複雑・ファジー小説

Re: スピリットワールド【合作】 ( No.73 )
日時: 2016/02/16 02:06
名前: 雅 ◆zeLg4BMHgs (ID: F5aTYa7o)


その人は、確かに息はしていた。
頭に血で朱に染まった包帯を幾重にも巻かれ、その目は固く閉じていたとしても。

「無理だろ。こいつはさすがに助からない。
と言うか助かったら奇跡だ。相当の根性の持ち主だな」

この大男の名は、グレン。グレン・サルガーナ。
氷の中将とも名高い、国王軍の兵士の一人。
こう巨人たちに囲まれていると遥かに小さく見えるのは、たぶん目の錯覚。
でも、戦場で見たときもごついって言う印象はなかったな。

「脳天ダーン!って撃たれても息してるのかよ、コイツ。すげぇな」
「シュリー、うるさい」

ケントはあちこち忙しそうに動き回っている。
回復魔法って言うのは想像以上に重宝するらしい。
俺から言わせると全部宗教めいて見えるんだけどな。

「ったく、人間でも生かしておけとか。
相変わらず無茶言うよな、あのリーダー様はさ」
「あんな若造のくせしてなぁ」

近くで誰かが愚痴を言っている。
リーダー様、ってことは人間をわざわざ助けているのはサラマンダーの指示なのか?
まったく、あいつの考えていることはよくわからん。

「大体あんなイカれた子供をリーダーとか言うからおかしくなるんだろ。
誰かがちゃんと大人の偉さを見せ付けるべきだって」
「誰がそんなことするんだよ。殺されるぞ」
「みんなでやればいいじゃんか、『赤信号、みんなでわたれば怖くない』ってな」

赤信号? 何でそんな地球カルチャーが聞こえてくるのか。
『人間失格』といい、謎の名簿と言い、妙なことが立て続けに起こる。
意外と俺ら以外にもこっちに飛ばされた人がいるんじゃないか?
そんなことを考えながら聞いていると、やつらの視線が俺に集った。

「その辺にしろよ、あの人間がいるんだからさ」
「どこだよ?」
「あのうっすい髪のやつ」
「ああ、なんだ。ついでにあいつにも一言警告しといてやろうぜ」
「やめろって」

うっすい髪とか言うな。その言い方だと俺ハゲちゃうじゃん。
ちゃんと色が薄いって言ってよ。
そいつは周りの言葉にかまわず、俺の後ろから近づいてくる。
ふりむくと、すぐ真後ろに牛男が立っていた。
後ろに牛男って、なんかダジャレっぽくね? どうでもいいか。

「おい、人間。一つ教えといてやる。
あのリーダーとか何とかって言ってる子供だがな、あいつは親しい人間も平気で殺す。
あんまり関わらないほうがいい」
「おい! やめろよ!」

口々に彼を止めにかかるが、牛男は話すのをやめない。

「しかもやり口が残虐だ。
やつは昔自分が育った村ですら一晩で焼き尽くして、女や子供かまわず皆殺しにした。
さらに全部首を持ち帰ってきたんだよ。異様な光景だった、あれは」

急に止めていた男たちがいっせいに黙った。
牛男は気づかずにはなし続けていたが、
他の魔物たちは慌てて仕事をしているふりをしたり、気まずそうな目でこちらを窺ったりし始めた。
そして、その理由を俺も悟った。
一人の少年が洞窟に入ってきたのだ。

「サラマンダー……なんでここに」
「ひえっ!? なっ……」

牛男は言葉にならず、後ずさりする。
サラマンダーはそんな牛男を一瞥した。
しかし何も言わず、すぐに彼はグレンと言う男のもとへ歩む。

「サルガーナ……間違いない。あの時と変わっていない」

ぶつぶつと何かつぶやいたあと、大きな声で「この男は絶対に殺すな」とだけ残して、サラマンダーは洞窟を出て行った。
直後、安堵のため息と緩んだ空気で洞窟の中が満たされた。

「いつあいつが戻ってくるかわかんねぇな」
「手当てだけしたら俺たちは帰ろうぜ」

口々に呟くと、皆一斉に洞窟を出て行った。
その中にはわけがわからないような顔をしたシュリーや、ため息をつくケントもいた。
俺と、眼を覚ましていない大量の魔物や人間兵士だけが残った。
あたりが急に静寂に包まれる。
今までまったく知らなかったが、これが今の革命軍の現状。

「……ここは……どこだ」

傍らに寝ている兵士が眼を覚ましたようだ。
呻くような声で、場所と時間を尋ねてくる。
これって、素直に答えていいんだろうか。

「今、あなたの手当てをしているんです。大丈夫ですか」
「ああ……水、水をくれ」

目は開けていない。
水を汲みにいこうとしたそのとき、頬がチクッと痛んだ。
顔が、脳が、全身が、氷に覆われていく。
痛くて、痺れて、心まで麻痺してしまいそうなほどの冷たさ。
衝動的に。そう、衝動でナイフを手に取り、振り上げた。

「水を……み、ぐっ……」

勢いよく喉に突き立てる。
刺した刃に肉が絡みついて、抜けにくい。
やっとのことで抜くと、もう一度突き立てた。
今度は、ゆっくり。奥の奥まで刃先を押し込むように。
何度も、何度も。
刺すたびに肉が絡みついて、抜くたびに血があふれ出す。
ぐじゅぐじゅと気持の悪い音を立て、その兵士は死んだ。

「俺が殺した……俺が……殺した」

手は、血まみれだった。
きっと顔まで飛んだのだろう。唇を舐めると、鉄分の味が身に染みる。
不思議と、嫌な気分はしなかった。もっと、こう——。
グレンとか言うヤツに引き金を引いたときは気づかなかった、このなんとも言えない感情。
そうだ、次こそ俺はグレンを。
ナイフを手に取り、グレンに歩み寄る。
殺してやる! 殺してやる!
ちゃんと覚悟してナイフを振り上げたのに、俺の気合ははかなく散った。
グレンの赤い目が、俺を捕らえてた。

「え」

恐怖、戦慄。
俺は何をやっている?
気がついたときには体を覆う氷のようなものはなかった。
俺は普通の中学生。何をやっているんだ。
脱力感に襲われ、崩れ落ちる。
俺は、さっき何をした?
自覚がなかったじゃ済まされない。
俺が……殺した。
グレンがこちらを見、何か言いかけた、そのとき。
一陣の風が吹き、大男の胸は抉られたように穴が開いていた。
その背後に見えるのは、黒髪の少女。

「ラッキー、本当に僕ってば今日はついてるなぁ」

青い瞳の少女はにっこりと微笑んだ。