複雑・ファジー小説
- Re: 星屑逃避。 ( No.5 )
- 日時: 2015/09/09 14:19
- 名前: あるみ (ID: 7fiqUJfO)
プロローグ3 僕の周りのもっと周り
大学に入って一週間が経った。
あいかわらず、友達はほとんどできない。
というよりか、中学も高校も1人だったから、友達をたくさん作る方法なんて忘れてしまったのだろう。
それでも、暁さんは仲良くしてくれるし、寮の人も優しい。それから、勉強はもっと楽しく感じられるようになった。いや、大学だから学問かな。
あの時、少し気になった島野先輩はゼミで遅く帰ってくることが多く、最近はほとんど話せていない。
そんなことを考えながら、食堂でぼんやりしていると暁さんが声をかけてきた。
「おう、どうしたんだよ。」
「え、ああ……いや。」
「なんか、ぼんやりしてる御剣って、珍しいな。
もしかして、恋?」
少しぎくっとしかけたが、島野先輩にそんな感情を抱いているわけがない。そして、抱いたとしても叶うものではないだろう。
「いやいや、こんな僕が恋なんてしたって、誰一人振り向かないよ。」
「そうか?コースの中じゃ、お前の噂はすげえ広まってるぜ。
御剣 繚は男の中の麗人、ってさ。」
僕は驚いた。
麗人という言葉は聞いたことがあった。しかし、僕が「麗人」だと言われていると思うと、照れてしまう。綺麗とか、美しいと言われたことのない僕にとっては驚いてしまうほどの褒め言葉なのかもしれない。
「麗人、か……。」
「まあ、俺も麗人だって思うけどな。」
「えっ。」
そう言うと、暁さんはすっと目を反らした。
そして、また僕を見てにかりと笑った。
「本気にするなよ。実は、俺にも恋人っていうのがいてな!」
「女?」
「違う。ちゃんとした男だよ!
とびきりいい奴でさ、俺の趣味を全部じゃないけど、受け止めてくれる。一緒にいると、お前と喋ってるときよりの3倍くらい楽しいよ。」
それにも驚いた。
暁さんは彼氏のことをしゃべっている間、嬉しそうにしていた。
なんだか、意外な一面だ。
「まあ、御剣も出来ると思うよ。あっ、星永ありすって子、どうだよ。化学コースだけど、こっちにも噂が出てるあたり、かなりの美少女だぜ。」
そういえばありすと携帯電話の番号を交換していたが、大学や寮でやることが多くて電話をする機会さえなかった。そして、ありすの存在ごと僕の中では消えていた。
しまったと思い、僕は携帯電話を取り出した。しかし、ありすから僕に電話をしたというデータは1つもなかった。
「そういえばありすと電話番号を交換してたんだった。」
「え!?!?」
「そ、そんな大声出さないでよ……周りの人が見てるよ。」
「わ、わかってるけど……、星永ありすってさ、全くしゃべらないんだよ。俺たちが話しかけても何も言わないで、微笑むだけなんだ。」
ありすがほとんど無口だとは思わなかった。そう思うと、なんだか心配だった。
ありすがコースや大学に溶け込めていないのではないかと思った。入学式の時、あんなにしゃべっていたのに、何故しゃべらなくなったのだろう。僕は大学の講義が終わった後に電話をしようと思った。
食堂にはテレビがいくつか付いているが、珍しいような内容の番組はあまりやっていない。どれを見ても前の番組のパクリとか地味だとか、感じてしまう。
しかし、今日だけは違った。
「珍しいな、あの戦争に関するニュースか……。」
「戦争?」
「御剣は日本史選択じゃなかったんだな。」
高校時代に日本史をやった覚えのない僕は、暁さんの言う「あの戦争」がよく分からなかった。確かに平成時代に平成という名前を打ち破るが如く醜い争いが行われたとは薄々聞いたことがあった。
「あの戦争は、俺たちの親世代が起こしたものなんだ。
使われたとある兵器によって、その子らの一部に何等かの障害が出るようになったらしいのさ。」
「それは病気という範囲にとらわれない、特異的なものだった。その障害を引き起こしてしまった子を人々は 何か別の者 と呼ぶ。……じゃなかったかしら。」
「ありす!」
久しぶりの姿に僕は大声で名前を呼んでしまうくらいだった。ありすは手を振って微笑んでくれた。
初対面らしい暁さんは少しもオドオドせず、ありすに向けて笑みを浮かべていた。
「詳しいんだな。」
「ニュースでよくやっていたじゃない。ふふふ……。
ねえ、繚君と話してもいいかしら。いろいろと彼とはお話ししたいの。」
「どうぞ、どうぞ。」
ありすに腕を掴まれ、そのまま僕は食堂の外へと連れ出された。振り向けば、暁さんがにやつきながら手を振っていた。
僕は心も体も女の子なのに、世の中は僕を男の子と呼ぶのだ。ありすが女の子だということは分かっているものの、このまま付き合うということになれば……大変なことになりそうだ。
「……ふう、やっぱりこの声は楽じゃないね。」
「!?」
一瞬影のあるところに来てしまったからか、誰の声なのか分からなかった。低くて、それでも何処かに暖かさを抱えている声。僕はとかくに戸惑ったが、その声が腕を掴んだままのありすのほうから出ていることに気が付いた。
「ありす……?」
「ありす、だよ。世の中は星永ありすというね、僕のことを。」
ぞっとした。僕は騙されていたのだ。
腕を振りほどいて逃げてしまいたかった。
それくらいに、僕はありすのことを信じていたのだ。
「僕は星永ありすと呼ばれているけど、本当は……。」
その声と共に何かが外れた音がした。
そして、僕の目の前には……
「和央 リコっていうんだ。」
あまりにも濃い化粧に違和感を感じるほどの短い黒髪の男がいた。
—この人、ありすなのかな。
そう思いながらも、僕はそっと近づいた。
すると、いつのまにやら離されていた腕をまた掴まれた。その力は男ということがバレたこともあって、強い。男という性別を持つありすが、女らしさをも兼ねそろえ、それを使い分けるのはすごいことだなと思った。
「ど、どういうことだよ。」
「繚君も隠しているんだよね。」
「えっ。」
「僕だって、隠していた。その理由は分かる?
決して女になりたいわけじゃなかったんだ。」
簡易化粧落としのようなペーパーで顔をふき取ったらしいありすは、ほとんど男といってもいいような顔をしていた。それから、あまりにも顔がととのいすぎていた。
これなら、男として生きていたとしてもちやほやされて当たり前だろうというくらいに。
「僕は何か別の者、だから。」
「え?」
「もしかして……、君は本当に違ったかな。
僕は【人肌に触れる】という部分だけ見れば、普通の人間とはほとんど違うんだ。
人肌に触れることで、僕はその人の性質を見ることが出来るし、その人の性質を知っているからこそ、変えることだってできる。
例えば、今、君に触れていることで、君の血管の配置を変えて、殺すことだって……出来る。」
「まさか……近づいたのって。」
「君も同じように、何か別の者だからね。」
衝撃的であった。僕は普通の人間じゃないんだ。
いや、女の体をしているのにも関わらず、男装しているあたりもう普通じゃないけども。
優しい声は意外にも冷酷なことを言っていた。しかし、いくら腕を振りほどこうとしても振りほどけない。
「え……、本当に殺す気?」
「だって、知らないうちに死んでしまったほうが、君のためになるじゃないか。
だって、君、男じゃないんでしょ?でも、なんで男じゃないのに男の恰好をしているのか、分からないんだよね?」
腕への力が緩み、僕は一瞬だけ解放された。
その手はそっと胸元のほうに伸ばされた。そのまま胸元に触れ、柔らかな部分を掴んだ。
「ほら、やっぱりだよ……。こんなに此処が柔らかい人、繚君みたいな細身の男の子なら、いないに等しい。」
「や、やめろ……!」
その笑みは、花さえ散らない。少し残った彼の、血液のように赤い口紅と不似合なピンクのロリータ服が目の中に焼き付いていくようだった。心臓の高鳴りが激しくなっていくのを感じた。
「このまま女を感じながら死ぬのも悪くない、かな。」
「おーい!御剣!……って、誰だこのホモ野郎!」
物陰に隠れていたのに、暁さんにバレてしまった。
暁さんは誰にも見せたことないであろう鬼のような形相であった。
僕はその表情を見た途端、心臓の高鳴りが頂点に達するのを感じた。そして、意識が一気に振り落とされたように消えた。
……
気づけば僕は大学の保健室らしい場所で眠っていた。
時計を見ると、昼休みの後に受けようとしていた講義はすでに終わっていた。
そのままベッドから降りて、カーテンを開けると保健室の先生はにこりと微笑んだ。
「大丈夫?貴方、失神しちゃったのよ。」
「し、失神……。あ、先生、講義のほうは……。」
「体調不良だから欠席になっていると思うわ。
まあ、普段からちゃんとした生活してるって寮の管理人さんには言っていたから、大きな損失にはならないと思うけども。」
「管理人さん……?え、じゃあ、運んでくれたのって、管理人さんなんですか。」
「いいえ、違うわよ。私はただ聞いただけ。
失神した時は……、すごい顔で可愛らしい女の子が運んで来たわね。」
きっと暁さんが運んできてくれたのだろう。
優しい人だなと思いながら、僕はまたベッドへと戻った。
これ以上授業はない。
少し休んでから寮へ戻ったほうが心配されないだろう。
携帯電話のSNSに登録してある暁さんのページに『ありがとう』と送ると、僕は再び眠りについた。
寮へと戻ったのは夕日が夜空に色を変えていくくらいの時であった。
僕が戻っている途中、見覚えのある後姿があった。
「先輩……。」
呟いても、聞こえないくらいの距離。
先輩はもちろん気が付いてくれない。
ふらふらと歩く姿と相変わらずぼさぼさの髪の毛はなおしたほうがいいだろう。
そんなことを考えながら、少しずつ早歩きになっていく僕がいた。
なんでだろう、気になってなんかないのに。
「あれ、御剣?」
「あ、先輩。こんばんは。」
追いついてしまった。こんな早歩きになったのは久しぶりだ。
「珍しいね。この時間まで講義?」
「いえ。ちょっと寝込んでしまっていて……。」
「えっ、大丈夫?」
「今は大丈夫です。先輩はもう寮に戻られるのですか。」
安心した表情になった先輩を見て、僕も安心した。
というか2人きりで話したのは久しぶりだろうと思う。
先輩がうなずくと、僕は冷静を装いながら一緒に帰ることとなった。
親の事や寮に入ることになった経緯を嘘偽りなく、ただし「女であること」だけは隠しながら話した。
にこにこと笑う先輩に僕は少しだけ心が温まるような気持ちになれた。年上なのに、こんなにたくさんのことをしゃべれる人はきっと先輩以外にはいない。
世界はきっと何か別の者である僕に対して残酷だろう。
しかし、先輩と一緒にいるこの時間だけは何故だか残酷には思えない自分がいた。
続く