複雑・ファジー小説
- Re: 紫電スパイダー ( No.33 )
- 日時: 2016/03/20 21:10
- 名前: Viridis ◆8Wa6OGPmD2 (ID: /qKJNsUt)
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篝火使い同士の戦闘で、廃墟が主に好まれるのは、とどのつまりそういう理由だ。
篝火の規模はピンからキリまでといえど、少なくとも周りにもたらす被害は尋常なものではない。陰陽寮や警察の連中にしょっ引かれたら困るという理由で、たいていの場合はなるべく相手を倒すに必要以上の被害は出さない、というのが暗黙の了解となっている。
しかし今や圧倒的な篝火使いになったガイスケは指図されるのが大嫌い。しかも怒りの沸点が低く感情的に輪をかけた彼が、この状況下で手加減しないハズもなかった。
現に先ほどまでちょっとした廃ビルがあったその場所は、既に立派なガレキの山である。ガイスケ自身は超濃度の雷子で全身を包み、また雇い主も同じように保護していたため、どこにもケガは無い。
雷子は熱や光と同じように、それ自体がエネルギーを持つ。あれほど超密度の雷子の塊を叩き付けたのだ、シオンは死体どころか蒸発して無くなっていても不思議ではない。
だから瓦礫の中に平然とした様子で立っているその少年を見た時は、少しばかり驚いた。
運よく直撃を免れたのだろうか。
だが二度目は無い。先ほどよりは小規模な、しかしこの距離からでも人を薙ぐには充分な雷子の鞭を生成。そして打ち付ける。しかしシオンは避ける。打ち付ける。避ける。鞭という軌道の予測が難しい連撃を事も無げに避けられる。更に苛立ちを募らせる。
——同時に一片の暗雲が立ち込めていた。
「仮面を着けないんだな」
先ほどと全く変わらない声色で、シオンが問い掛けた。
「仮面? ははっ、何で僕が仮面なんて着けなきゃいけないのさ」
ガイスケはこれまで、数々の相手を無傷で圧倒してきた。それは、自分を捕らえようと刃向って来た警察の特殊捜査班や陰陽寮の刺客ですらも例外ではない。そして知ったのは、圧倒的な力さえあれば何かにおびえる必要すらもないということ。誰かの糾弾も、誰かの排斥も、誰かに差し向けられる負の感情ですらも、力で全てを正当化できる。ねじ伏せられる。たとえ自分がどんな人間であろうが、圧倒的な力は全てを正当化してくれる。
「力だ! 圧倒的な力さえあれば誰もが僕に害を成さない!」
反撃の合間を縫って、ついにシオンが自らの篝火を——紫色の電光を放った。
「コソコソと隠れて生きるのは——弱いヤツらだけでやってりゃいいじゃないか!!」
しかし紫電は、ガイスケの手によってまるで羽虫でも落とすかの如く払われる。
それから直後、幾つもの白い光条が伸びた。そのうちのひとつがシオンの右肩を掠める。半歩下がって距離を取るシオンと、してやったりと口端を歪めるガイスケ。まるでゲームのようだと一瞬ふとそんな考えが頭を過ぎり——。
——はたと思い返る。はて、今まで自分はこの程度で喜んだことがあったか?
ざわめく何かを振り切るように、更に連撃を繰り出す。白い光の球体を無数に繰り出し、それをシオンめがけて一挙に放つ。そう、これはただの一方的なゲームだ。なぜなら相手の攻撃が届くことは絶対にない。近寄って殴るか蹴ろうかしようものなら、圧縮された雷子の鎧がその肌から骨まで溶かす。鋼の刃や鉛玉すら通さない。だから、こちらが相手を何手で詰めるか、ただそれだけのゲーム。
「あと何手打てば詰められるんだろうなって?」
思考駆け巡る脳内に、冷や水のような言葉が差し込んだ。
我に返ってシオンを見れば、彼は仮面を外して嘲笑を浮かべていた。
「——お前に出来るワケないじゃん」
そして鼻で笑われたのは、一体いつ以来だろう。
激昂で正面が真っ赤に染まる。いつぞや上司を殺した日と重なる。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね! 死ね! このクソガキ! ナメてんじゃねえぞあぁあああああああああああああああああ!!」」
最初の一撃よりも毒々しく、激しい輝きだった。ガイスケの右手に、目も眩むような雷子が集約してゆく。ガイスケから烈風が吹き荒んで、砂埃が撒き上がる。瓦礫の山を崩すほどの揺れが走り、頭が割れそうな高音も鳴っている。一度放たれれば避けきれるかどうかなどというレベルの話ではないだろう。今度は瓦礫どころか、周囲一帯が蒸発して消える。自らの雇い主のことなどは、もう頭の隅から飛んでいた。
ただ目の前のシオンを殺す。
その一念を具現したような一撃が放たれ、何もかもが消え去る直前。
「——『システムダウン』」
シオンが指を鳴らすと同時に、消えた。
ただし辺り一帯がではなく、ガイスケの手に集まっていた雷子が、だ。
「は」
今度は目の前が真っ白になった。
そして思考を取り戻す前に、鋭い蹴りが横っ面を深々と突き刺した。一気に駆け寄ったシオンの蹴りだ。都合2メートルほどブッ飛んだガイスケは、久しく味わっていなかった痛みの衝撃にとうとう混乱を極める。
呆然とする視界に、自分を見下ろすシオンが入り込む。
「圧倒的な力を持つ自分に仮面は必要ない、ね」
今度のシオンは嘲笑も浮かべず、ただ鋭い眼光でガイスケを射抜いていた。
「——じゃあその圧倒的な力を取り除いたら、アンタはいったい何なんだろうな?」