複雑・ファジー小説

Re: 紫電スパイダー ( No.9 )
日時: 2015/10/27 14:10
名前: Viridis ◆8Wa6OGPmD2 (ID: AurL0C96)





 ゲームをしている時はヒトの本性が出ると言うが、それとよく似ていた。
 撃てども撃てども手応えは無い。苛立ちだけがエスカレートしていく。

「死ぃぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁああああああああああ!!」

 投げ放った火球が炸裂した。盛大な轟音を伴って、月夜の湾岸を照らし出す。そして、息を継ぐ間もなく更なる火球で畳みかける。有無を言わせぬ圧倒的な大火力は、コンテナを幾つか吹き飛ばし転がす。逃げる暇も隙も与えない。そのつもりで畳みかけていた。
 だのに——当たらない。先ほどからいくら攻撃を仕掛けても、掠りすらしない。
 炎上網の合間を器用にも潜り抜けては、駆け、跳ね、反り、飛び、転がり。全て紙一重で、まるで曲芸のように躱される。炎を連発したせいで肩から息が上がっているカズマに比べ、そいつは焦がされてもいなければ、あれだけ動いて息ひとつ乱れていない。
 この体験は、篝火を使えば向かうところ敵無しだったカズマにとって初であり、久しく忘れていた感情を呼び起こした——恐怖と恐慌である。
 自分が手玉に取られている。カズマはその事実を認めたくなかった。認めたくないから、我武者羅に畳みかける。もはや平素の落ち着きは微塵も見られない。
 まぐれだ、まぐれに決まっている。いつまでも避けきれるものか。どう見てもそいつはカズマと同年代程度だった。しかも鋭い眼光以外は、女と見紛うような優男だ。——自分と同世代で自分より強い奴なんているものか。いてたまるものか。いるワケがない。いるワケがない、はずなのに。

「クソが! クソが! クソがクソがクソがクソがクソがァッ! ブッ飛んで死ねや!!」

 もはや、相手の生存など考えていなかった。焦燥とワケのわからない恐怖に支配されたカズマは、先ほどとは比べ物にならない特大の火球を、紫髪の男めがけて叩き込む。ギリギリ被弾を免れていたバイクをも巻き込んでの大爆破である。辺り一帯は、真昼のような光に包まれた。
 これで生きているワケがない、そう確信したカズマの眼前に飛び込んで来たのは——。
 ——炎を吹き払う紫の電光と、一気に距離を詰める紫髪の男だった。

「な」

 二の句を継ぐ間もない。カズマの腹部に蹴りが突き刺さった。重い一撃を叩き込まれた無防備な身体は吹っ飛ぶ。そしてカズマはすぐ背後の海へ落とされた。脳内が動転する。視界が明滅する。水に落とされたということだけを遅れて理解した。急いで水面から顔を出そうと浮き上がる。
 海中から飛び出しブハッと外気を吸い込んだカズマを、紫髪の男が見下ろしていた。
 月明りと残り火の明かりを背負う彼は、異様な威圧感を放っている。

「何で無傷なんだとでも言いたげな顔だな」
「……オレを見下すんじゃねえ」

 凄んでも、虚勢にしかならなかった。精々、濡れた野良犬が道端から唸っている程度にしか見えない。紫髪の男は無意味な威嚇を意にも介さず、続けた。

「コイツで相殺したんだよ——俺の篝火で」

 紫髪の男が言うと、彼の周りに再び紫色の電光が迸る。
 カズマは海に落ちていた。この男が何をするつもりなのかに気付いて声を張り上げようとするが、もう既に遅い。男から伸びた紫電の一筋が海に突き刺さり——容赦なくカズマの全身を撃ち貫いた。悲痛な絶叫が夜空にこだまする。完全な、完膚ない、一方的な終着の一手だった。
 力を失って仰向けで海面に浮くカズマを見届けると、紫髪の男は踵を返そうとする。
 しかし、はたと思い出したように足を止めてカズマに振り返った。

「そういや名乗っていなかったな。——藤堂紫苑(とうどうシオン)だ」

 紫髪の男——シオンは、今度こそ踵を返して去ろうとする。
 決着を察したのか、戦闘から離れていたアマテラスのメンバー達が、次々にそろそろと戻ってくる。誰も皆、絶対的だった自分たちのリーダーの敗北に戸惑っているようだった。
 シオンは彼らをつまらなさそうに一瞥すると、悠々とその真ん中を歩いてゆく。行く手を阻むものは誰もおらず、彼の為次々に道を譲った。

「随分ちっぽけな世界で生きてんだな、お前ら」

 まだ残火がゆらめく中、シオンはそれだけを言い放つ。誰も何も言おうとはしなかった。そして静かに歩み、再び宵闇の中へと消えていく。



 残されたカズマに、息はあった。意識もあった。奇跡的というよりも、意図して手加減されたのだろう。おそらくは戦闘中でさえも。その事実に打ちのめされ、敗北の二文字が頭の中をぐるぐると回っている。
 恐怖と不安から逃れるため力を振りかざし、王様気取りでいたカズマは、今はただ呆然とするしか出来ない。手も足も出ず、自慢の篝火でも彼に火傷ひとつ負わすことは出来ず、得体の知れない相手に恐怖すら覚え、完敗し、あまつさえ手加減され生かされて。今まで自分が築いてきた王国はいったい何だったのか。
 怒りでも哀しみでも口惜しさでもなく、巨大な虚無感だけが横たわっている。

「……何だよ、これ」

 そうつぶやいたカズマは、まるで今までの自分すべてが殺されたような気分で居た。