複雑・ファジー小説
- Re: スピリットワールド【合作】 ( No.53 )
- 日時: 2016/01/07 13:05
- 名前: 雅 ◆zeLg4BMHgs (ID: KNtP0BV.)
戦いの始まりというのは、嫌に唐突に訪れるもので。
死体処理をしていた俺とシルフは、突然の襲撃に対処も取れず、とにかく必死に逃げ惑うばかりだ。
「伝斗! 武器はっ!?」
「んなもん持ってるわけねぇだろ!?」
敵をうまくかわし逃げるシルフの後を追っていたら、足元に気づかず迂闊にも躓いた。
いや、躓かされた。国王軍がわざと脚を引っ掛けたのだ。
こんなのにも引っかかるなんて、情けない。
自分の無力さに呆れる間もなく、そいつは剣を真っ直ぐ振り下ろした。
「うわっ」
がぎん!
金属の音が響いた。頭に衝撃はない。
誰かが防いだ?
ギュッと瞑った目を恐る恐る開けると、白髪の少年が目の前に立っていた。
「……そら?」
まず、驚いた。
空が俺を守っている、これは夢?
いや、この前助けた借りを返しただけだろう、空のことだから。
それとも……これは期待していいのかな?
わずかな希望に胸を震わせたとき、一瞬、チクッと頬に刺激が走った。
笑いかけたいのに、だんだん筋肉が強張っていく。
頬から、額、そしてそれは頭の奥の奥へ……。
凍りつく脳。麻痺していく感覚。
俺は————例え空が記憶を取り戻したとして————喜んでいいのか?
本当なら抱くはずがない感情に、俺は動揺した。
「ソラッ!」
赤髪の厳つい男が刀を振りかぶって駆けてくるのが見えた。
逃げなければならない状況なのだろう、しかし俺の足は動かない。
逃げるべきなのか? きっと俺は今そんなことを考えているはず。
逃げるべきに決まっているだろう。そう思い込もうとすればするほど、別の考えが頭を埋め尽くす。
何故逃げなければならない? 逃げる必要はないだろう?
……死にたいのか、俺は。
自分がないを考えているのかわからない。
混乱して、もうどうしようにもできない。エラーだ。
一人考え込む俺を、突き動かしたのは、ソラだった。
急に手を引かれた。
「空、お前何を……っ」
お前は俺を忘れたんじゃないのか?
そう言おうとしたが、先に頭の中が先ほどの続きでいっぱいになった。
空はいいヤツだ。
もしかして俺は……空を信用できなかった? そんな筈は……。
気がつくと人の少ない場所へつれて来られていた。
思わずその手を振り払う。
……いや、振り払おうなんて思ってなかった。手が、勝手に。
空は真っ直ぐ俺を見つめていた。
「空。急になんなんだよ。どうせ、俺や時雨たちとの思い出なんて全部覚えてないくせに……」
「ごめん、忘れてて」
“ごめん”。
いつも仲直りはソラのこの言葉だった。俺から謝ったことなんて、ない。
ああ、空だ。俺の知っている空だ。
「……じゃあ、俺が一学期の期末テストで取った点数は?」
「67点.中間より下がったって言ってたよね。もっと勉強しなよ」
「うるせぇ」
茶化すように、空の肩を軽く小突く。
空は困ったように笑った。
「でも、ホントごめん。みんなのこと忘れるなんて、どうかしてた」
「さすがの俺でもちょっとへこんだんだぞ? あっちの世界帰ったら何か奢れ」
「いつもそれじゃん」
ソラが笑った。俺も笑った。
懐かしい、でも、何かが違う。
なんと言うか……雨雲が広がるような、そんな不安。
俺は何を考えているんだ……?
次の瞬間、切っ先が茂みから飛び出してきた。
サラマンダー!
「殺すっ!」
空は手際よく刀を抜き、バックステップで距離を取る。
後ろには、崖。
「ソラ……ッ」
「お兄ちゃんっ!?」
シルフの声がしたかと思ったら、空がふっと姿を消した。
崖から落ちたのだ。サラマンダーと一緒に。
「そ……」
「伝斗! 危ない!」
シルフの声がして、俺の姿は影に覆われた。
見上げると、空と話していた男が、今、そこで刀を振り上げていたのだった。
体を捻って地面に尻餅をつく。
「こっちに逃げて! 伝斗!」
「そんなのわかって……い……ッ!」
脇腹に、鋭い痛み。
地面につっこむように、転がって距離をとる。
何なんだよ、このおっさん。俺は大人が大嫌いだというのに。
意地だけで立ち上がろうと手を突く。
脇腹から血が滴った。
俺、の……血?
「うりゃぁーッ!」
シルフが男に体当たりするが、むなしく、シルフのほうが吹っ飛ぶ。
バカか、体格からして無茶だろ。
「シルフだけでも逃げろ、助けを呼べ……」
大声を出したつもりなのに、口から零れたのは喘ぐような声。
……ちょっときついかも。
「でも、伝斗……」
シルフが俺を見た。
哀れみの目。俺が一番嫌いな表情だ。
はらわたからこみ上げてくる嫌悪感が口からあふれ出る。
「早く行けよ! お前なんかに何ができるって言うんだよ!! チビの癖に!!」
シルフは何かを言いかけて、唇を震わせて、泣きそうな表情をして……何も言わず、走っていった。
言い過ぎなのはわかってる。
俺は空みたいに小さい子に優しくとか、そういうのできないから。
……ごめん。
近くの枝を手に取り、震える足で立ち上がった。
「俺を殺せよ……はやく……」
苦しい。苦しい。痛い痛い、痛い。
苦しさの裏で、何故だか、満足感に近いものを感じた。
ああ、これで死ねる。俺は……ようやく死ねる。これが喜ばずにいられるだろうか。
そう思うと、すごくポジティブになって、何でもできるような気さえした。
真っ直ぐ棒先を男に向ける。視界が揺らいだ。
男の姿が、『あの男』と重なる。
「さあ、殺せよ。
一緒に地獄に突き落としてやるよ…………父さん」
大きく振るった枝は彼に届く前に地面をとらえ、膝から崩れ落ちる。
おかしいな、死ぬってこんな簡単なことだっけ?
だったらなんで、なんで俺はあの時死ななかったんだっ……け。
いよいよ立てなくなり、かすんだ視界にカラスのような黒が舞い降りた。
悪魔? やっと俺を迎えに来たのかな……。
重たいまぶたをゆっくりと閉じると、頬を暖かいものがつたった。