複雑・ファジー小説

Re: 紫電スパイダー ( No.1 )
日時: 2015/10/12 14:05
名前: Viridis ◆8Wa6OGPmD2 (ID: AurL0C96)





 ウザったい、何もかも——。



 この世界には『篝火』がある。
 公には都市伝説みたいな扱いをされているが、確かに根付いている。ここ東京に潜む闇の中でも、ゆらりゆらりと、確かに息衝いている。
 その存在を知っているのは篝火の力を一カ所に集め、制御しようと試みる『陰陽寮』の者たちか——好き勝手に振るえる、とびきりの力を望むアウトローだけ。
 俗に言う魔法、異能、超能力のようなモノ——それが篝火である。
 例えば相手の心を読めたなら、例えば直接手を触れず相手を殺せたなら——ギャンブルでは常勝無敗、邪魔する奴はブッ殺し、天下覇道をまっしぐら。子供でもわかる理屈だ。
 見せかけの主権ではなく、この国の流れを握る本当の覇権。無数の派閥が東京の、日本の宵闇に紛れそれを狙っている。だから彼らは引き入れようと必死だ、圧倒的な力を——圧倒的な『篝火使い』を。陰陽寮の狗どもよりも先に回収せねばならんと必死なのだ。
 なのでもちろん、西東京清真会が岩城才気(いわしろサイキ)を見逃すハズもなかった。
 サイキの篝火は『帝王の腕(カエサルハンド)』。コンクリや瓦礫など、射程内の岩石と呼べるおおよそのモノを操る、非常に強力な能力。眉間険しく筋骨隆々たる本人の外見に恥じぬ篝火だと言えよう。
 だが強力な篝火を持つサイキは、それ故に辟易としていた。
 理由はわからねど、この頃いつもまとわりついて離れないのだ。この、生きているのに死んでいるような、気色悪い浮遊感が。
 篝火と言えど当たり外れはある。生まれ持って強力な篝火は、サイキを生まれながらの強者にした。赤子の手を捻るように、自分を雇った組が命ずるまま、格下を屠る毎日。
 しかし、やれば金は入る。金によってヒトは生きる。やらなければ信用は減る。信用が減れば仕事は減る。仕事が減ればカネが減る。
 飽き飽きしつつも、過ぎ去っていく毎日が、自分を縛るカネやしがらみが、何もかも、ウザったくてたまらない。
 けれどだからといってどうするのかも分からぬまま、サイキは流れるような日々に飼い殺されていた。

「井沢組」

 出雲の名から出たのは、自分たちよりも明らかに小規模な組の名前だった。確か縄張り(シマ)を空け渡せ、傘下へ下れと再三「交渉」しているにも関わらず頑として首を縦に振らない頑固者の組長が居たハズだ。
 次はそこの、雇われ篝火使いを仕留めろということらしい。

「日時は」
「三日後の夜」

 少し性急だなと岩城は思った。きっと昨日の今日になって、向こうが……井沢組が篝火使い同士による決戦を申し出てきたのだろう。

「場所は」
「互いの縄張りの境近くに、建設中止の廃ビルだかあったらしいじゃねえか。丁度いい、そこ使え」

 西東京清真会を取り仕切る、禿頭痩躯に丸メガネの老人——出雲胚芽(いずもハイガ)は、煙管に葉を詰めながら気怠そうに命じた。
 互いの組の総力をかけての抗争、なんてことは、取り分け大きな組織では滅多に起こらなくなった。代わりにそれぞれの組織が雇っている篝火使い同士で戦い、負けた側の組織が要求を呑むというような、奇妙なルールがある。

「どうせデカいとこでもねえし、大して旨味のあるシマでもねえ。ただ俺達が井沢組如き弱小にナメられたとあっちゃ、示しがつかねえんだわ」

 出雲は退屈そうに、自分と目も合わさず、長く長く煙を吹かした。
 威信を示すための見せしめをしなければならない。この業界じゃよくあることだ。

「岩城。お前、ちょっと行って潰して来い」
「分かりました」
「報酬は二○○もあれば良いだろう」
「ありがとうございます」

 二○○とは、当然二○○円なんていう子供の小遣いみたいな値段じゃない。二○○万だ。出雲の手前畏まったが、別段高い金を貰っているとは思わない。なんたって岩城は「一応」命を懸けているから。
 縄張り争いの最中に命を落とそうが、それは事故で処理される。実際それで命を落とす輩を岩城は見てきたし、自身もそれを生み出してきた。
 命を懸けているのに、命を懸けている気がしない。失笑もいいところだと岩城は思った。

「ところで井沢組の篝火使いは、どんな男で」
「なんでも流れの新しいガキを雇ったらしいが」

 井沢組も窮したか——サイキだけでなく、出雲もそう考えたろう。
 抗争は大きな勢力を持つ組が勝つ、それは概ね今も昔も変わらない。なぜなら大勢力であるほどカネは集まりやすく、カネがあるほど強い篝火使いを雇いやすいからだ。
 井沢組はお世辞にも大きな組織とは言えない。そこそこ名の売れ始めた若造に可能性を託し、篝火使いを雇う為の金をケチったとでも言うのなら、自分が負けるわけはない。
 岩城は今回も退屈なのだろうと、失望した。