複雑・ファジー小説

Re: BAR『ポストの墓場』 ( No.6 )
日時: 2016/09/22 21:22
名前: 月白鳥 ◆8LxakMYDtc (ID: HccOitOw)

【Live Log : いつか返却されるべき過去】

「はて」
 BAR『ポストの墓場』バックヤードの一角。ログ保管庫の整理に駆り出したスタッフ、もとい——“今日は”男性の姿をした——ロマが、不可解なものを見ているかの如く小首を傾げた。
 碧い眼が見るその先は、分厚いクリアファイルがぎっしりと詰まった抽斗。正確には、その抽斗に打ち付けられた『Log 000287』のナンバープレートだ。
「中身が個人宛の手紙にしか見えませんけど、第八ログの保管じゃないんですか? これは」
「第二八七ログは一連の殺人事件への関連文書です。保管された記録は多くが雑多なものですが、関連性がある以上雑文として放り投げる訳にはいきませんので、独立ログとして整理されています。刑事的に重要な証拠を含んでいる文書もありますから、捨てないで下さいね」
 すらすらと語られたログの概要を聞いて尚、ロマの疑念の色は晴れない。どうかしたかと逆に首を傾げ返したマスターへ、ロマは心底不思議そうに質問を返してくる。
「殺人事件とはまた、物騒な案件ですが……本当に関連のある文書ですか?」
「ええ、もちろん。ですが、貴方が今読んでいる箇所——恐らくaf番付近でしょうか。その辺りに保存した文書は家庭内暴力の証拠になりこそすれ、当該事件と直接な関連性を持ったものではありません。実際に事件と関連するであろうログは、ba番以降に大方集約してあります」
 そんなものを拾ってくる方もどうかしているだろうが、と、自嘲気味なマスターの声には、何も言わずに苦笑を一つ。ロマはクリアファイルのページを捲る。
 そこで、絶句した。

「……Nさん?」
「はい」
 長い長い沈黙の後、ロマの上げた声は微かに震えていた。その震えが何であるかマスターは知りながら、尚平素と変わらぬ声と態度で返す。そしてロマもまた、直接感情をマスターにぶつけるほど幼稚ではない。言い聞かせるように深呼吸を一つ、彼は苦味を強めた笑みと共に言葉を紡いだ。
「ギルさんには見せない方が良いんでしょうね、このログは」
「ええ」
 二人の会話は、思いの部分ですれ違っている。しかし、それを言う必要もない。
 言わなくても察せられる程度には長い時が、彼等の間には横たわっている。

「さ、て——何だか時間喰っちゃいましたね。俺はそろそろ表に戻ります。ギルさんのことだから、多分仕事ほったらかしで喋っていますよ」
「私はまだ整理するものが残っているので、先に戻っていて下さい。三時に一度休憩としましょう」
「了解」
 途中まで捲っていたファイルを閉じ、抽斗の中へ戻して、やや肩を竦め。臭いものを見たような顔で、ロマは保管庫の扉を開けて出ていく。その横顔とすれ違い、そして一人残されたマスターは、抽斗に打ち付けられた真鍮のナンバープレートを、ただじっと見ていた。
「そろそろ、移行も考えなければなりませんか……」
 独白は、誰にも聞かれぬまま、静謐の中に溶けていく。



   →Do yo read 【Log 000287】?