複雑・ファジー小説

Re: 紫電スパイダー ( No.23 )
日時: 2015/10/31 21:00
名前: Viridis ◆8Wa6OGPmD2 (ID: AurL0C96)





「なぜなら私にとって痛み苦しみとは自分が生きているという最高の存在証明であり無二の幸福でありナニをするよりもずっとずっとずっとずっとキモチよくてこれ以外に私を満足させるものなんて存在しなくていえ私にとってというワケではありませんねごめんなさいこの地球に存在する全てのみなさんにとっても痛みや苦しみとは嬉しくてキモチヨクてまるでここがここじゃないみたいにゾクゾクしちゃうモノで至上の幸福感をもたらす素晴らしい最上の生理現象いえそんな言葉では片付けられないサイッコーのしあわせに決まっていますよねそうに違いないですよねだってこんなに頭の中から一気に汁があふれ出して全部ぐしょ濡れになるみたいに気持ちよくて意識が空の果てまでブッ飛んじゃいそうでおかしくなりそうなくらいでたまらないのになんでなんでなんでみなさんは苦痛を受けると嫌がるフリをするんでしょうねこんなキモチイイことをガマンする必要なんて全然ないのにそういえばさっきのあなたも反応が薄かったですけれどガマンすることはないんですよキモチよくて感じちゃってるトコさらけ出していいんですよホラホラホラホラ私だってそのキレイなお顔が苦痛に歪んで裂けてしまいそうなところを見たくて見たくてたまらないんですから私もさっきあなたの蹴りを受けた時たまらなくてゾクゾクしちゃったんですよだってだってスゴく痛くてツラくて感じちゃってお腹の奥がキュンキュンしちゃったんですああもうどうしようもっといっぱい欲しいなもっといっぱい痛みをあなたにも分けてあげたいなこんなステキなモノを味見させられて耐えられない耐えられるわけがないもっともっといっぱいイイことしたいなねえお姉さんと二人で一緒にイッちゃいましょうよ絶対にスッゴくキモチイイからねえほらもっとその篝火とかいうチカラであなたの手足でもっともっと痛めつけて苦しめて私の篝火とかいうチカラで私の手足であなたをもっともっと痛めつけさせて苦しませて痛みを痛みを痛みを痛みを苦痛を苦痛を一緒に味わって味わわせて死ぬまであそびましょ、ねぇ……」

「言いたい事はもっと短く簡潔にまとめろ」

 そう言い捨てたシオンが距離を取ったまま腕を引くと——ユイイツの視界が反転した。

「なっ——ガハッ!」

 アクションを起こす間もなく脚を引っ張られるように近くのコンテナに叩きつけられる。そして今度は両腕と両脚の動きまでもが封じられた。まるで見えない糸か何かで縛り上げられているようだ。
 コンテナと密着する形で縛りつけられたユイイツに、シオンが歩み寄る。ユイイツは、上等なアメジストのようなシオンの瞳を間近に見た。ユイイツを逆さに吊るしたまま、彼の手が彼女の顔面を鷲掴みにする。

「俺の篝火は『紫電(フルグル)』。電気を操る能力だ……自分で言うのもなんだが、使いようによっては相手を痛めつけるのにそこそこ向いていると思う」

 そこでだ、といったん切って。

「お前は苦痛が好きなら、俺は賭けが好き。だからこういうのはどうだマゾヒスト。——ガマン比べ、とか」

 ユイイツは一瞬だけ意味がわからなかったが、すぐに理解した。そしてほんの一瞬だけ彼の狂気に竦み上がった後……これから起こるであろうことを想像し、全身を駆け抜けるような期待に身を焦がす。

「どっちが先にくたばるか賭けてみようぜ。なあ?」

 ——それから、ユイイツはなんと3分も耐えた。陸に打ち上げられた魚のように激しくのたうち回りながら、シオンの手の中で曇った絶叫を上げ続け、ひときわ強く身体を跳ねさせたきり、黙って動かなくなった。シオンがユイイツを縛っていたワイヤーを解くと、彼女の身体は頭から力なく地面に落ちる。

「面白い考え方だとは思うが——アンタの価値観を押し付けてんじゃねェよ」

 吐き捨てるように言うと、シオンは振り返りもせずその場から去った。



 ——シオンが立ち去った港に、いくつかの人影が降り立った。
 全員がいずれもスーツのような、だがそれとは若干異なる服装に身を包んでいる。何かの制服だろうか。彼らは倒れているユイイツのもとへ集まった。銀縁のメガネをかけた男が、携帯端末で誰かと連絡を取りはじめる。

「こちら『水雹(ヒチハツ)』。現着しましたが『紫電』はすでに居らず、代わりに一般人女性の身柄を保護しました。周辺に戦闘の痕跡あり。女性は篝火使いである可能性が高いため、回収し『陰陽寮』へ運びます」

 メガネの男『水雹』が通信を切ると、制服の胸元をだらしなく開いた、銀髪の男が前へ進み出る。異様に長い刀を持った青年だった。銀髪の男が刀身を回して地面に突き立てると、ユイイツを含めその場に居た全員が音もなく消える。
 そしてそれきり、誰もいない港にはさざ波の音が響くばかりだった。