複雑・ファジー小説

Re: 紫電スパイダー ( No.5 )
日時: 2015/10/19 16:13
名前: Viridis ◆8Wa6OGPmD2 (ID: AurL0C96)





 俺が最強だと、思っていたのに——。



 例え世界中のどこだろうが、一番強い力を持った奴が最強で、一等強い力を持った奴が思うように世界は回る。これはひとつの真理だ。
 邪魔する奴らはまとめてブッ飛ばし、何なら焼き払うことも躊躇わない。自分にある日宿ったこの『力』ならそれが出来る。だからこの辺りでは自分が最強で、誰も自分を打ち負かしたことは無い。
 警察だって自分には迂闊なことを出来ないし、この力について来る仲間も山ほど居る。それが当たり前で、自分は社会的にも絶対的に、強者の立ち位置に居る。はっきりと言葉にはせずとも、そう思っていた。黄河一馬(こうがカズマ)は、そう信じて疑わなった。
 ——今日までは。

「死ぃぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁああああああああああ!!」

 投げ放った火球が炸裂した。盛大な轟音を伴って、月夜の湾岸を照らし出す。そして、息を継ぐ間もなく更なる火球で畳みかける。有無を言わせぬ圧倒的な大火力は、コンテナを幾つか吹き飛ばし転がした。逃げる暇も隙も与えない。そのつもりで畳みかけた。
 だのに——当たらない。
 炎上網の合間を器用にも潜り抜けては、駆け、跳ね、反り、飛び、転がり。まるで曲芸のように躱される。炎を連発したせいで肩から息が上がっているカズマに比べ、そいつは焦がされてもいなければ息ひとつ乱れていない。
 この俺が手玉に取られている——カズマはその事実を認めたくなかった。認めたくないから、我武者羅に畳みかける。
 まぐれだ、まぐれに決まっている。いつまでも避けきれるものか。どう見てもそいつはカズマと同年代程度だった。——自分と同世代で自分より強い奴なんているものか。いるワケがない。いるワケがない、はずなのに。

「クソが! クソが! クソがクソがクソがクソがクソがァッ! ブッ飛んで死ねや!!」

 もう、相手の生存など考えていなかった。ただカズマは、先ほどとは比べ物にならない特大の火球を、藤色の髪をした少年めがけて叩き込む。
 辺りは真昼のような光に包まれた。



 カズマは関東では有名な、西東京では知らない者のいない不良だった。母親はおらず、父親からは理不尽に殴られる日々。行き場のない恐怖、苛立ち、ストレスは彼を小学校の低学年からケンカの日々に駆り立てた。
 気に入らなければ上級生だろうと殴り、泣かし、泣かしても蹴り、やがて彼に報復する者が現れれば、それまでも殴り——暴力の日々はやがて、彼の中に眠る力を目覚めさせる。
 13歳の誕生日、カズマは父親に黄金色の火炎を浴びせた。
 10年に及ぶ罵声と暴力の代償は、重度の全身火傷と自力ではベッドから這い出ることすら出来ぬ生活だった。
 この日を境に、カズマは本人いわくあるひとつの『真理』を悟る。

「力さえあればいいんだ——力があれば脅かされることはない」

 素手喧嘩(ステゴロ)ですら負け知らず、炎を使い始めれば手に負えない。学校という垣根を超え、カズマは不良共の、アウトローの世界で瞬く間にその名を知らしめた。
 そして、更なる力を渇望した。
 異能の力を持つ者たちが集められる学園——『清明紋学園』に引き抜かれ、そこで自分が持つような力を『篝火』と呼ぶのだとカズマは知った。しかし、その後まともに学校へは行かず、軍団とさえ呼ばれる大規模なチームを作り上げた。彼の圧倒的な力にひれ伏す、不良共の集まりである。
 自身の圧倒的な力と、それを象徴する篝火。自分に付き従う大軍勢と、その頂点。約束された絶対的な地位。大人ですら自分には逆らえない。まさに、自分の帝国を築き上げたような気分だった。
 ——カズマにとって本当の不幸は、その男に出会ってしまったことだろう。
 今や大きくなりすぎたカズマのチームは、末端のことはカズマにも分からない。しかし、自分たちの旗印を掲げる奴らが殴り倒される——しかもそれが一度だけでなく何回も、となれば自然とカズマ自身の耳にも入ろうというものだ。今やカズマのチーム『アマテラス』は、関東において最大勢力を誇る不良グループである。
 今やアマテラスに逆らうのは、余程のバカか腕自慢だけだ。自分が出向くのはメンツの為と言いながら、カズマは内心興味を抑えられずにいた。そいつは一体どれだけ強いのか。そいつを倒して、自分こそ最強である実感が欲しい。平凡なケンカには飽き飽きしていた。
 カズマの篝火は、容易く人を殺しかねない。だからいつもどうしても、手加減せざるを得ない。——何の遠慮もなく篝火をブッ放してみたい、そんな願望も少なからずあった。
 仲間から得た情報を元に、カズマは大勢の仲間を従えて、その男がいるとされる港へと向かう。黒衣に紫色の髪をした少年などそうはいない。そいつはすぐに見つかった。
 月明りだけが差す港の夜を、バイクのフロントライトが引き裂く。まるで野獣のように唸るバイクが幾つも、一人の少年を取り囲んで止まった。
 エンジン音とまばゆい光の中で、バイクに乗ったままのカズマと少年が向き合う。少年は黒いワイシャツとズボンに身を包んでおり、端正な顔立ちをしている。淡い藤色の髪が、横殴りに吹く港風で揺らされていた。