複雑・ファジー小説
- 番外編・2 刑事とグルメと少年少女。 ( No.20 )
- 日時: 2015/11/18 23:05
- 名前: ルナ (ID: MQ1NqBYl)
番外編・2 刑事とグルメと少年少女。
岡本はひとまず長田が経営する喫茶店で預かることとなった。最初は生意気な発言をして、「もっちゃん(岡本命名)」こと美音の逆鱗に触れることが多かった岡本だったが、岡本自身のことを聞くとだんまりになる。三人はそれ以来、岡本自身のことを聞くことを諦めた。自然に話していけばいいだろうと思っていた。
「岡本くーん。その皿取って」
「はーい」
店の手伝いはいたって真面目にやる。まるで美音同様、歳の離れた弟ができたようだった。がしかし、この男は。
「そんな高いとこから落ちたらどうすんだよ。危ないだろ。ほら、俺がとるから」
たかが20㎝の台にのって岡本が何かしようものなら、過保護なまでに代わりをかってでる。
いや、それじゃもうお父さんになってるよ。お兄さんとかじゃなくてさ。
長田はそんな斎藤を別の意味で心配していた。
「まさ君、携帯なってる」
岡本は置いてあった斎藤の携帯を差し出す。ありがとうと告げるとそれを受け取りそのまま通話に応じた。
「分かった、すぐ行く」
電話を切ると斎藤は支度を始める。
「まさ君、仕事?今日休日じゃなかったの?」
「みたいだ、出かけてくる」
「はいはい、いってらっしゃい。こんなところで保父さんしてないでとっとと自分の仕事に戻ってくださいな」
「・・・・・・ぷっ」
長田の言葉にはとげがある。うるせえと斎藤は口にすると、思わず吹き出した美音の頭に優しくげんこつを当て、そのまま喫茶店を出ていった。
「なあ、宏樹?」
「何?岡本くん」
「まさ君の仕事って、刑事だよね?」
「そうだよ。もう岡本も知ってるでしょ?」
「犯罪なんてそうそう起きないのに、何してるの?」
「この世に絶対なんてないよ。起こらないなんて保証、ないでしょ?だから、斎藤みたいな人がいるんだよ。多分今日もなんかあったんじゃない?」
「ふーん」
俺の知らんまさ君。なんだろ、なんか寂しいな。
「宏樹ー。奥から布巾取ってくれない?」
「はーい」
長田は奥に入っていく。後ろ姿が見えなくなった頃、岡本は美音にそっと近づきこそこそと話しかけた。
「もっちゃん、まさ君の仕事とかちょっと見てみたくない?」
「え?思うと聞かれれば思うけど・・・・・・」
「今から見に行こう?少しだけ」
「うん、いいよ」
今だ。
岡本と美音は外へ駆け出していく。真っ直ぐ、彼を追って。
奥に行った長田は、突然いなくなった弟分と妹分を必死で探すこととなろうとは今は知る由もない。
- 番外編・2 刑事とグルメと少年少女。 ( No.21 )
- 日時: 2015/11/21 21:31
- 名前: ルナ (ID: MQ1NqBYl)
◆
「斎藤くーん!こっち!」
江ノ島の声が響く。遠くからでもぴょんぴょん跳ねているのが分かる。
本当に恥ずかしいから、やめてそれ。
何度言ったかも分からないその言葉を斎藤は心で呟く。
そんな斎藤の気持ちを知ってか知らずか、江ノ島は能天気な声で斎藤に声をかけた。
「おっそーい」
・・・・・・お前はデート前の女子高生か。
「で、状況は?」
「なんかこの辺りの不良が溜まって暴れてるらしいんだよね」
「そりゃまたご苦労なことで」
斎藤は頭をかく。
休日に呼び出されたと思えば、ガキの喧嘩かよ。
「じゃあ、さっさと済まそう。これは長引かせてもしょうがないだろ」
「ほいよー」
◆
倉庫から聞こえる怒号。
まったく、ガキは元気でいいなと斎藤は思った。今回はあくまで補導に近い。相手を刺激しないようにいかなければ。
「江ノ島は外で待機。ここで今暴れてる阿呆どもが出ていかないか監視な。出てっても特徴を・・・・・・」
「はいはい。任せてよ、それは俺の得意分野だから」
得意そうに人差し指をちょんちょんと自身の頭に当てる江ノ島。斎藤はその反応に笑みを見せた。
「よし・・・・・・!」
斎藤は倉庫の中に入る。予想通り、何名かの若者がもみくちゃになっている。
「警察です!皆さんの今の行為が近隣の方の・・・・・・。ぶっ!」
斎藤は声を張り上げ、意思を伝えようとする。が、顔面めがけて飛んできた鉄パイプをもろにくらい、それは達成できずに終わる。その様子を眺めていた江ノ島の堪えきれなかったと思わしき笑い声が聞こえた。斎藤の怒りは頂点に達する。
「クソガキ」
それだけ告げると今まさに乱闘が行われている真っ只中に斎藤は駆けていく。
その背後で、様子を見ていた江ノ島は少し焦った顔をしていた。
「あーあー。どうしよう、斎藤くん怒っちゃったよ」
「まさ君、怒ってる。怒るとどうなるの?」
「どうなるって、そりゃもうすごいよ。斎藤くんの‘才能’はすごいからね。多分、ここにいる子は病院送りかな」
「ふーん」
「斎藤すごーい」
「って、君誰!?そして美音が何故そこに!?」
江ノ島の背後にいつの間にかいた岡本と美音。何故か一緒にその様子を覗き込んでいる。
「俺?俺はまさ君の友達の岡本。あんたは?」
いきなり現れて斎藤の友人を名乗り、相手の名前を尋ねてきた。なんなんだ、この子。横で盛大に吹き出す声が聞こえたが、気にしないことにする。
「えっと、江ノ島です。江ノ島 寿彦」
とりあえず答える。
「よろしく、とっしー」
いきなりあだ名つけられた。でも意外と気に入ったかもしれない。
・・・・・・何か大事なことを忘れてる気がする。
「って、部外者立ち入り禁止!はい、出てって!」
江ノ島の言葉に美音は建物の外で——もとい、江ノ島の背中に隠れるようにして立ち止まったが、しかし岡本は江ノ島の言葉など聞こえてないようだ。スタスタと斎藤のあとについていこうとする。
「ちょ、ちょっと!」
「まさ君が危ない。」
「え?」
「まさ君!」
岡本は駆け出す。江ノ島も美音にここで待つように告げ、それに続いた。
中では斎藤が荒ぶる不良をねじ伏せていた。斎藤の物体を支配する能力。この能力自体はありきたりなものではあるものの、斎藤の力は高い。自身を浮かばせることも可能だ。ただむやみに使うのではない。力加減を調節し、体力の消費を最小限に留める。彼のパワーコントロールは針の穴に糸を通すように正確だった。後ろから打撃を与え、気絶させる。
そんなことを黙々とこなしていく。その時。
「まさ君!後ろ!」
斎藤は声につられるまま後ろを振り返る。一人の男がナイフを持って斎藤に迫っていた。身構え、受け流す。
?ちょっと待て、この声って・・・・・・。
「まさ君!」
「岡本!?なんでいんだよ!」
斎藤の目が見開かれる。そんな斎藤をよそに岡本は笑顔で走ってきた。
「まさ君の仕事、見に来た!」
直後、斎藤は岡本の頭をグーで殴る。
「いったあああああ!」
岡本はそのまま地面に座り込んだ。
「バカ!危ないだろ!ついてくんなよ!」
斎藤は岡本を怒鳴りつけた。少し涙目の岡本は斎藤を見ながら話す。
「だって、俺の知らないまさ君ってどんなんだろって思ったから・・・・・・」
「ちょっと、君!」
そこに江ノ島が駆け寄ってくる。斎藤は岡本の首根っこを掴むと江ノ島に渡した。
「江ノ島、悪いけどこいつ連れて外出て」
江ノ島に岡本を託す坂本。江ノ島は嫌がる岡本を引っ張り外に出ていった。
◆
数分後。
事態は無事収まった。
ただ斎藤の怒りは何故か収まっておらず、現場の隅である二人の少年少女に永遠と説教していた。
そしてその様子を江ノ島と連絡により駆け付けた長田が微笑ましそうに見ていたとか。
- 番外編・2 刑事とグルメと少年少女 ( No.23 )
- 日時: 2015/11/22 16:53
- 名前: ルナ (ID: MQ1NqBYl)
「ふーん。じゃあ幸ちゃんは斎藤くんが連れてきたのね」
珈琲をすすりながら江ノ島が話した。
あの事件から数日後、長田の店にきた江ノ島は岡本の様子を長田に尋ねていた。
「そうそう。母性本能が反応しちゃったんだろうね」
「母性っていうか・・・・・・」
江ノ島はちらりと横で岡本と話す斎藤を見る。
「あれ、お父さんだよね。完全にさ」
「奇遇だね、俺もずっとそれ思ってた」
「お父さんだ!」
長田の膝にちょこんと座る美音までもが大声で同意する。
「でもさ、長田くん」
「ん?」
「長田くんも十分母性があるよね」
「それは否定できないかも」
長田と江ノ島と美音は笑い出す。それを聞いた岡本は興味津々と尋ねてきた。
「なに笑ってるの?」
「いやー。べつにー」
江ノ島はわざとらしく答える。岡本は顔を膨らませ、少し拗ねる。
「いいじゃん、教えてよ」
江ノ島は珈琲をまたすする。そして、
「幸ちゃん、‘才能’使わないの?」
時間が止まる。
「江ノ島、岡本くんの‘個性’知ってるの?」
長田は江ノ島に尋ねる。斎藤と長田と美音は自分のこと話すことを拒む岡本に気を使い、一切聞くことはなかった。だから、岡本の‘才能’について三人は知らなかった。俯き黙り込む岡本。そして外へ駆け出していってしまった。
「岡本!」
斎藤は岡本を追いかける。残された長田と江ノ島と美音。江ノ島は気まずそうな顔をしていた。
「俺、まずいこと言った?てかさ、二人知らないの?幸太の‘才能’」
「そういえば聞いたことないかも・・・・・・」
「本人が嫌がるんだ、自分のこと話すのを。江ノ島、岡本くんから聞いたの?岡本くんの‘才能’」
「いや、聞いたわけじゃないんだけど・・・・・・。俺の予想っていうか、あの時斎藤くんに幸太が後ろからくる攻撃を教えたんだ。多分だけど・・・・・・」
江ノ島は話し出した。
- 番外編・2 刑事とグルメと少年少女。 ( No.24 )
- 日時: 2015/11/23 22:34
- 名前: ルナ (ID: MQ1NqBYl)
◆
「岡本!待てってば!」
斎藤はようやく追いつき、岡本を捕まえた。路地裏、少し暗かった。
「離して!どうせ俺なんか!」
岡本は抵抗するが、斎藤にがっちり掴まれ動けなかった。
「落ち着けって。大丈夫だから」
斎藤は岡本をなだめる。岡本の目が潤んでいるのが分かった。
「どうせ・・・・・・」
岡本は口にする。
「どうせ、まさ君たちだって俺を嫌いになる!俺が、俺が、‘精神操作’だって知ったら!」
斎藤は動かない。その事実を静かに聞いていた。
ほら、まさ君だってびっくりしている。このあと俺はまた捨てられるんだ。
岡本は心でそう感じた。
でも斎藤は、
手を差し出した。
岡本はその斎藤の行為に驚く。
俺、‘精神操作’だよ?
手なんか繋いだら、まさ君の気持ちが簡単に分かっちゃうんだよ?
「ほら、帰るぞ」
斎藤はそれしか言わなかった。
「岡本くん、帰ろう」
「私、一緒に帰りたい」
「幸ちゃん、さっきはごめんね」
いつの間にか斎藤の後ろには長田と江ノ島と美音がいた。
帰ろう。
それだけでよかった。
岡本にはそんなことを言ってくれる人がいるのが嬉しくてたまらなかった。
「うん!」
斎藤に連れられ、岡本は歩き出す。
帰る場所。
今の自分は独りじゃない。
◆
たまに夢でみるんだ。
まだ7人でいた頃。
笑ってたよね。
楽しかったよね。
でも。
もう、戻らない。
「岡本!」
最後に聞いたのはあの人の声。
まだ覚えてる。
優しかった、あの人。
俺の最大の理解者であり。
そして。
「まさ君・・・・・・、なん、で・・・・・・?」
変わった?
いや、それは違う。
変えたのは、あの人だよ。
「だからだ」
俺はもう揺らがない。
「だから壊すんだ、全部」
番外編・2 完