名前: 凪砂 (ID: 0qnzCmXU)
クセのないサラサラした紺色の髪が揺れる。
新月の後ろ姿を見ながら、ふと思いついた。
あいつはわたしより長く月夜深家にいる。
だったら、この家のことについてはあいつの方が詳しいんじゃないか?
……頼るのは少し癪だが、あいつにも一応話しておくべきか。
そんなことを密かに考えてから、数時間後。
結局祭りは昼を過ぎ夜まで続いた。
生憎わたしは月夜深家の仕事があるので途中で抜けたけど、夕飯の時間に部屋に戻ってみると子供が増えて朝よりどんちゃん騒ぎだった。
毎度のことだが、村のみんなの精力に呆れて物も言えない。
ありがたいとは思うけど、どうせこのままみんな酔い潰れて帰れなくなるのがオチだろうと考えると少し面倒だ。
その前に客間を用意させようか。
わたしは新月を捕まえて、月夜深家にある客間を全て開放した。
自慢じゃないが月夜深家の屋敷は相当広いので、一周するのにだいぶ時間と体力がいる。
新月はともかくわたしはもうヘトヘトだ。
「大丈夫ですか。……生きてますか?」
こんな失礼な言葉にもいちいちつっかかっていられない。
そうだ。そんなことより、体力が残っている今のうちにあの話を聞いておこう。
「新月……お前、この巻物に書いてあることで何か知らないか?」
懐から例の巻物を取り出しながら聞いた。
- Re: 月の秘密とさいごの誓約 ( No.14 )
- 日時: 2015/08/23 17:43
- 名前: 真冬 (ID: 10J78vWC)
新月は巻物を読み終えるとわたしの方を向いてこう言った。
「そうですね。‘‘一年’’というのを12ヶ月と置き換えると、一つ心当たりがあります」
「そうなのか!?」
「はい。月夜深家には以前、月使と呼ばれる12人が仕えていたそうです」
「わたしは全く知らなかったのだが」
「俺も先代に軽く聞いた程度ですが、いろいろ謎のある存在だったそうです」
「なんだ?その謎とは」
「確か、その12人は不思議な力が使えた、とか」
やはり新月に全て話して良かった。
その‘‘月使’’が必ずしもわたしの探す‘‘一年’’であるとは限らないが、何も分からなかった先程と比べれば、俄然進展している。
とにかく『月使を見つける』という一先ずの目標が出来た。
- Re: 月の秘密とさいごの誓約 ( No.15 )
- 日時: 2015/08/27 18:30
- 名前: 凪砂 (ID: 0qnzCmXU)
「……新月。わたし決めた。その月使とやらを見つけに行く」
わたしは新月を見上げながら、揺るがない強い決心をした。
不思議な力?それがなんだ。
何年かかってもいいから、死ぬまでに必ず見つけ出して慕わせてみせるんだ。
……絶対に。
「そう、ですか」
瞳を爛々と輝かせ意気込むわたしに、新月は少し考える素振りを見せる。
そして、すぐに何かに納得したように頷いた。
「わかりました。その代わり、俺も行きます」
「え?」
「当然でしょう。まさか一人で行くおつもりでしたか?」
「……」
手をこめかみに当て、わたしは俯いた。己の無鉄砲さに呆れる。
猪突猛進なうえに考えなしとは、情けない。
新月は項垂れるわたしの髪をわしゃわしゃと掻き回した。
「繰り返すようですが、俺はお嬢が決めた道ならどこへでもついていきます。もし嫌だと言っても、追い回しますから」
追い回す、って。
わたしが新月を拒めるわけないのに。
新月はわたしのストッパーとして、必要不可欠だということを今更ながら実感させられたからな。
だけどそれを言うとあいつは調子に乗るに違いないので、いちいち言ったりはしない。
「……一言、余計だ」
「可能性の話ですよ。さあ、皆さんのところへ戻りましょう、お嬢」
その後、わたしと新月は大広間に戻り、予想通り泥酔している村の者たちに『月使を見つける』意図を話した。
ほとんどの者がすでに寝に入っていたが、別に咎めることはない。
村の者たちの知る必要のないことだからだ。
それより、この人の山をどうするか。
わたしには大人一人を担げるほどの腕力はない。
ここはわたしの出る幕ではないな。
そう思い、使用人たちにさっさとみんなを客間へ運び込むよう指示したとき、誰かが呟いた。
「“月使”といやあ、先代の腰巾着だったあいつ。最近見ねぇけど、どうしてっかなぁ……」
意外だった。
しっかり話を聞いていたやつがいた。
しかも、“月使”を知っているような口振り。
なんてついているのだろう。
わたしはその者に詰め寄って、“月使”の情報を問いただした。
すると、その者は軽く笑いながら首を傾げた。
「確かまだ月下村にいると思いますよ?」
ーー霜月、貢 十一(みつぎ とういち)が。
【1話 完】