複雑・ファジー小説

Re: スピリットワールド【合作】 ( No.71 )
日時: 2016/02/15 13:34
名前: 雅 ◆zeLg4BMHgs (ID: F5aTYa7o)

その洞窟には多くの負傷者がいた。
中に収まりきらないのか、外で手当てを受けているものもいる。
その中にシュリーの姿もあった。

「おおおー! 坊主も元気かー!」
「あ、まあおかげさまで」
「おおおおー! ケントも無事かー!」
「何で負傷者のお前がそんなに元気なんだ。
安静にしろ、シュリー」
「ケント、お前少し老けたな」

ケントは何も言わずに、シュリーの隣に腰を下ろした。
呆れてモノも言えないって、こういうことだろうな。
何はともあれ、無事そうでよかった。

「今日は異常に負傷者が多いな。死体数のの割りに」
「近くに援軍がいたから助かったらしいぞ。
しかも今回はやたら気絶してたヤツも多かったしな!
ようするに、ラッキー! ……ってヤツだ。運がよかったよな、俺たち!
あ、そうそう。負傷者には人間も多いらしいぞ。
赤い髪の何とかって強いやつもいるらしい」

赤髪!
脳に電流が走った。
一度だけ俺を殺そうとした男。
そして俺が……撃った。
唇が震える。

「……生きてる、のか」
「さあな、目を覚ましてないって話だぜ。
なんでも頭をぶち抜かれたとかで、相当重症らしい。
まあ、ここで言う負傷者の多くは死に損なったけど助かる見込みのないヤツが多いからな。
死んでも不思議じゃねぇよ。
もう少し技術があるヤツがいればいいんだろうけど、ないものは仕方ないだろ。
お。ケント、どこ行くんだ?」

シュリーの話の途中にもかかわらず、ケントは立ち上がった。

「お前みたいな元気なやつの相手より、洞窟の奥の怪我人の世話が優先だろ。
動けるなら少し手伝えよ」
「いんや、俺はもう少しここにいる。
ケントみたいに天才じゃねえから、魔法使えないしなー」
「はあ? 努力不足って言うんだよ、シュリーは。
グダグダしてないで、あとで小僧と手伝いにこいよ」
「俺も!?」

ケントの背を見送るシュリーの顔は、どこか寂しそうだった。

「ケントはさ、もともと生真面目なヤツなんだけど、あいつの兄貴が死んでからずっとあの調子だ。
母親も患ってるらしいし、そこへ来て父親が幼い頃に行方不明ときたら、
誰だってああなるよなぁ」
「行方不明? 戦死ではなく?」
「ああ、行方不明。戦争が始まる前だよ。
ある日出かけて帰ってこなくて、魔物総出で探したけど見つからなかった。
どっかのジジイが、人間の実験に利用されたんじゃないかって言ってたな。大昔にはよくあったんだとよ。
そんなことがあったら、嫌でも人間が汚く見えるって。
あ、坊主も人間だったな。わりぃわりぃ」

こう言われると、彼らが嫌いになるまでいかなくても、いい気分はしない。
革命軍は人間を非難する魔物の集りだとわかっている。
当然自分が悪く言われても仕方がない。仕方はないが……。

「あ、お前って字とか読めるのか? 国王軍みたいに」
「え? あ、ああ。読めるよ、一応」
「じゃあさ、ケントに教えてやってくれよ。
ただでとは言わないからさ、な?」

頭を下げるシュリーが、いつかの俺と重なる。

“頼むッ! 俺に勉強を教えてくれッ!”

彼が転向してきた日。そしてその前日から、俺の家には3日ほど叔母がいた。
酒を飲んで愚痴る彼女があまりにも嫌いで、どうしても家に帰りたくなかった。
逃げ場を探さなきゃ。でも、知り合いの家はダメだ、連絡される。
そこで何とか転校生の家に転がり込もうと考えた。
『教えてくれ』は俺にとって絶好の言い訳ってところだ。

ふと我に帰ると、シュリーはさらに頭を垂れていた。

「あ、ごめん。大丈夫、文字の読み方ぐらいでそんな頭下げなくても。
シュリーにもちゃんと教えるから」
「俺はいいよ。どうせ憶えられねえ。巨人って言う生き物はどうも脳が弱くてさ。
だから俺の分までケントに教えてやってくれよ。
……あいつ、回復魔法で人を助けたいらしいんだ。だからさ」

……本当に二人を見ていると、友情ってヤツを思い知らされる。
本当に綺麗で、強くて……もろい。
絆ってそんなものだ。どちらか絶とうとすれば、簡単に切れる。
そう、いとも簡単に。
空なんていい例だ。親友なんて信じていたのは、俺だけだったらしい。

「よし、そろそろケントのヤツを手伝いに行くかー!
坊主もくるんだろ?」
「……シュリーは優しいね」
「は? 優しい? ……まあな!
俺って優しいからな! はっはっは!」

たぶんこの人はまだ裏切られたことがないんだろう。
羨ましい。羨ましい。頭の中で繰りかえす。
それを意識すると、頬の表面がチクッと傷み、全身が凍りつくような感覚に襲われる。
ああ、羨ましい、羨ましい。妬ましい。妬ましい! 憎い憎い憎い!

「……坊主?」

シュリーが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
全身の氷がぱりぱりと音をたてて溶けていく。
……何だ、今の?

「どうした?」
「いや、なんでもない。早くケントのところへ行こうぜ」

前だけ向いて真っ直ぐと歩く俺を見て、シュリーが首をかしげていた。
が、「まあいっか!」みたいなことを言ってずんずん歩いていく。
気楽な人だ。

俺が壊れるまでのリミットは、だいぶ近い。