複雑・ファジー小説
- Re: スピリットワールド【合作】 ( No.81 )
- 日時: 2016/03/09 09:50
- 名前: 雅 ◆zeLg4BMHgs (ID: F5aTYa7o)
空の姿が見えなくなった。
殺さなかった空の本心はわからない。
一思いにやってくれればいいのに。臆病なのか、何なのか。
そっと、自分の首筋に指を這わせる。
ぎゅ……っと力を込めると、喉が痛苦しくて、なんか落ち着く。
別に今に始まったことではない。昔からそうだった。
まるで首を絞めることが、限りなく神聖な行為だと言わんばかりに。
—————
俺は空がうらやましかった。
何も気にせず夢中になれるものを持つ空が。
努力を支えてもらえる空が。
身の上の不幸を同情してもらえる空が。
本当の親でないとはいえ、優しい家族を持つ空が。
——自分にないものを、何食わぬ顔で手にする彼が。
それをわかりやすく実感したのは、中学に入ってすぐ。
ちょうど、部活を始めた頃。
空は早くも剣道部のエースを座を取り合う存在だった(このとき空って一年だよな?)
それはまあ、友人として普通に嬉しかった。
俺はバスケ部に入部した。
もともとスポーツは得意だし、好きだし。
バスケはその中でも特に好んで公園とかでやってた。
顧問からも初心者の割にはいい選手だといってもらえて、本当にバスケが好きだった。
今もバスケは好きだ。でも、部活ははじめの1ヵ月半で行かなくなった。
“この前制服とか買ったでしょ。お金ないから”
……どの口が言ってんだ。毎日よその男と飲み歩いてるくせに。
保護者代わりをしてもらってるから、叔母に逆らうことはできない。
しぶしぶ俺はバスケシューズの購入をあきらめた。
顧問も「体育館シューズがあるならそれを使えば」といってくれた。
靴が悪くても、努力すればみんなの足をひっぱることはない。
そう、努力をすれば。
で、あの様だ。
翌日俺の体育館シューズは紛失した。
そりゃあもう、泣きそうになって探すよ。あれないとバスケの練習できないんだから。
結局それは3日後にゴミ箱のななから発掘された。
それからというもの、毎日のように姿を消す体育館シューズ。
ぐしゃぐしゃに濡れてトイレの中から出てきたときは、若干の苛立ちを覚えた。
それはもうわかりやすくいじめだったけど、
誰もが気づかないふりをしているし、助けを求めることは無駄だって、とうの昔に知っていた。
最後に学校の裏のドブに落ちているのを見つけて、拾うのすら馬鹿らしくなって————部活に行くこともやめた。
誰もが努力を支えられているのに、俺はそれすら妨げられる。
何で。何で俺ばかり。
だから、何も阻まれず竹刀を振るえる空が、努力できる空が、余計にうらやましかった。
なあ、空。お前にはわからないんだろうな。
苛立ち隠して部活を去る悔しさだって。
空腹と闇と寒さに耐える生活だって。
常に白い眼で見られる毎日だって。
誰も帰ってこない部屋で手首を切ろうとした弱さだって。
母親の手の温もりを思い出すことへの——恐怖だって。
知らないくせに。わからないくせに。
薄っぺらい不幸で大人の涙誘ってさ。
“君なんか、殺す価値もないよ”
それって、僕は強いですアピール?
あーあ、自意識過剰すぎて気持悪い、反吐が出そうだ……涙が出そうだ。
—————
目の前を急に刃が舞った。
「首なんか絞めちゃって、自殺志望? だったら僕にその頭頂戴?」
ライヒェが大鎌を持って立っていた。
黒いワンピース、白い肌、大釜。
こう見ると悪魔の一種にしか見えない。
でもフランケンシュタインって悪魔じゃないよな。
まあ、何だっていいけど。
「別に、ちょっと気持を落ち着かせてただけだし。
死ぬだなんて、とんでもない」
「あーそうなの? ドM?」
「違—よ! ってか、お前何やってたの? 俺殺されそうで大変だったのに」
「えー、君と空だっけ? が一緒に死んだら一石二鳥じゃん。頭と髪の毛」
……空といたの知ってんのか。いつからいたんだろう?
「君が女の子抱き寄せたあたり」
「そこから見てたなら助けろよ」
「いやぁ、だから一石二鳥的な展開だったらラッキー♪ って」
本当に自分のためにしか働く気がないのか。
ライヒェらしいと言えば、そうだけど。
「でも躊躇なく女の子抱き寄せちゃうなんて、やるよね〜」
「気持悪いこと言うなよ、好きであんなことしねーよ。おぞましい」
「あれ? 女の子嫌いなんだ? やっぱり君の行動は矛盾しすぎて意味不明だね」
アレはあくまでラキちゃんに自分を覚えてもらうためだ。
サラマンダーをうまく扱うなら、彼女に接触しておくのも悪くないし、
どうせ空と一緒にいるんだから、いい印象を植え付ける必要もない。
「そういえば、ライヒェの目、変わったな。赤が好きなんじゃねぇの?」
「うん? 好きだよ。
でもこの前潰されたからさ、その人のを代わりにもらったわけ。
でもやっぱり眼は赤がいいんだよねぇ。
あー……あの子も赤い目だよね、ラキちゃん。殺していいかな?」
「やめとけ、戦争がややこしくなるし、下手したら俺の脳が割れる」
「あ、そう? じゃあまだやめとく。君の脳の方が面白そう」
……ライヒェは俺の考えがわからないって言うけど、俺はライヒェが考えていることがわからない。
俺の脳の何がいいんだよ。
「ねぇ、早く戻ろうよ〜。革命軍はとっくの昔に軍を引いたみたいだよ」
「サラマンダーは戻ってきたのか?」
「さあね。戻ってんじゃないの?」
サラマンダーが戻ってなかったら、それはそれで困るな。
俺が出した指示については、別にもともと期待はしてないけど。
「……戻るか」
「了解」
空は……今はどうでもいいや。
俺にはやることがあるんだから。