複雑・ファジー小説

Re: スピリットワールド【合作】 ( No.86 )
日時: 2016/03/17 15:22
名前: 凜太郎 (ID: eldbtQ7Y)

 舞台はまず、15年前の駅のコインロッカーから始まる・・・——。

−−−

「おぎゃーッ!おぎゃーッ!」

 泣きわめく赤ん坊を抱いている女。見た目からして、大体高校3年生くらい、だろうか。
 横にいるのは同い年くらいの少年。チャラそうな茶髪にピアスを付けている。
 どちらも、一般的な身長よりも長身である。

「泣くんじゃないよ。全く、これだから赤ん坊は困る」
「さっさと入れちまおうぜ。コイツの泣き声でばれちまったら、俺達一発で殺人者だ」
「そうね。ホラ、黙りなさい」

 女は赤ん坊の顔を殴る。
 痛みでさらに泣く赤ん坊を、また殴る。
 悪循環だということに気付けないようだ。

「おいおい、殴るのもいいけど早くしろって。人が来たらどうすんだよ」
「分かったわよ・・・バイバイ赤ちゃん。二度とアンタの顔なんか見たくない」

 女はそう言って赤ん坊をロッカーに入れる。
 赤ん坊は、殴られた悲しみでさらに泣く。女はその扉に鍵をした。

「あーこれでせいせいしたッ!赤ん坊なんているだけ無駄だもんね〜」
「ホントだよな。産みたくないけど、下ろすのには金もいるし、流産させるほどの衝撃をお前に与えるなんて俺にはできねぇ」
「何それ嬉しい〜。また今日もヤろうよ!ね?」
「全く・・・しょうがねぇな」

 そして二人はキスをする。
 ロッカーの中からは、微かに赤ん坊の泣き声が聴こえてきた。

−−−それから、7年後。

「はぁ・・・」

 僕は何度目かになる溜め息を吐き、空を見上げる。
 外で遊ぶ時間とか言う謎の制度のせいで、僕は今ドーナツの形をした雲を目で追うことに時間を費やしている。
 友達もいないし、作る気もない僕にとって、この時間は退屈以外の何者でもない。
 室内での活動ならば、読書できるから良い。
 最近読んでいる『人間失格』という本が、今良い所なのだ。
 子供らしくないと言われそうだが、この『孤児院』には子供らしい子供なんか存在しない。
 ここにいる子供は皆、親に捨てられた子供だ。
 皆、親に裏切られたから、誰も友達のことなんて信用していない。
 僕の視線の先でボールを追いかけている少年達だってそうだ。
 笑顔を貼りつけているだけ、脳内では打算をして、ここで上手くやっていくために友人関係を築いている。
 むしろ、そんな演技力がないため、こうして庭の隅でぼっち生活を謳歌しているだけの僕の方が子供らしいと思わないか?
 そんなことを考えながらまた溜め息を吐き、空を見上げた。
 広くて大きな空が、僕を見下ろす。まるで、心も背丈も小さい僕を嘲笑うように。

 あぁ、これだから・・・・・・空は嫌いだ。
 しかも、この空が僕の名前でもあるのだから腹立たしい。
 聞いた話では、僕の名前はその時中学生だったここの生徒?が付けたらしい。
 すごく晴れた空の日に来たから空って、安直すぎるだろ・・・・・・。
 その時、足元にボールが転がって来ていた。

「悪い悪い」

 声がしたので顔を上げると、陸人君が笑顔を浮かべながら走って来ていた。
 彼は、多分この孤児院の中で一番上手く友人関係が築けているであろう少年だ。
 優しく、明るく、いつも笑顔で、本性なんて一切見せない。
 僕はボールを拾って彼に渡す。彼はそれを受け取ると、首を傾げた。

「ねぇ、君は皆と一緒に遊ばないの?」

 ・・・・・・コイツは馬鹿か?
 僕はコクンと頷く。遊べないし、遊ぶ気もないよ。

「なんで?一緒に遊ぼうよ!」

 そう言うと僕の腕を引っ張って他の男子達の所に連れていかれる。
 やめろー、腕がもげるー。

「おーい、空君も入れてやってよ」
「ん?いいよ〜」

 皆が笑顔で僕を迎えてくれる。
 これは笑うべき?それとも元気よく挨拶をするべき?
 混乱する僕をよそに、彼等はチーム分けを変え始めてやがる。
 おい、人の意見の尊重する大切さをお母さんに学ばなかったのか君達は。
 捨てられる前に多少の教育くらいは受けたんじゃないのか?
 母親の顔すら覚えてない僕ですら知っている常識だぞ?

「空君は俺達の仲間だよッ!よろしくッ!」

 陸人君は、そう言って手を差し出してくる。
 まぁ、たまにはこういうのもいいかと、僕もその手を握り返す。
 握り返して、しまった。

−−−

 それから男子達、特に陸人君は僕と仲良くしてくれた。
 いつも遊びに誘ってくれたし、一人でいればちょっとした雑談にも誘ってくれた。
 親に捨てられて暗かった僕の人生に、光をくれた。
 彼のおかげで、少しは明るい性格になった気がする。
 でも、やはり人間は・・・信じたら、裏切る生物だったのだ。
 それは、いつものように図書館から本を借りて帰る途中だった。

「ふぅ、今回のは少し重いな・・・・・・」

 僕が両手で抱えているのは、『プラチナデータ』とかいう小説だった。
 かなり分厚くて、両手じゃないと持てないんだよね。ドアを開けるのにも、一回置かないといけない。
 僕は一回本を置いて引き戸を開け・・・———

「なぁ、そろそろ空と仲良くするのやめようぜ」

 ———え?
 僕は引き戸を微かに開けたまま、固まってしまう。
 今、なんて言った?

「だからさぁ、仲良くしてないと先生達がうるさいんだって」
「別にいいんじゃね?上辺だけ仲良くしてればさ」
「やっぱ陸人君冴えてるね〜。そうだよ、先生の前でだけ仲良くしとけばいいんだよ」
「じゃあいっそのことボコろうぜ?陸人君とか良い子なんだからさ、言いつけられてもばれやしないさ」
「それもそうだな。アイツ地味だし運動音痴だし、なんかイラつくし。ま、アイツが気付くまでは内緒な」
「おーう」

 僕は固まってしまう。
 彼等ハ、僕ノ事ヲ騙シテイタノカ?
 じゃあ、あの笑顔も、あの優しい言葉も、全て偽物?あんなに優しくしてくれたじゃないか。あんなに楽しく、あんなに・・・・・・。
 ・・・・・・あぁ、そうだった。ここの子供は皆、計算して明るくしているんだった。
 分かっていた事じゃないか。だから、関わらなかったんだろ?
 裏切られないために、人を信用したくならないように。
 僕の親は、僕を捨てた。生まれてすぐの僕を、コインロッカーに入れた。
 産みたくなかったけど、産むしか選択肢がなかったから仕方がなく産んだ。
 前に、僕に関する資料を見た事がある。そこに書いてあっただろう?
僕の親がどんなことを言いながら僕を捨てていったのかとか。
「赤ん坊なんているだけ無駄」「産みたくないけど」って言っていたのを、監視カメラの映像のやつをコッソリ見て知っただろう?
 一人で流したあの涙を、もう忘れたのか?

「あッれ、空君。こんなところで何やってんの?」

 顔を上げると、陸人君がいつもの優しい笑顔を浮かべていた。
 僕は、その笑顔が気持ち悪く見えた。

「陸人、君は・・・・・・」

 僕の口は、言葉を勝手に紡ぎ始める。

「陸人君、はさ・・・・・・僕のことを騙していたの?」

 初めて、彼の本性を見た気がした。
 一瞬、まるで物を見るかのような、蔑むような目に、変わったのだ。
 なんで・・・なんでそんな顔するんだよ。
 彼はすぐに顔に笑顔を貼りつけた。まるで、仮面を被ったかのように。

「あーあ、ばれてるし。おーい、もうばれてるぞ〜」
「マジかよ〜。意外と鋭いな〜」

 部屋の中から、何人もの男子が出てくる。
 僕は無意識に後ずさった。

「ま、そういうことだからぁ〜・・・生きてることへの罰〜ッ!」

 一人が僕の腹を殴る。
 僕は涎を流しながら崩れそうになるが、もう1人に髪を掴まれる。

「お前なんか、さっさと死ねばいいのに」

 顔面を殴られる。鈍い痛みが走る。
 その時、陸人君が目の前に現れる。

「ごめんなさい。許して」
「許す?何を?」
「それは、分からないけど、その・・・・・・」
「ハァ、そうやってウジウジしてるのが気持ち悪いんだよッ!」

 横にいた男子がそう言って僕の顔を拳で殴る。
 よろめいた僕の髪を、陸人君が掴む。

「謝って許されると思ってるのか!全部お前が悪いんじゃないか!」

 そう言って横にいた別の男子が僕の腹を蹴る。
 陸人君に髪を掴まれたままなので、倒れることはない。
 彼は、つまらないものを見るような目で、僕を見た。

「あーあ、お前がもっと完璧な人間だったら良かったのに」

 そう言って、頭を掴んだまま壁に頭をぶつけられた。

「陸人君やるぅ〜」
「だろ?」

 だろ?じゃない。なんだこの痛み、7歳児が体験していいようなものじゃないぞ。
 僕はその場に倒れ込む。

「ありゃ、もうダウンか」
「ま、怪我させすぎたら先生にばれるし今はやめておこうぜ」
「へッ、そうだな。また楽しませてくれよぉ?ゴミクズ空君」
「ゴミクズって、アハハッ!たしかにコイツはゴミクズだなッ!」
「そうだな。産まれた事すら親にも喜ばれず、コインロッカーの中に詰め込まれた立派な社会のゴミクズだ」

 ぼやける視界の中でそんな言葉を聞く。
 最後に見えたのは、陸人君の蔑む目だった。
 そこで、僕の意識は、闇に落ちる・・・・・・。