複雑・ファジー小説

Re: スピリットワールド【合作】 ( No.113 )
日時: 2016/06/29 21:15
名前: 雅 ◆zeLg4BMHgs (ID: 6JsXmMyw)

禁断魔法の本は、非常に便利だった。
ところどころ意味不明な単語があるが、魔法についての手順は詳細に記されていた。
それだけではない。
その魔法に関する魔物や失敗例などまで載っている。
もっとも、後者はあとから書き込んだ手書きのものらしかったが。

目次に書き込まれた『魔物の核は心臓であり、姿形は魔力の規模を示す装飾にすぎない』から始まるメモはいろいろな人の手で書かれているらしい。
筆跡がバラバラだ。
人魚の欄にはこうある。
『雌雄で価値は大きく変わる。
 女性は妖艶で美しく、多くの男を魅了する。
 男性は筋力が劣り、痩身で骨ばかり。力がなく使えるとは言い難い。
 人魚の血は銀色だが、強い毒を持ち……

「わっ」

ページに夢中になっていると不意に、背後から腕が伸びて伝斗の首を捕らえた。
その冷たさに、肩が跳ねる。

「す、すみません」

手を絡めた側であるオンディーヌも驚き悲鳴をあげた。
その様子からするに、意識的にしたのではないのだろう。

「その岩で、本を読む後ろ姿を見ると、つい……」

伝斗は思い出した。
暗く湿ったこの洞窟に近づく者はまずいないだろう。
ほんの少し前までここには彼と、その親しい人の二人きりで暮らしていた——と。

「オンディーヌの姉ちゃんも文字読めるんだ?」
「はいっ。
 姉上はとても読書を好んでおりました。
 小生とは異なり、空想の話はあまり好みませんようでしたが。
 それでも、姉上は様々な書を手に入れては小生に与えてくださり……」

彼の能面のような顔に光が射す。

「小生が文字を読むことができるのも姉上のおかげでございまして、
 しかしながら、父上は小生のことを大層嫌っておりましたから、
 本をせがむときは、姉上に、こう……」

そこで彼は先ほどの自らの失態を思い出して、黙り込んだ。

「あの、申し訳ありませんでした」
「気にすんなって。
 俺この前までほぼ同い年の男と添い寝してたしな」

オンディーヌの顔がひきつる。
……これがふつうの反応なのだ。
これからはなるだけ口外するのは控えた方が良さそうだ。

「……えっとさ、お前の父親ってどんな人?」
「父上、ですか。
 父上、父上は……」

オンディーヌは視線を中に泳がせた。
言うべきか、言わぬべきか、何と言えばいいのか。
狼狽の表情がたやすく見て取れる。
彼は思い口をやっとのことで開いた。

「父上は……酷い人です……」