複雑・ファジー小説

Re: スピリットワールド【合作】 ( No.89 )
日時: 2016/03/22 10:48
名前: 雅 ◆zeLg4BMHgs (ID: zpiITAde)


目を覚ますと、綺麗な白い天井が見えた。
ここは?
痛む首を無理矢理動かそうとすると、

「ダメ。動かしちゃダメです、怪我しているんだから」

よく通る高い声が飛んできて、少女が俺の顔を覗き込んだ。
明るい空色の髪、紅玉の瞳。
年は俺と変わらないんじゃないか。
たぶん、8〜10歳くらい。

「私、ラキ。君の名前は?」

その子は、まるでその行為が当然であるかのように俺に尋ねる。
俺にとって、名を問われるなんて初めてのことで、動揺した。
そもそも、母親以外の人間とまともに会話をしたこともない。
喘ぐように、たどたどしく音を発する。

「……サラマンダー……」

—————

3つのとき、母親に手を引かれてやってきたこの村が、俺は嫌いだった。
父親がドラゴンだから。混血だから。人間じゃないから。
そんな言葉と暴力に打たれて育ってきた。
先ほどだって、少年に崖から突き落とされた。

「お前は俺が怖くないのか……?」

ラキはきょとんとしてから、笑った。

「怯えているのは君のほうでしょう?」

彼女といると初めてのことが多すぎて、それを拒むかのように毛布を固く身に纏う。
痛くも怖くもないのに涙が出そうになった。
慌てて顔まで覆い隠す。
それを見て、またラキが笑った。
その表情を見ると——上手く言えないが——くすぐったい気持ちになる。

その後も、何度かラキの方から話しかけてくれた。
最初はラキまで迫害されることを恐れていたが、彼女は気にする様子もなく俺にかまってくれた。
次第に、俺の中でラキの存在が大きくなっていった。

もう一つの心の支え、それが母さんだった。
むしろ、母さんが俺の世界のすべてだった。
本を与えてくれたのも。
励ましてくれたのも。
抱きしめてくれたのも。
俺なんかのために、涙を流してくれたのも。
「強くなって」と、毎晩頭を撫でてくれたのも。

ある日、ラキの家にこっそり木の実をおいて帰ると、母さんが血を流して倒れていた。
母さんのそばには、3人ほどの兵士が立っていた。
血に汚れた刀。
それだけで、十分。その状況を説明するのには十分すぎた。

「母さんを虐めるな!」

そんなことを言って彼らの前に飛び出す。
殺されるかもしれない。痛いだろう。
でも、母さんを守るためなら痛いくらい我慢しなきゃって思った。
刃が目の前をかすり、額に鋭い痛みが走る。
痛いよ、誰か助けて。助けて、父さん。

「お前の父親は昨晩捕らえられた。すぐにでも殺される」

そんな兵士の言葉が心臓を抉る。
嫌だよ、母さんを傷つけないで。
母さんの栗毛色の長い髪が、朱に染まっていく。
俺の髪みたいに、先から根元まで、少しずつ、赤く。

「……強く、なって……」

掠れてよく聞こえなかったその言葉が、なぜだが一番深く胸に突き刺さる。
限界。
無我夢中で目の前の兵士に飛び掛った。
刀を奪い取り、何も考えずに刃を振るう。

“何の本を読んでいるの?”
“怪我について。俺もこの前助けてもらったし、俺も母さんのこと助けたい”
“そう、素敵ね”——。

結局何もできない。母さん一人守れない。
もういっそ何もかもなくなれば。みんないなくなってしばえばいいのに。

俺の中には、一つの基準があったのかもしれない。
母さん、そして顔も知らない父さん。それ以外は皆、敵。
だから、イレギュラーなラキの存在に動揺したんだ。きっとそうに違いない。

気がついたら、ラキの家の前だった。
振り返ると、夕焼けのような炎に包まれて死んでしまった村が見えた。
俺の体は刀身とともに炎と鮮血に染まりきっている。
殺した自覚なんてなかった。でも、殺したのは確かだ。
そして、最後にラキとその家族が残っている。
……ごめんなさい。
俺は火を放ち、その場を後にする。

「父さんの元に、行かなくちゃ……」

—————

伝斗は部屋にいなかった。
5年前の出来事なのに、いまだ鮮明に残っている。

ラキは、生きていた。
とりあえず、それで十分。