複雑・ファジー小説

第1話 めんどくさがりの刑事、森山 ( No.1 )
日時: 2015/09/06 22:09
名前: ルナ (ID: MQ1NqBYl)

とある昼間。人がたくさんいて賑わう喫茶店で、忙しく動く男が一人と何も頼まずただニコニコして座っている男がカウンターに一人。かなりこの二人が目立っているようで、カウンターにいる彼はずっとそこに座っているのか、迷惑そうな顔で先ほどまで動き回っていた男が話しかけた。

「なあ、長田・・・・・・」
「どうしたの、斎藤」

とりあえずここで一呼吸置く。そして、斎藤と呼ばれた男が一気に言いはなった。

「お前ただそこに座ってるだけならちょっと手伝え!!」
「え、でも俺お客さんだよ?」
「ちょっと待て、いつお前がお客さんになった?」
「今、今決めた」
「…」

長田の返答に黙るしかない斎藤。すると、キッチンの方から「ダメだよながたー」ときれいなソプラノ調の声が飛び出す。

「ねえねえ、布巾どこにあるんだっけ?あと長田、お腹空いた!」

洗い物をしているのか、水の音と共に声が聞こえた。それに長田が答える。

「布巾は向こうの引き出しの中で、確か冷蔵庫にこの前買ったプリン入ってるはずだよ。そろそろ時間的に一段落しそうだしもう少ししたら食べていいよ、美音」
「わーい、長田大好き!!」








「そしてまた見事に・・・・・・」
「誰もいなくなるわけだ」

ちょうど昼の人がたくさん入る時間が終わり、先ほどとは打って変わって閑古鳥が鳴いている状態であった。長田と斎藤は暇そうに話していて、美音は冷蔵庫に入っていたプリンを食べていた。
ちょうどその時ガチャっと扉が開く音がして、お客さんかと三人は入り口を見るがすぐに何だお前かと行動を戻す。

「そこで目をそらすなお前らは」
「だってまーた財布持って来てないんじゃないの、森山くん?」
「そろそろお金払ってよ!」

ぷぅっと頬を膨らませた美音に森山は慌てて弁解するように、

「今度払うから、今度」
「森山はそう言って払ってないとかあり得るよな・・・・・・」
「そうだ、森山くん」

そんな応答の途中、話しかけた長田が最高の笑顔でさらりと言いはなった。

「今度、今までの分全部お金払ってもらおうかなぁ?」

——長い沈黙が訪れた。斎藤は長田に向かって呆れ顔を見せ、美音は長田の言葉と笑顔に終始ガクブル状態で、長田はニコニコとしている。
この複雑な沈黙を破ったのは、


ブーーーーーーーーーーーブーーーーーーーーーーー

森山の携帯だった。取りづらそうにしながらも携帯を開いた途端、大音量で声が聞こえてきた。

『陽人!今何処!?』
「大声で叫ぶな、耳おかしくなる」
『陽人、事件だ!急いでここに・・・・・・』

一通り簡単な説明があった後、森山は聞こえない程度でため息をついた。今回もまた面倒なことになりそうだ、と。

『今陽人めんどくさいとか思ってた?』
「うるっさいな・・・・・・今行く」

笑いを含んだ図星な言葉に、慌てて会話を終わらせた。そういえば何も食べてなかったなと思いながら店から出ようとする。

「事件か、頑張って解決するんだよ?」
「森山、ファイトだよ!」

そんな言葉を受け、森山は喫茶店を出るのだった。

めんどくさがりの刑事、森山 ( No.2 )
日時: 2015/09/04 23:46
名前: ルナ (ID: MQ1NqBYl)



現場に駆け付けるとそこにはもうすでに多くの同僚たちがいた。
いつもならいる筈の“あいつ”を探していると、

「おそーい!陽人!こっち!」

あいつの声だ、そう思い森山は声の響く方に駆け寄る。

「また斎藤君のとこ行ってたの?外出自体は別に悪いことじゃないけどさ、こんな時大変でしょ?職場でご飯食べればいいじゃん」

優しい笑顔で長身。それが森山のバディの江ノ島 寿彦であり、今現在目の前で会話している本人そのものである。

「江ノ島くんが女子と話してばっかだから気まずいんだよ」
「俺一応、お前の上司なんだけど」

タメ口で話すといつも江ノ島はこう告げる。しかし、森山はそんなことは慣れたという風に気にすることなく会話を続けた。

「で何?休憩時間に人呼び出しやがって」
「そんなタイミングで呼び出すんだから、陽人だって分かってるでしょ?」

目の前にそびえる建物。周囲にピリピリと漂う緊張感が肌から直接伝わってくる。聞かずとも勿論わかる。

「立て籠もりだってさ。人質が中にいる」

江ノ島が告げると、また面倒な事件起こしやがって、そう森山は心で思った。

「めんどくさそうな顔してる」

突然、江ノ島に指摘された。森山は顔を歪める。

「何?さっきのも含めてやっぱり図星?」
「うるせぇよ」
「顔で文句言わないの!これが俺らの仕事でしょ?」
「はいはい、分かってますよー」

分かってるよ、最初から。
自分の意思でここに来たのだから。

「ほら、行くよ」

江ノ島の後について森山は歩きだす。とにかく、刑事としてやれることをやるだけだ。






「で、現場と犯人の情報は?」

森山は江ノ島に尋ねる。その質問に江ノ島は即答で答えた。

「犯人は1人。人質は女性2人だね。そして犯人は物体操作の才能があるみたい」
「物体操作って・・・・・・それだけか」

物体操作。数多くある才能を分類した時の一種である。物体操作の系統の才能を持つ者は比較的に多く、どんな力なのかは見てみないとわからない。それ故に森山はそれだけか、と呟いたのだ。

「そういえば、建物に入ろうとしているのって俺たちだけか?」
「たぶん・・・・・・みんな忙しいんだね、きっと」

そう。今建物に入ろうとしているのは森山と江ノ島だけであり、他の警察官たちは外で待機している状態だったのだ。

「忙しいって」
「だって忙しいとしか思えないじゃん、という訳で準備はいい?」
「どういう訳だよ!」
「まあ、実際人手は足りないみたいだね」
「めんどくせぇ・・・・・・」

小さくぼやいた森山が空を仰いだ。

第1話 めんどくさがりの刑事、森山 ( No.3 )
日時: 2015/09/06 21:34
名前: ルナ (ID: PtmJe7wa)



拳銃を構え、二人はするりと中に入っていく。犯人には気づかれないように裏口から侵入した。まあ交渉を行うのも一つの手だが、犯人が能力持ちであるなら話は別だ。こんなことをいうのもあれだが、力で制圧したほうが早いというのが世間一般の見解だ。
いや、これには少し語弊がある。以前起きたある事件。その時の教訓から、と言ったほうがいいだろう。
江ノ島を先頭に、後ろから森山が続く。息を潜ませ、犯人が潜伏していると見られる階にたどり着き、江ノ島は壁の影に隠れて少し中を覗いた。
情報通り、人質二人と犯人の姿がそこにはあった。

「どうすんだよ?」

森山は小声で江ノ島に話す。

「どうするって言われてもなぁ。とにかくかっこよく人質救出するとか?」
「お前、頭おかしくなった?」
「冗談だよ」

こんな状況でそんな口がきけるもんだと森山は呆れるどころかもはや感心していた。しかし、江ノ島のその明るさに助けられたことも多い。なおかつ、その中でも江ノ島はしっかり計画を立てている。

「じゃあ、そんな感じで」
「はいよ」

二人は動きだす。
森山は犯人の目の前に石を投げた。静寂に包まれた部屋に響く『コンッ』という乾いた音。
犯人は投げられた石に視線をやる。その直後、石が僅かに動いたのを二人は見逃さなかった。

(なるほど、物体操作ねぇ・・・・・・)

二人は相手の能力の概要を確信する。今の石の動きを見る限り、大した力はなさそうだと判断した。なら、早々にケリをつけるだけだ。

「動くな!」

江ノ島は犯人の前に立ち、拳銃を構えた。森山はその隙に人質の近くに寄り、安全な場所に移動させようとする。

「抵抗はやめてください、これ以上の・・・・・・」

江ノ島が言葉を続けようとするが、遮られる。江ノ島の身体が後ろに吹き飛ばされたのだ。

「!!」

森山はその光景に驚く。人を吹き飛ばすほどの力があるとは予想外だった。

(まさか、空気を!?)

空気という気体を自分の思い通りに操る、なかなか珍しい部類の能力だ。吹き飛ばされた江ノ島の拳銃を手に取り、犯人は人質に銃口を向けた。森山も犯人に拳銃を構えた。

「ちょっ・・・・・・陽人!」

江ノ島の声が響く。

「逃げろ!」

第1話 めんどくさがりの刑事、森山 ( No.4 )
日時: 2015/09/06 22:07
名前: ルナ (ID: MQ1NqBYl)

二人の人質。

一人の犯人。

そして、向けられた拳銃。

——思い出しちゃった?

あの時、お前のことを庇った“アイツ”のこと。

大丈夫、俺が出てやるから。

お前は安心して寝てて、『よーと』♪


ちょっと待て。そう言おうとした時、意識が途切れた。









拳銃の弾が放たれた、その時。いきなり弾が『消え去った』。笑顔で人質の前に立っていた森山が能力を働かせたのだ。いきなりのことに驚き、戸惑う犯人へ向かって森山が走り出す。慌てて犯人は弾を撃つが、案の定森山には効かなかった。

「消してあげるよ?」

いつの間にか犯人の至近距離まで接近していた森山が拳銃に触れる。拳銃は消え去り、犯人の首にも手を触れようとする森山。
それは江ノ島の声で静止させられた。

「さ、おしまいだよ、“森山”」

声をかけられた森山は冷たい瞳で江ノ島を睨み付けた。

「何で、いつも俺にやらせてくれないのさ」
「これは俺と陽人の仕事だからね。そろそろ戻っといで、陽人」

そう江ノ島が話した後、森山の体がガクンとバランスを崩した。しかし、それは森山自身で体勢を持ち直す。

「大丈夫、陽人?」
「えっと・・・・・・また?」
「また?じゃないよ全く・・・・・・。ちゃんとコントロールしてよ?」
「と言われてもな、なかなか出来ないから困ってんだ」

完全に二人だけの世界である。ポカンとしている犯人と人質たちは、ただ見ているしかない。この隙に逃げようと考えてもいいんじゃないかと言うのはいってはならない。

「江ノ島くん、手錠」
「あ、そうだ。手錠すっかり忘れてた」
「お前なぁ・・・・・・」

そんなやり取りの末に江ノ島が犯人に手錠をかけ、森山が人質の縄をほどく。解放されたからか、人質たちの表情が安堵で包まれた。

「よし、これで終了終了!」
「まず犯人を下に・・・・・・」

手錠をかけられた犯人を立たせようと、二人で持ち上げた時。
異変が起きた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「「っ!!?」」

いきなり犯人が苦しみ出したのだ。胸をかきむしり、叫びが続く。異常な状態であったことがその場にいた全員がわかった。

「陽人、救急車!急いで!!こんなところで犯人に死なれちゃ困るよ!!」
「今やる!」

慌てて携帯を取り出した森山が救急車を呼び、江ノ島は報告のために一旦外へ出る。
その数分後、救急車のサイレンが鳴り響いたのだった。













救急車で運ばれた犯人に、命に別状は無かった。

しかし、問題が発生したのだ。それは——

犯人の記憶が消えていたこと。

何も覚えていないらしく、この事件はもやもやした状態で幕を下ろしてしまうのだった。















「ねえ、江ノ島くん。これどこだっけ?」
「それ?それは第一資料室だよ」
「そうじゃなくてさ、どこの棚にあった?」
「入って右から二列目の棚で、上から一段目」
「ん」

あの事件が終わって。森山と江ノ島は他に犯人の記憶が破壊された事例があるか調べていた。

「あ、ちょっと待って陽人。これ見て」
「これも・・・・・・なのか。色々な場所で起きてるんだな?」

二人で資料を眺めていると、近くにいた同僚から声がかかった。

「おーい、そこの身を寄せあって何やらやってる二人組ー、お使いが来てるぞ」
「「違うわ!」」

完全にからかい口調の同僚に声を揃えて反論する森山と江ノ島。
そんな中、近くに来ていたのは。

「くっついてる、ラブラブ?」
「そんな趣味があったとはね。意外だよ森山くん、江ノ島」

あろうことか、美音と長田だった。一人は不思議そうな顔で、また一人は悪意のある笑みを浮かべていた。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

今現在、絶賛睨み中の森山と江ノ島である。そんな様子を見た長田が苦笑しながら話しかけた。

「はいはい、そんな怖いしないの二人して・・・・・・」
「そうだ、斎藤がろくにご飯食べてないんじゃないかとか以下略で心配してたからお弁当を届けに参りましたー」
「あのじじい、また言い始めたか」

うんざりしたように、森山は呟いた。江ノ島は美音から弁当を受けとると、

「じゃあ、斎藤くんには今日の夜そっち行くからって伝えといて。勿論、陽人も一緒だから」
「はあ!?めんどくせぇな・・・・・・」

椅子に座り、ぶつぶつとぼやく森山。すると、上司から江ノ島へ声がかかった。

「あー、ちょっと呼び出しされたから行くね。二人共気をつけて帰って」
「はーい」
「っと、俺はこれを資料室に戻さねぇと・・・・・・」

部屋を出た三人は、階段で別れた。
江ノ島くんが戻って来たら、斎藤くんのところに行かなきゃな、とめんどくさいと思いつつも、少し心を弾ませた森山だった。













暗い廃墟。そこに、影が2つ。

——ふうん、ダメだったんだね、あいつ。使えないな〜。

——珍しい能力だったから、うまく行くと思ったんだけど。

——ねえ、今度はさ、俺たちが仕掛けようよ!

——面白そう。久々に皆に会えるしね。

——でもさ、知らない奴が一人いたんだよね。知ってる?森山って奴なんだけど・・・・・・

——知らない、かな。誰だろうね。

——他は皆知ってるのに。斎藤くんに長田くん、江ノ島くんに美音。そして・・・・・・

——俺、でしょ?森山って新しい人でも増えたんだろうね。

——そっか。楽しみだなぁ・・・・・・!

——(俺は覚えてる、森山くん。君はどんな表情を見せてくれるのかな?)

冷たい風が吹き抜けた。




第1話 完