複雑・ファジー小説

Re: スピリットワールド【合作】 ( No.84 )
日時: 2016/03/11 17:04
名前: 凜太郎 (ID: eldbtQ7Y)

 一生懸命素振りをしている兵士を見ていると、剣道部主将時代を思い出す。
 まぁ、人を引っ張るのは大変だし、部長をすると休憩時間が潰れることが増えてきたので、一ヶ月程度でやめたんだけどさ。
 つまり、何が言いたいかというと、僕の命令で素振りをしている大人達を見るという行為はとても愉快だということだ。
 ビバ、中将。

「ゼェ・・・ハァ・・・・・・疲れたぁ・・・・・・」
「もう今日の訓練は終わりですよ。ゆっくり休んでください」

 僕が言うと、皆フラフラと兵士寮に戻っていく。
 とりあえず、剣道部でやっていた練習を30倍ハードにしてやらせてみたけど、やっぱり疲れるよね。
 次からは20倍程度で済ませてあげよう。
 僕はそんなことを考えながら城を出た。
 今日はこれから暇だし、たまにはこの城下町の外を散歩でもしてみようか。
 どうせ、死なないし。自惚れとか言われそうだけど、事実なんだから別にいいじゃん?
 なんて、考えていた時だった。

「あッれ?もしかして、空君?」

 ゾクッと寒気がした。
 今、一体誰が、僕に声をかけたんだ?まさか、彼じゃないよな・・・・・・?
 だって、ここは異世界だよ?日本にいるはずの彼がいるわけ・・・・・・。
 僕は後ろを振り返る。そこには、茶髪で長身の少年が立っていた。

「髪白くして軍服着たって、俺に分からないわけないじゃん。なぁ?ゴミクズ空君」

 ゴミクズ空君。僕をそう呼ぶのは、『彼』しかいない。
 意地悪で腹黒で下衆で陰湿で卑劣で・・・・・・———完璧で。
 そんな、最悪で最高の少年。昔の僕を知る、数少ない人間。
 昔も整っていた顔が、歳をとることでさらに磨きがかかっていた。
 声変わりしてもなお、その声はよく透き通り、まるで自身の心臓を撫でられるかのような嫌な感触がする。

「りくと・・・くん・・・・・・?」
「あは♪覚えててくれたんだ〜。すっごく・・・・・・嬉しいよ」

 自分の呼吸が過呼吸になっていることに気付く。
 彼の声を聴いた瞬間、自信満々で自意識過剰な『中将ソラ』という鎧が剥がれ落ちていく。
 いや、それだけじゃない。
 一緒に、完璧でクールで真面目で優しい『晴太空』というメッキも剥がれていく。
 まるで殻が割れるかのように。
 まるで皮が剥けるように。
 そして、残ったのは・・・弱くて貧弱で口下手で鈍間で無邪気な、『空』だけだった。

「やめて・・・来ないで・・・・・・」

 僕は後ずさる。来るな、来るな来るな来るな来るな来るなァッ!
 なんで、なんでお前がここにいるんだよッ!

「そんなに怯えなくてもいいじゃん?楽しもうよ。7年ぶりの再会をさぁ」

 そう言って僕の肩に手を置く。
 触るなよッ!その手で僕に触るなよぉッ!
 僕は咄嗟にその手を振りほどく。

「ははッ・・・冗談だってば。相変わらず冗談が通じないな〜」

 ニコニコと、優しい笑顔を浮かべながら僕に近づいてくる。
 呼吸が荒くなる、涙が溢れだす。
 嫌だ・・・嫌だ嫌だ嫌だぁ・・・・・・。

「なんだ、泣いちゃうんだ。泣き虫だなぁ。涙腺は昔より弱くなったんじゃないのかい?ふはッ」
『ホラ、さっさと泣いてみろって』

 フラッシュバックする、昔の彼の顔。
 僕は恐怖に足が竦み、動けなくなる。

「やめてぇ・・・来ないでぇ・・・・・・」
「なんだ。もうgive up?俺的にはもう少し遊んでやっても良かったんだけどな〜」

 彼はそう言いながら僕に背を向ける。
 背中には、長刀が掛けられていた。

「聞いたよ。君、国王軍入ったんだって?そんなに弱いのに。国王軍とやらは人員に困ってるようだね〜。俺も軍入ろうと思ってたんだけどさ、空君がいるなら国王軍やめて革命軍?に入るよ。だから、また会った時はお互い敵同士ってことで」

 よろしくね、と手を振って去っていく陸人君。
 なんで、なんでアイツがいるんだよ・・・・・・よりによって、アイツがッ!
 彼の姿が見えなくなってから、僕はその場に崩れ落ちる。

「もう、嫌だよ・・・・・・」

 町の中にも関わらず、僕は膝を抱えて泣いた。
 通行人が集まってくるけど、知ったことじゃない。
 なんだよもう、さっきから迷子だのなんだのってさぁ。
 これでも立派な中学3年生だしッ!なんて、この体勢で言っても説得力ないだろうけど。

「ソラ君、どうしたの?」

 頭上から聴こえた声に、思わず顔を上げる。
 そこには、ラキがいた。なんで、君が・・・・・・?

「ラキ・・・・・・?」
「ソラ君、行こう」

 彼女は僕の手を取り、走り出す。
 何が起こっているのか理解するよりも前に家に連れて行かれた。
 息切れと嗚咽とが混ざって、また過呼吸になりそうになる。

「ラキ、なんで・・・」
「ここなら、思う存分泣けるでしょ?」

 ラキは、おそらくどこかで買い物でもしていたのであろう。紙袋を机に置きながら微笑む。
 あぁ、相変わらず、彼女は優しい。それに比べて、僕は・・・・・・。

 僕は気付けば、子供のように泣きじゃくっていた。
 声を出して、両手で涙が溢れないようにしながらも、結局次から次へと涙が溢れだす。
 彼女は、泣いている僕の頭を撫でて、「大丈夫、大丈夫だよ」と優しく言う。
 こんな僕じゃ彼女は守れないな、と心のどこかで思った。
 僕は静かに、今までの自分を全て・・・・・・———殺した。

−−−

 どれくらい泣いていただろうか。
 まだ目が腫れたままの僕を、彼女は頭を撫でて慰める。
 さすがに恥ずかしかったので、ひとまずそれを拒絶する。

「それで、なんで泣いてたの?」
「・・・・・・転んだ」
「嘘はつかなくてもいいから」
「・・・・・・昔の知り合いに出会った」

 陸人君の顔を思い出すだけで、また涙が溢れそうになる。
 ダメだよ、さすがに・・・。僕は深呼吸をしてなんとか涙を止めた。

「昔の知り合い?たったそれだけで?」

 ラキは不思議そうに首を傾げる。
 確かに、普通に考えればそれはむしろ良い事のように感じるだろう。
 でも、僕は・・・・・・。

「・・・・・・あのさ」
「うん?」
「僕の、昔の話をしても良い?」

 もう、隠すのは止めだ。
 自惚れでもなければ完璧でもない。ただの空だった時の話を、そろそろするべきだろう。

「もしかして、記憶戻ったの?」
「あぁ。黙ってたのは、謝る」
「じゃあ、なんで家に帰らないの?」

 たしかに、元々は記憶が戻るまでの間だけいる約束だったのだから、そう思うのも無理もないだろう。
 まずは、そこから話さなければいけないな。

「ラキ、今から話すことは嘘でもなければ、冗談でもない」
「・・・・・・うん」

 さぁ、話そうか。
 僕が完璧を目指すきっかけを。
 全てに裏切られた僕の、最悪で最高な物語を。

「・・・・・・ラキ、僕はね・・・この世界の人間じゃないんだ」

 ・・・・・・なんてね。