複雑・ファジー小説

Re: BAR『ポストの墓場』 ( No.22 )
日時: 2017/02/23 07:00
名前: 月白鳥 ◆/Y5KFzQjcs (ID: 0L8qbQbH)

【Log 26588-gi : 世界線1*-5*-6*から回収した手紙】

 匆々、色んな人たちへ。
 これが読まれたってことは、多分僕はこの世界にいません。消したんじゃないでしょうかね。何がどうとは言いませんが、多分君達はその現場を見たんじゃないでしょうか。もしかしたら必死で止めたかもしれないし、その過程で心身ともに幾分傷付いた人も居ると予想してます。イントさんとか、めっちゃ傷付いてそう。
 とりあえず、そのことについて最初に謝っときましょう。ごめんなさい。本当は君達の前で土下座でもすべきだったんでしょうが、そこまで時間はなかったようです。
 おっと、丸めて投げ捨てるのは勘弁。僕はただ謝罪する為だけにこんなチンケなもの書いたんじゃないんです。
 僕は此処へ言い訳しに来ました。懺悔と言うにはあまりにもしょっぱい、そうとてもつまらなくて下らないものです。しかしこの世界の成り立ちと存続を知るに重要なことだと思ってます。とりあえずこれを破り捨てるか否かは、全部読んでからってことでお願いしますね。
 色んなこと書きます。長いです。途中で飽きたら、それはそれで良いでしょう。棄てて下さい。

 僕は人間でした。ニードも元々人間です。
 ……もう知ってるかもしれないですね、チャンバラごっこのネタはいつもその時の話だったし。ええ、ニードと僕は人間だった頃からの付き合いです。そうには見えないって? でしょうね。今から話しますよ。
 僕らは人間だった頃、とある研究所にいました。施設の名前は、もう言っても意味ないので割愛しますけど、その中身は能力開発所——めっちゃ端的に言うと、超能力人間を製造する場所だったんですね。「何だよその中二病な設定はよ」ってツッコミ入りそうな話ですけど、マジ。
 で。彼は開発所の研究部長で、僕はその補佐でした。年の差ニ十歳くらいです。彼は最初、土壌の毒を抜ける植物や菌類の開発で結構成績が良くて、その時の業績が買われて人間の能力開発に回されたんですね。今にして思えばヤバい転属じゃないかと思いますが、その当時は確かに名誉なことで、僕らはノリノリでした。
 潤沢な資金と人材のおかげで、研究は順調でした。植物の時に培われた技術を使って、人間をあれこれ改造していました。植物が出来たことを人間にもさせることが目標で、その目標は割とすぐに達成可能な域に到達していました。例えば光合成で生きられる人間とか、植物みたいに足から水と毒を吸い上げて体内浄化する人間とかね。もうそんな実験体は全部破棄されてますけど。
 でも、僕らが本当に目指したのはそこじゃなかった。資金稼ぎのための業績集めであり、児戯でした。

 本当に僕らの研究チームがやっていたのは、魔法の復権です。
 その頃の世界は科学が隆盛していて、不可解な現象の多くに科学という名前のレッテルが貼られていました。今の世界では魔法として知られる奇跡が、陳腐な科学用語の羅列の枠に押し込められていました。僕らはそれがどうもいけ好かなくて、科学なんかで説明できないような、素敵な素敵な「奇跡」の端緒を探して研究してたんです。真面目に。科学者が科学でないことを探してたんですよ。馬鹿みたいでしょ。
 でも、そんなクソの端緒を僕らは掴んでしまいました。その産物があのヤミです。
 どうやって出来たかって?……知らない。いつの間にか出来てしまった。そう言えば君の気は済みますか。
 残念ですが、今でもやろうと思えば再現可能です。適当な超能力人間を適量ミンチにして混ぜ合わせるだけです。その時の実験記録は、とても信頼のおける筋に託してあります。破棄はしてません。……何で捨ててないかって? 明らかにしとかないと、好奇心が同じものを作るかもしれないでしょ。バカの探求心は留まることを知らないんです。

 さて。僕らがヤミを作ったって言うだけでも大分腸煮えくり返ってると思うんですがね。もっと付き合ってください。
 ファッキンな奇跡を何の間違いか現世に引っ張り込んでしまったわけですが、その時のヤミはもっと大人しいものでした。光が常に照射されている状況だったからでしょう。ほんの数センチの球体をした靄みたいもので、そのモヤの一番濃い所に物を投げ込むと、消えて二度と戻ってこなくなる。それだけのものです。
 しかし、靄そのものの正体や意味、消える方法や消えたものの行方は、あらゆる既存の科学で説明することが出来ませんでした。僕らはとても科学的に、科学では理解不能なものを口寄せしちゃったんですね。ウケるでしょ。
 ああ、学会が荒れたのは無論のことです。当然「こんなもんはありえん!」って意見が物凄く寄せられましたけど、作り方を説明したらすぐに実証され肯定されました。僕らはたちまち「魔法の復権者」としてクローズアップされ、大々的に僕らの業績は取り上げられることになりました。問題は此処からです。
 発見したての頃に持っていたヤミの性質は「濃い部分に何かが来るとそこにあったものが消える」こと。
 ……何となく察しがついたかもしれませんね。材質のロスは多少あれど、そいつはノーリスクであらゆる材質のあらゆる形状のものを断裁できると。僕らより後にヤミを再現した科学者がそう解釈し、その学説はどんどん学会で有力なものになってしまいました。
 行き着いた先は商業利用。お分かりですね。
 とても微小なヤミが、その科学者の元から世界中に搬出されてしまった。粗大ゴミの断裁機、効率のいい輪転機、果ては家庭用のフードプロセッサーにまで。ヤミを組み込んだ機械や家庭用品が横溢していきました。その科学者は巨万の富を築いた時点で、「ヤミについてこれ以上分かることはない」として研究を止めました。今にすれば、多分これは都合の悪いことを隠していたんじゃないかと僕は睨んでます。
 何しろ僕ら、そいつの研究停止宣言の直後に、ヤミの本当の性質について知ったわけですから。

 ヤミは取り込んだものの容積の約〇.〇〇一パーセント分だけ——後に分かった条件として、光を照射されない時間分だけ——その容積を増大させる。増大する面積の比率にブレはありましたが、ものを放り込めば放り込むほど、灯りを消している時間が長ければ長いほど、ヤミが大きくなっていくことだけは確かでした。それを最初に知ったのは、ヤミに対する長期実験の担当をしていた僕です。
 すぐに気づきました。このまま微小なヤミが使われ続け、切削誤差の大きくなったヤミが廃棄され続ければ、いずれ世界はヤミだらけになってしまうと。ヤミは生み出されても消えることはないと。
 でも僕は、一度だけこの結果を見なかったフリしました。その頃の世界は既に、ヤミがあること前提で成り立つようになってしまってたんです。僕の出した結論が世界情勢をまるごとぶち壊すほど重大なことだと分かって、だからこそ僕は恐ろしくなった。だから握り潰しました(握り潰した分僕が取り返せば何とかなると、そんな甘いことを考えてたってのもあります)。
 しかし、どれだけ懸命にあれこれと研究しても、僕の気付いた真実を覆すものは見つかりませんでした。その頃になると、使われなくなって廃棄されたヤミが廃棄場一帯を覆いつくし、真っ黒いイキモノめいた物体を作るまでになっていました。僕がニードにそれを報告したのがその頃です。
 僕の提出した研究報告書を見て、彼は何か悟ったのかもしれません。それまで彼が進めていた研究は全てストップし、僕を除く全ての研究員は暇か別の研究所への紹介状、そしていくらかの謝礼を出され、次々に出ていきました。誰もいなくなり、薄暗くなった研究室で一人頭を抱える彼の姿はよく覚えていますよ。


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