複雑・ファジー小説
- Re: スピリットワールド【合作】 ( No.91 )
- 日時: 2016/03/28 16:06
- 名前: 雅 ◆zeLg4BMHgs (ID: BnjQrs2U)
「ノーム、今時間あるかな」
「ええ、かまいませんよ」
畑作業をするノームに名簿を見せた。
「これは?」
「うん、ちょっとね。この写真の中に知ってる顔がないか聞いておきたくて」
「あー……すみません。ちょっとわかりません」
ペラペラとめくった後、ノームはため息をついた。
俺はダメ元で聞いたし、むしろいなくて当然なんだけど。
「私、覚えるとかそういう類が本当に苦手で……」
「あ、いや、いいよ。いるかいないかもわからない人ばかりだし」
むしろノームはすごい。
毎日ほとんど休みもせず革命軍のために働いているのだから。
勝手に動き回ってる俺なんかよりよっぽどすごい。
「ノームってさ、何でそんなにあんなリーダーに尽くせるんだよ。嫌になったりしねーの?」
「嫌……になったことはありません。長いこと生きてきて、もう既に自分にできることとできないことの判別はつくようになりましたから。
できることを精一杯できるだけで幸せです」
「……やっぱりすごいなー。できることを精一杯なんて、絶対無理。
ましてや人のために働こうなんて絶対に思わないね」
俺が言うと、ノームは照れたように笑った。
「それは、彼が16歳って言うのもあると思うんですけどね」
へえ、俺15歳だから一つ違いか。でも、なぜ?
ノームは戸惑うような顔をして、ゆっくりと口を開いた。
「……16年前、私の妻が腹に子を宿したまま亡くなったんです。
だから、リーダーが我が子のように思えるというのも、あるのかもしれません」
我が子、ねー……。
たかが自分の子供と同じ年ってだけでそんなに思い入れ深くなったりするものかな。
まあでも、死んでるならそういうこともあるのかもね。
死んだ者を神聖化するのは、魔物も人間も同じことだ。
「俺とノームは全然違う頭のつくりなんだろうなぁ。
恩でも着せられない限りつくしたりなんかしねぇし。着せられてもしたくない」
「恩、ですか。それなら、この足とか」
ノームによると、彼がサラマンダーを革命軍のほうへ連れてきたとき怪我を負い、
それを治療したのもサラマンダーらしい。
「えー、何それ。アイツそんなことできるの? 詳しく聞きたーい」
「そうですね、長くなりますよ……」
—————
リーダーが捕らえられた。
大半の兵士が士気を失う中で、ノームを含む数名は最後の望みをかけてリーダーを助けに向かった。
砂埃。霞む視界。倒れる仲間。その様はまさに地獄絵図。
やっとのことでノームが処刑場へついたときには、首のないドラゴンの巨体が残っているだけだった。
「そんな……」
ノームは肩から崩れ落ちた。
かすかな希望がたった今、果てしない絶望へと変わる。
リーダーが死んでしまった。兵士はもう戦おうとしないだろう。革命軍は負けたのか……?
なぜだか人は一人もおらず、あたりは燃え盛る業火に包まれようとしている。
いっそのこと、リーダーの死を伝えずに自分がここで命を立ってしまえば——。
そう思ったとき、しゃくりあげるような声が聞こえた。
煙に巻かれながらも目を凝らす。
そこには、うずくまる人間の少年の姿があった。
何かを抱えているようにも見える。
「誰? 何をしているのですか?」
ノームが声を掛けると、彼は怯えた目でこちらを見た。
それからギッと睨みつけて威嚇するように、
「こっ、殺すなら殺せよ! 早く!」
金色の瞳、艶のある黒髪、燃えるような赤い毛先。
ドラゴンではないが、風貌はリーダーにとてもよく似ていた。
思わず、ノームは手を差し出す。
「逃げましょう」
「嫌だ! 俺はここで死ぬ」
「死んでどうなるのですか。
行きましょう。あなたを待っている人がいます」
「そんなのいない! 母さんは殺された。父さんも、今……」
少年は視線を落とした。
彼が抱きしめていたのは、ドラゴンの首。
「俺は……混血だから。人間じゃないから。
俺を待ってる人なんていない。大切な人はもう死んだ。だから」
大粒の涙がこぼれて落ちた。
噂は聞いたことがあった。
リーダーは、人間の女性に恋をし、子をもうけたと。
その女性も、結構前に子を連れてドラゴンの集落から出て行ってしまったそうだ。
とにかく、何にしろ幼い子供を見殺しにするようなまねはできない。
「あなたの母親もリーダーも、あなたの死を望んではいない」
「じゃあ、俺は何で死なないんだよ……何で生きなきゃいけないんだよ……ッ」
「それは」
ふと、妻と二人で過ごした日々を思い出した。
子供が生まれたらなんて考えるのが、幸せだった。
『なぜ生きなきゃいけないの?』
そう問われたら、こう返すと決めていた——。
「私があなたを必要としているからです!」
ノームが強引に少年の手を引いた。
—————
「……へー、いい話」
あと、サラマンダーは昔からあんな性格なんだなーってことはわかった。
ついでにあの頭蓋骨の由来も見当がついた。
「仕事邪魔して悪かった。ありがとな」
「いえ、こちらこそ年寄りの長い話に付き合っていただいて」
畑を後にする。
手伝い? ああ、俺には無理無理。
結局名簿についての手がかりはゼロか。ちょっと面白そうだと思ったんだけど。
そろそろサラマンダーが起きるかもしれない。
そしたら、少し戦闘の練習にでも付き合ってもらおうかな。