複雑・ファジー小説
- Re: BAR『ポストの墓場』 ( No.23 )
- 日時: 2017/02/23 07:19
- 名前: 月白鳥 ◆/Y5KFzQjcs (ID: 0L8qbQbH)
僕らが人間でなくなったのは、頭を抱え始めてから二週間くらい経った頃でしょうか。
夜は恐ろしい。ヤミが勢力を増す時間です。事実、ヤミは夜ごとにその範囲を広げ、たった二週間で全世界のあらゆるシチュエーションに潜り込んでいきました。世界中大パニックに陥っていました。テレビやラジオは何処のチャンネルも昼が訪れないことを喧伝し、人々は外に出ることさえ恐れるようになっていました。社会のあらゆるインフラが麻痺し、直に送電網も止まりました。
たわけたヒッピーが夢にまで見たであろう、原始時代の始まりですよ。人々は這いずりまわるように火を探し求め、それに縋りついて生活しました。獣は火を畏れなくなり、人に迎合して暮らし始めました。
こんな生活が外で始まったのだから、研究所だって当然ヤミだらけです。浸食を受けていなかったのは、非常電源装置によって光源を稼いでいた、六畳一間ほどの小さな実験室だけだったでしょう。そこは普段彼だけが入れる特別な実験室で、僕が立ち入ったのはそれが最初で最後です。
「ヤミを打倒する手段は今やない」
彼はそう言いました。僕も同意見でした。魔法の復権者なんて誉めそやされておきながら、僕らはヤミ以外の何も見つけてなかったわけですし。しかし彼はこうも言いました。
「だがヤミに順応する手段は今講じた。我々の魂を削って燃える光だ」
滑稽ですよねぇ。科学者が魂なんてスピリチュアルなこと言ってるんですもんね。でも、僕らはそんな実体も根拠もないものに縋る他、あのパニックを沈静する手段を知らなかったんです。どんな慰めを尽くしても、民衆はおろか僕らの心だって落ち着くはずがありませんでした。だから僕は黙って頷いた。
そして彼は僕に、実験室の隅に置かれたガラスの円筒へ入るよう指示しました。黙って入りました。……
ぶっちゃけ、ガラスの円筒に入ってから出るまでの詳細な記憶は持ってません。
ただ恐ろしく苦しい思いを何度かして、全身の血管をしごいたように血を吐き、出ていった血の分だけ何か別の液体を体中に取り込んだことくらいでしょうか。それ以外にも色々なものを吐き出したり吹き込まれたりした気がしましたが、全部忘れちゃいました。ごめんちょ。
で。気付けば僕は、透明な液体まみれになって床に突っ伏していました。頭がギイギイと金属みたいに軋るものだから、何事かと思って水鏡をしてみれば、そこには人でなくなった僕が映っていた。このバカみたいな電気スタンド頭です。自分自身が光るから頭を電灯にすげ替えたって、どんな冗談なんでしょうね全く。
嗚呼。僕が気付いた時、彼は居ませんでした。ただ、脱ぎ捨てられたびしょびしょの白衣やシャツやズボンと、僕用なのか喪服みたいなスーツ一式と、置手紙が残っていました。手紙の内容は僕の取り扱い説明書です。敢えてここで言おうとは思いません。僕の研究書類と一緒に信頼のおける筋へ託したので、読みたきゃ読んでください。
手紙を読み終わった僕は、濡れた衣服を全部着替えて——すぐにあの円筒をぶち壊しました。椅子や机や、今までの僕だったら絶対に持ち上げられなかっただろう薬品棚まで引っこ抜いて、手あたり次第にぶん投げました。
だって、嫌でしょ? 光に困らなくなる代わりに人間じゃなくなって、その上そうなるために記憶がすっぽ抜けるほど凄絶な思いをしなきゃならないなんて。少なくとも僕はそんなのゴメンだし、他の人にその役目を押し付けるのだって断じてお断りです。その点に於いて、僕はアイツが心底大嫌いです。
僕が人間を辞めさせられてから後は、きっと誰もが知る通りです。僕は『光売り』として、只人に光を譲り歩き続けました。いつも配り歩いている懐中電灯と電池は、何故だか知りませんが、僕が望めばいつでもいくらでもスーツのポケットから出てきました。
この理論を解明する気は今や僕にはありません。理屈をつけることに疲れてしまいました。
僕らは何百年もヤミの中で生きてきました。それが償いになると思い込んで生きてきました。
そう。思いこんでいただけです。今まで僕やニードが光売りとしてやってきたことが、僕らの罪過に対する償いになると本当に思っているわけじゃありません。それでも僕らは、光を譲り歩いて人を救う行為が贖罪になると信じ込もうとしました。
でも僕には無理でした。矛盾を抱えながら生きることにも、この行為が正しいと信じ切ってしまった人を見ることにも、嫌気が差してしまいました。いつ終わるか分からない一生を、償えるはずのない罪の精算に費やすなんて不毛だと。心の底からそう思ってしまったんです。
だから、ヤミが打破された記念すべきこの日に、僕は僕自身とアイツの人生を精算してやろうと思いました。見送りは嫌でもしたと思いますけど(してなかった? なら今更必要ありません)、そこに続くお悔みやお叱りや、ありとあらゆる君達の感情は無用の長物です。そんなものはこれから生きていく君達の中に仕舞っとけばいいんです。
ただ、僕がある筋に託した研究書類のことはちゃんと憶えといて、ちゃんと探して下さい。これから光の中を生きる君達が、またヤミの中に戻って来たりしないように。ヤミを生み出した元凶の元凶は、いつでも君達の傍に置いといてください。こればっかりはお伽噺にも笑い話にもできませんから。
そんな超大事もの何でわざわざ探させるんだって絶対思ったでしょ。思いますよね。
ええ。大事なものだからですよ。大事なものほど内に隠したくなるのが人の性ってものです。
それに、託した人はアブないプロトコールの取り扱いにめっちゃ慣れた人ですから。ネクロノミコンはむき身のまま段ボール箱に入れてるより、何だかヤバそうな魔術師の手元にあった方がやっぱり安全だし、それっぽく見えるものなんです。そういう事。察して。
さて。こんな長ったらしい文章を読んでくれてありがとうございます。
読み終わったら、これは捨てて構わないので。もし僕の知り合いの筋を見つけたなら、その人に預けてもいいかもしれませんね。
じゃね。ありがと。
——Rad
〔手紙の回収地点には、恐らく手紙の執筆者である男性ともう一人の男性遺体が折り重なるように倒れていました。遺体は頭部が欠損しており、また双方の遺体からは血液ではなく、それと同程度の粘性を持つ透明な液体が流出していました。
状況を考慮すると、男性二人の直接の死因は頭部欠損ではありません(一方は刃渡り五十センチメートルほどの刃物で主要な動脈を切り付けられたことによる失血死、一方は肺を貫かれたことによる窒息死と考えられます)。
男性の遺体の周囲には、少なくとも百年以上前に製造されたガラスの破片と、黒色塗料で錆止め加工された鉄製の電気スタンド用と思しき枠、及びガラスの製造年代とほぼ同時期に製造されたと思われる白い蝋が散乱していました。
尚、筆跡鑑定をした結果、当テキストの執筆者は-faから-ffのログと同一です。 :マスター〕
〔最近行燈みたいな頭の人と、四角いランプ頭の人が熱心にこのログを読んでました。お茶を出そうとしたら凄い声で断られたんですけど、僕が悪かったんですかね。 :ヒナタ〕
〔そっとしておいてください。 :マスター〕
〔追記:手紙の執筆者の意向を反映し、-faから-ffログについては全文を公開しています。ただし、ログの内容に従って実際に操作を行った場合、直ちに重大なペナルティが課されます。 :マスター〕
〔どうやってペナルティ付けるんです? :御坂〕
〔模倣される可能性があるため、お教えできません。 :マスター〕
→Which the log will you choose?