複雑・ファジー小説
- Re: スピリットワールド【合作】 ( No.116 )
- 日時: 2016/09/19 06:08
- 名前: 雅 ◆zeLg4BMHgs (ID: BnjQrs2U)
父上は酷い人でございました。
母上の顔立ちの良さに惹かれて、父は兵役を放ってこちらに来たのでございます。
ええ、ええ、その通りです。父は人間でございます。
そもそも女の人魚と言うものは人間の男と子を作るのです。
基本、男の人魚箱を作らない……作れないんです。
男の人魚の身体には生殖機能と言うものがありませぬから。
その代わりといいますか、体液には強い毒が含まれております。
血、汗、涙——すべてが猛毒でございます。
下手に交尾でもしようものなら、その先にあるのは、死……。
……いえ、話がそれてしまいました。
初めに生まれた姉上は容美しく、大層父上に可愛がられておりました。
姉に文字やら言語やらを教えたのも父上でございます。
しかしながら姉上は、酷く父上を嫌っておりました。
小生も父上を好いてはございません。
齢三つになれどまだ立てぬ、四つになれどまともに口もきけぬ小生に、
「役立たず、役立たず」と何度も何度も繰り返すのでございます。
父上の前では憤怒も、涙も、禁物でありました。
手を上げられてしまうのでございます。痛いのは嫌いです。
最後に父上を見たのは六つの冬でございます。
其の男は虫の居所が悪かったのか、
いつものように朝から酒を飲み、葉巻を吸い、喚き散らしては、
唐突に彼の妻に頭から酒を浴びせたのでございます。
そして……アア、アア、大丈夫。大丈夫でございます。
止めずに、どうか。どうか、続けさせてください。
そして、その男は……その男は、女に火をつけたのでございます!
女の叫びが耳を劈くのでございました。
男の笑いがごうごうと響くのでありました。
二人の妻の子たちにできることは何もございませんでした。
子らの片割れ、女子の方はもう一人の肩をひっしと抱いて、声も立てずに泣いておりました。
齢六つの子は、見つめておりました。
ただただ見つめておりました。
男は次に、まだ幼い彼の娘の髪を引き、床に押さえつけたので、
娘は「痛い」と泣き叫ぶのでありました。
頬を蹴れど、腹を殴れど、少女は叫び続けるのでございます。
「痛い、痛い。やめて、助けて」と。
さらにまだ六つの子もまた男の子腰に縋り付いて、泣きわめくのでありました。
怒鳴る声など聞こえてはおりませんでした。
それほどに彼らは感情に捕らわれておったのです。
男はついに娘を突き飛ばすと、腰の男の子の手を掴み、
その細い腕を追ってしまったのでございます。
その先のことは、小生はよく覚えておらンのです。