複雑・ファジー小説
- Re: 星屑逃避。 ( No.3 )
- 日時: 2015/09/06 00:46
- 名前: あるみ (ID: 7fiqUJfO)
プロローグ1 この部屋から飛び出して
幼いころから、僕は「僕」だった。
おかしいと気が付いたのは小学四年生の時、保健の授業で衝撃を受けてからだろうか。
『女の子には男の子にあるものがない。
女の子は成長すると胸が膨らみ、定期的に生理というものがはじまる。
女の子は男の子と違ってひげが生えたり、急速に身長が伸びたり、筋肉が付いたりはしない。』
聞いた瞬間、自分が「女」であることに気が付いてしまった。
僕は帰ってから母親と父親に自分の名前と性別を聞いた。
けれども、答えはいつだって同じで……。
「あなたは御剣 繚でしょ。立派な男に決まってるじゃない。」
「お前は御剣 繚だ。お前を男として、男らしく育ててきたのだから……まあ、男だってのには間違いないな。」
けれども、自分の体は「男」じゃない。ひげも生えないし、声変わりもしないのだから「女」に決まっているのだ。
そうやって戸惑って、数年数か月の歳月が過ぎて……。
親が真夜中に晩酌をしているところをふと覗いてしまったのがいけなかったのだろうか。僕はとんでもないことを聞いてしまった。
「繚はどうだ。剣道と柔道はだいぶ上達して、もうすぐ大きな大会に出るというじゃないか。」
「あら、このときは『百花』だって約束したでしょう。あの子は私が産んだ立派な女の子なのよ。」
「そうだったな……。百花も可愛そうだよな。俺たちの起こした争いのせいで……他の子どもと違う子どもになってしまった。」
「私だって最初はびっくりしたわ。でも、こうやって3人でひっそり生活するのも、幸せよ。あなたと百花がいるんだもの。
だからこそ、あの子を守るためなのよね……。」
僕はびっくりして、何も言えなくなってしまった。
—「百花」って誰?「立派な女の子」ってどういうこと?
嘘にまみれたこの生活。なんで騙されていたんだろう。
僕はそのまま2人の前に飛び出してしまった。
「繚!?」
「お、お前……。」
「百花って、誰。」
2人ともあまりの驚きで呆然としているみたいだった。
怒りで胸がいっぱいになるのを感じながら、吐き出すようにいろいろなことを言ったような気がする。
父さんは何度僕を殴っただろうか、母さんは何度僕たちを止めようとしたろうか。もう記憶にはない。
その晩から、僕たち家族は2つに割れてしまった。
……
17歳になって、そろそろ進路のことについて考えなきゃいけない時期が来た。というかすでにほとんどの人が行きたい大学や専門学校を考えていて、はっきりと決まっていなかったのは僕くらいだった気がする。
ある日、担任の先生が僕の愛読本を見つめながら1枚の紙を見せてくれた。それは『聖サニーサイド学院大学部』の大学案内であった。
「受けてみない?ちょうど、貴方がよく読んでいる本の分野に合った場所がこの大学にあるの。」
「そうなんですか。」
3秒くらい考えて、担任の先生に受けることを告げた。その後、その紙を受け取った。
そこにあった『総合理学部生物コース』という文字を僕はすぐに見つけた。ああ、ここかもしれないと思いながら職員室へと向かい、担任の先生をすぐに呼んだ。
「先生。僕、このコースに行きたいです。どうすれば入れますか。」
「あら、やっぱりそこを選んだのね。そうね……、もしかすると指定校に入ってたかもしれないから、調べてみるわ。」
調べてみると、本当にあった。どうやら、聖サニーサイド学院はかなり前から指定校として入っていたようで、今年も当然のように入っていた。
僕はすぐに親に大学へ行こうとしていることを言った。しかし、学校名を聞くなり、2人は顔をしかめてしまった。
「お前には悪いんだが……もっといい大学はあるんじゃないか?」
「そうね。それにすぐに決めるものじゃないわよ。近くに体育大学もあるんだから……。」
「それでも、僕は自分で入ろうって決め「うるさい!!」
父さんは僕を殴りつけた。でも、僕はそれだけで説き伏せられるような「男」じゃない。僕には強い心があるのだから。
僕は体の大きな父さんの足を引っ掛けて、投げつけた。母さんが止めようとした瞬間、僕は額の部分に違和感を感じた。
何かが裂けるような、感覚。
「繚!」
悲鳴のように母さんは僕を呼んだ。
しかし、額の違和感が癒されることはない。何故だろう、だんだんと視界がぐらぐらとして、ほんの一瞬だけ何かが解き放たれたような感覚がした。
気が付けば、僕は自分の部屋のベッドで眠っていた。
「……繚、起きたのね。」
「母さん。」
「今日の事は忘れてしまいなさい。」
「どうして?もしかして、さっきのことも……。」
母さんは1つ溜息をついて、窓のほうを向いた。
空はまだ青くて、意識をなくして少ししか経っていないことを告げていた。
嘘ばかりだった母さんも今回は話してくれた。とんでもない内容だったけど、僕はなんとなく受け入れることが出来た。
「繚、貴方の名前は……本当は百花なのよ。
貴方が綺麗に美しく育つように、そう願って付けたわ。
でも、貴方が産まれて少し経った頃、貴方が怪我をしたときに気が付いたの。大きな擦り傷がまばたきしないうちに消えてた……。
その時、『貴方は普通の人間じゃない。何か別の者なのね。』って。
百花、信じてくれないかもしれないけれども、貴方は普通の子じゃないの。それから……どこかで狙われているのは間違いないわ。
だから、私たちのそばを離れないで!お願い!」
僕は少しだけ考えた。このままじゃ、家族の中で「親不孝者」と父さんに叱られてしまうかもしれない。でも、そんなことはもう慣れた。
僕は小さな声で、呟くように母さんのほうを向いた。
「……ごめんなさい。」
もうこの心を動かすことが出来ない。ああ、ごめんなさい。
僕は心臓の底がぶるりと震えたような気がした。
その後、僕は担任に指定校試験を受けることを伝えた。
母さんは黙っていたのか、父さんが怒りを露わにすることはなかった。僕は本気で大学へ行くことを決意し、試験勉強に励んだ。
そして、試験を受け、無事に受かることが出来たのだった。
しかし、僕の本当の闘いはこれからだということを知らなかった。
友達も、恋も、優しさも、世間が隠しているものも、何も知らなかった僕は部屋を飛び出したばかりだった。
だからこそ、喜びと自由で胸がいっぱいで、大学という場所へ行くことが楽しみで仕方がなかった。
縛られた鎖が解き放たれる時が来た。
「いってきます。」
早朝は日の出の光がまぶしくて、瞳の中できらきらと輝いている。
黙って、大きなキャリーバッグと小さなリュックサックを持って、僕は出ていった。
住むところなんて見つからなくても友達の家に泊まればいい。
大学の資料も全部、持っていけるものは持って行った。
歩いていると、誰かが走ってくる音がした。こんな朝早くにマラソンをする人が近所にいるのだろうかと思いながら振り返ってみると、
そこには母さんがいた。
「百花!」
「母さん!?」
「こ、これ……通帳とハンコ。貴方が生きている証よ。どんな時も手放しちゃいけない。約束して頂戴。
貴方は今日から自由の身。きっとつらいこともあるわ。
それでも、百花の前に広がる道と周りの人を信じなさい。
父さんは最後まで百花に嘘をついていたけど、それは愛なのよ。母さんが百花の味方だったのも、愛なの。忘れないで。」
外で呼ばれたのははじめてだったものだから、慣れなくて妙な気分だった。
無理やり受け取るような感じで受け取った通帳とハンコを小さなリュックサックにしまいこんだ。黙ってうなずいて、僕は母さんとは逆を向くと、歩きはじめた。
—ああ、愛ってなんだろう。
—嘘も愛だって、そんなのいわゆる『大人の都合』を押し付けられてる みたい。
そう思いながら、母さんのほうを向かないように、前をずっと向いていた。
「やっぱり、父さんも母さんも、嘘つきなんじゃないか。
子どもに散々押し付けて……。なんだか信じ込んでた僕がバカみたい。大嫌い、親なんて……。さよなら、もうここには来ないよ。」
多分その顔は笑ってるつもりだったけど、笑ってなかったと思う。
続く